切腹器官ハラキリメン~この世界を切腹から守るために~

灰鉄蝸(かいてっか)

切腹器官ハラキリメン




 一年の始まり、元旦。


 晴れ上がった一月の空、きらめく朝日、新たな一年を祝う雰囲気で賑わう早朝。

 街はお参りに来た人々でにぎわっている。

 だが、そこに異形のものがたたずんでいた――アニメ風の美少女、それも等身大の立体映像。

 遠巻きにおかしなものを見るような目でそれを眺め、携帯端末で写真を撮る人々。

 彼らは知らなかった、そいつが危険すぎることを。



「幸せ破壊チャレンジ、はじめるよー!!」



 そう、Vチューバーを超えた新たな動画配信者の形、デスチューバーだ!

 世はまさにテクノロジーが切り開く新時代!

 ホログラムによってアニメ風美少女の立体映像を身にまとった動画配信者が再生数欲しさに犯罪を行うほどに!

 有名イラストレーターに発注したキャラデザインの美少女ホログラムを身にまとった異常者ヴィランが、鉈を片手にアニメ声でアピール!


「あ、投げ銭スパチャありがとうございます! よーし殺すぞー!」


 今も生配信中のデスチューバーはクリスマスにも幸せ破壊チャレンジを行っていた筋金入りの動画配信者であり、彼氏がいないという一点で童貞をこじらせた視聴者たちの信頼を勝ち取っていた。

 クリスマスにはケーキやオードブルのごちそうを買って帰る途中のカップルや家族連れを襲撃、食べ物をめちゃくちゃに踏み荒らしては逃亡を繰り返し、現在は軽犯罪で警察に追われる身でもある。


 だが、捕まっていない!

 デスチューバーはアイドルだから!

 撮影用ドローンを引き連れ、その手にネイルハンマーを握りしめた異常者は、初詣はつもうでにやってきた善良な市民を襲おうとして――


「そこまでだ」


 その背後に怪人が立っていた。

 髑髏のような仮面に昆虫めいたプロテクターを身にまとった黒ずくめの人影。



――彼の名前はドクロカメン。



 街の治安を乱す犯罪者をぶん殴っては警察署の前に放り出していく自警活動を行う仮面の異常者クソコテである。

 基本的に人間が嫌いな上に見下しているので容赦がないし、別に殺人に忌避感があるわけでもないしコウモリのコスプレもしていない。

 ただの危険人物である。

 ドクロパンチ(五〇口径機関銃並みの威力。直撃すると人間は死ぬ)が繰り出される――あまりに鋭い打撃に対して、デスチューバーは人間離れした反応速度でこれを回避。


 デスチューバーに銃弾は当たらないし、銃弾並みのパンチも当たらない!


「うきゃー、危ない!」


 何故ならばアイドルだから!

 見事な回避に対して投げ銭スパチャが入った瞬間、二発目のドクロパンチ(やや威力を加減しており内臓破裂ぐらいで済む)がその胴体に叩き込まれた。


「う゛ぉえ゛え゛え゛え゛!!!!」


 吐瀉物をまき散らしながら吹き飛ぶデスチューバー!

 アニメ調美少女が出すにはだいぶ厳しい感じの声だったが、ドローンの撮影する映像を視聴するファンには好評!

 凄まじい額の投げ銭が振り込まれていく!


「ぐ、ぐげぼぉ……も、もう戦えないみたいだ……みんなごめんね……」


 しかしドクロパンチ(臓器を破裂させる)で普通に瀕死の重傷を負ったデスチューバーは限界だった。


「それじゃあみんな! あの世で会おうぜ!」


 アニメ声で別れを告げるデスチューバー!

 次の瞬間、彼女は目に止まらぬ動作で小刀を取り出すと――自身の腹にそれを突き刺した!!




「うぼぎゃあああああああああ゛あ゛あ゛い゛っでえ゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!!!




 意外、それは割腹自殺!



 いろんな意味でアニメ声ではない汚い断末魔をあげ、臓器モツをチラ見させる最期のファンサービスと共に血溜まりに倒れ込むデスチューバー。

 見事な死に様に賞賛と共に送りつけられる投げ銭スパチャ――ちなみにホログラムもグロ表現に配慮したモザイクに切り替わっている。

 R-18の光景だった。

 冷静に救急車を呼びながら、ドクロカメンは戦慄したように呟いた。



「――また切腹か」













 止まらない。




 世界中で切腹が止まらない。




 あるときは市井の一般人が、あるときは銀幕の映画スターが切腹し意識不明の重体、あるときは政権与党の幹部が一斉に切腹など、今や世界は切腹に包まれつつあった。

 つい先日は強面で知られる軍事国家の大統領――選挙では常に圧勝しているし不正はないし終生大統領待ったなしと目されていた――が突如として日本刀で割腹自殺未遂を起こした。

 現在は病院で意識不明の重体であり、現地メディア(国営プロパガンダ放送として有名)からまったく続報がないことが事態の深刻さをうかがわせている。

 またとある発展途上国では、内戦中の複数の武装勢力が集団割腹自殺を敢行、数万人がモツチラしたという。

 文字通り、社会の末端から頂点に至るまで、あらゆる場所で切腹の嵐が吹き荒れていた。

 しかも介錯なしだ。



 まさに世界的切腹災害セップク・ハザードだ。



 そして今、一連の連続切腹事件を追っていた怪人ドクロカメンは南極に来ていた。

 盗んだバイクならぬ盗んだジェット戦闘機(ステルスとデータリンクに主眼が置かれた最新鋭機であり、空軍基地からの盗難によって国際問題になりつつある)を乗り捨て、華麗に雪上に着地――コントロール不能になったジェット戦闘機が南極に墜落して派手に爆発しているが気にしてはいけない。

 何せ南極の氷山の影から地対空ミサイルが飛んできたのである。

 乗り捨てざるを得ない。


「見つけたぞ」


 ミサイル発射台のある位置から敵の拠点を割り出し、ドクロカメンは疾走を開始。



 ものすご勢いで話が飛んだが、この間にはドクロカメンを名乗る異常者と切腹をまき散らす秘密結社の光と闇のバトルが存在していたのは言うまでもない。

 そう、これまでの連続切腹事件は陰謀によるものであり、彼はその黒幕を突き止めたのだ。

 その過程では涙あり笑いありのいい感じの展開(唐突にドクロカメンと関係のない童貞中年男性と美女の濡れ場が始まったりした)があり、紆余曲折の末、ドクロカメンは首領の潜む南極秘密基地にたどり着いたのであった。



「せいっ」


 ひしゃげ吹き飛び、火花を散らす自動ドア。

 ドクロパンチ(気合いを入れると威力がすごくなる)でドアや隔壁を物理的に破壊しながら南極秘密基地――めちゃくちゃ寒いのは言うまでもない――を突き進むドクロカメン。

 かなり勢いで進んでいるようだが、実際には人知を超えた頭脳戦の果てに導き出される高度な戦術である。

 人知を超えているので一見すると何も考えていないように見えるかもしれないが、頭脳戦の結果である。

 真にインテリジェンスの高いホモ・サピエンス諸兄であれば理解できることだろう。


「むっ」


 ドクロカメンが足を踏み入れた場所は、さながら王侯貴族の宮殿のような内装の一室だった。

 広々としたテーブルの上には世界各国の食材を集めた多国籍な料理が並べられ、一人の男がワインと共に美食を楽しんでいる。

 ここは南極のド真ん中。

 そんな場所で貴族的食事を楽しむ人間が、一般人であるわけもない。

 ドクロカメンは無言でドクロパンチ(二〇ミリ機関砲弾並みの威力)を繰り出した。

 だが!


「無作法だぞ」


 ドクロパンチ(当たると死ぬ)をこともなげに躱すと、ぽかっと拳でドクロカメンを殴り返す男――全身をぴっちりスーツで覆った筋肉ムキムキの美男子。

 ぐわっ、とうめき声を上げて倒れる襲撃者を見下ろし、彼は紳士然とした態度で話しかけた。


「さて――用件を聞こうか?」



 この怪人の名を、我々、地球人類は知っている!



 一連の切腹事件の黒幕――デスキピオ!



 その正体は人類最高の頭脳を持つとさえ謳われ、映画俳優顔負けの容姿と話術の巧みさで民衆から王のごとく崇拝される企業経営者でもある。

 その鍛え抜かれた肉体は科学的に正しいトレーニングと栄養摂取で維持されており、不摂生のカケラも見当たらない。

 造形美すら感じさせる長身と筋肉を見せつけるようなぴっちりしたコスチュームは、滑稽さよりもその肉体に備わった威厳を感じさせるほどだ。

 なおデスキピオの名前は彼がスキピオ・アフリカヌスのファンだから名乗っているだけであり、その思想には特に影響していない。


「世界中で多発する切腹事件……貴様が黒幕であることはわかっている。何が目的だ」


 ドクロパンチ(おかわり)をすかさず繰り出すドクロカメン――これを巧みに弾き、逆に肘打ちを叩き込むデスキピオ!

 世界最高の頭脳と世界最高の肉体が組み合わさったこの超人は、格闘戦では無敵!

 ぐわっとうめき声を上げるドクロカメンに追い打ちの膝蹴りを叩き込みつつ、デスキピオはすらすらと問いに答えてみせた。


「その様子では気づいていないようだな、ドクロカメン――正義の味方気取りの異常者め。犯罪者をいくらたたきのめしたところで、この世界が破滅に向かっている事実は変わらないぞ。人類は互いに新たな戦争の形態へと突入し、資源枯渇や気象変動による文明の衰退リスクから目を背けている」


 しゅばーっと繰り出されたドクロパンチ(三〇ミリ機関砲に匹敵する威力)をやはり回避し、熱々のスープの注がれた皿で頭を殴るデスキピオ。

 ドクロパンチ(当たると死ぬ)相手に互角以上の攻防を繰り広げる様子からもデスキピオが人類最高の頭脳を持っていることがわかる。

 圧倒的なインテリジェンスがなければありえない、知性を感じる格闘術だ。


「だが、私の目的は大まかには君と同じだ。世界を平和へと正しく導く――そう、正義の味方と言っていい」


 デスキピオと距離を取り、隙をうかがうドクロカメン。


「それが切腹とどう関係ある?」

「古代から割腹自殺の概念は存在したが、ハラキリが名誉の死となったのは中世のことだ――にも関わらず、割腹自殺に関する文献はそれ以前から残されている。文化と伝統によって切腹が侍の自死の形式として定着する以前から、人類はハラキリの魅力に取り憑かれていた」


 デスキピオが語るのは、人間の脳に進化の過程で生じた不可避の機能への言及だった。


「人間の脳には、ハラキリを美しい死の形だと認識してしまう部位が存在する。中世の侍たちは偶然にも、この脳の一部分を活性化させる文法を見つけ出してしまった――ハラキリ的知性仮説と呼ばれる人類の脳の進化に関する論文がそれを証明している。侍とはハラキリを美しいと感じるよう脳を刺激された群体性物の一種だったのだ」

「世界中で起きている切腹の正体は……」


 ドクロカメンの問いに、デスキピオはそのおぞましい文法の名を告げる!



「切腹の文法――言語、宗教、文化、性別、老若男女あらゆる人間の脳に組み込まれた切腹に対する抗いがたいプリミティブな衝動を刺激する言葉。主が光あれと仰れば光があったように、切腹あれと言えば切腹が生じる」



 切腹の文法!

 それは人類に寄生する怪異なる言語!

 かのバベルの塔の崩壊以後、この地上から駆逐されたはずの邪悪!

 古代のエ・テメン・アン・キより放逐されたそれは、遠く離れた極東の地で切腹文化に溶け込み、静かに人類に寄生していたのだ!

 今や武士道は世界中で人気コンテンツ、サムライとハラキリは人気のモチーフ!

 すべては切腹因子による人類への侵略の序章!

 デスキピオは眠れる邪悪な宇宙的恐怖を呼び覚まし!

 地球人類への粛清に利用しようとしていたのだ!

 なんという知性! なんという傲慢! なんという悪意!

 これが人類最高の頭脳デスキピオの深謀遠慮!!!


「インターネット上の様々なコンテンツにランダムで仕込んだ切腹の文法は、閲覧した人間の脳に寄生し、特定の欲望や感情をトリガーに切腹をせずにはいられなくする」

「では、デスチューバーに投げ銭スパチャしていたのも……」

「私だ」


「映画俳優や与党議員や某国大統領を切腹させたのも……」

「私だ」


「某国で数万人のゲリラが集団割腹自殺したのも……」

「あれは私にも理由がわからない。現在調査中だ」

「そうか」


 偶然、数万人が切腹してしまったらしい。

 まあそこはドクロカメン的にはどうでもいい(人間が嫌いなので)ので流した。


「すべては切腹の文法の起爆条件を知るための実験ということか」

「そうだ。経済活動と情報通信で地球全土が繋がれている今の時代に、切腹の文法から逃れられる文明は存在しない。すでにあらゆる政府のプロパガンダに切腹の文法が潜ませてある」


 ドクロカメンはやれやれと首を横に振った。


「世界同時切腹革命――切腹によって貴様が危険と判断した人類すべてを切腹に追い込み、千年帝国を築こうというわけだ。貴様には治療が必要だ、途方もない大量虐殺を阻止できてよかったと言うべきか?」


 ちなみにドクロカメンとデスキピオに面識はなく、お互いを危険人物と見なして勝手に事前調査していただけである。

 そのときデスキピオは哀れむような目で襲撃者を見た。




「阻止? ドクロカメン、私は昔の映画の陳腐な悪役ではないよ。君に少しでも妨害される可能性があるのに、こうして長々と君とおしゃべりする間抜けだと思っていたのかね」




 そして男は。

 ため息をついて。






「三七分前に実行したよ」






 そう言った。






「そして今までの会話にはすでに切腹の文法が仕込まれている。チェックメイトだ、ドクロカメン」










 次の瞬間、ドクロパンチ(やや優しさの籠もった威力)が繰り出され、これを回避するデスキピオ――その顔に浮かぶのは驚愕。


「馬鹿な!? 何故切腹しない!」

「は? 賢い大人は切腹などしないが?」


 特に根拠はないが強気で言い切るドクロカメン。

 特に意味はないがマウンティングを忘れない。

 相手を嫌な気分にさせることで判断を誤らせたりしていくのは基本だ。

 なお単にドクロカメンの性格が悪いだけである。


「やれやぶべらっ!?」


 すかさず北京ダックの乗った大皿を投げつけられ、床に転倒するドクロカメン。

 一瞬の隙を突いたデスキピオの反撃は、人類最高の知性に満ちていた。

 具体的にどこがとは言わないが、なんかこう、賢かった。


「三七分前に実行した計画か……奇遇だな、私も一八〇分前から貴様の所有するすべての情報機器に欺瞞情報を流していた」

「…………なに?」


 気まずい沈黙。

 ドクロカメンはむくっと床から起き上がると、それはそれは楽しそうに笑いながら解説を始めた。


「パンチで基地のセキュリティを突破してきたことで油断したようだが、私はハッキングも得意だ。人類最高の頭脳が作ったサイバーセキュリティぐらい余裕だが?」

「馬鹿な……人類最高の頭脳が……頭脳戦で負けるはずがない……!」


 全体的に偏差値が低そうな会話だが、これは高度な頭脳同士がぶつかることで生じる錯覚であり、実際には人知を超えた壮大な頭脳戦の余波に過ぎない。

 インテリジェンスのインフレによって一見すると馬鹿に見えるだけなのだ。


 そう、人類最高の頭脳が負けるはずがない――ドクロのマスクを被った異常者などに!


「貴様は二つ勘違いしている。一つ、デスキピオはたしかに人類最高の頭脳かもしれないが、それは地球最高の頭脳を意味しないということだ」


 だが、ドクロカメンは無慈悲に告げる。

 残酷な真実を。


「地球最高……だと! まさか私が地球で二番目だとでも言いたいのかね君は。自分が一番だと」

「いや、地球最高の知性を持った存在はジャガイモだが?」

「えっ?」

「新大陸からのジャガイモ伝来以後、文明の発展がジャガイモによって制御されてきたことは貴様も知っていると思うが、奴らの知性を見くびってはいけないぞ?」

「えっ?」


 デスキピオは困惑した。

 ドクロカメンは一切取り合わず、淡々と話を進めた。


「そして貴様が人類最高の頭脳であることは間違いではない。地球の知性ランキングだと一〇本の指には入る」

「待て、ジャガイモ以外の八つは人間なのか!? そこ大事だぞ!?」


 ちなみに地球人類の過半数はフライドポテトを通じて侵略済みなのだが、この事実は政府によって隠蔽されている。

 ファストフードを提供するチェーン店のほとんどはジャガイモ・ハイヴマインドの手下なのだ。

 これは学校では教えてくれない世界の真実なので、インターネットで真実いんぼうに立ち向かう頼れる仲間エコーチェンバーを見つけることが大切である。


「二つ、切腹の文法は人間の脳に作用する因子だが、私は人間ではないので効かない」

「なっ――」

「よく考えろ、普通の人間がパンチで秘密基地を破壊できるわけがないだろう」

「くっ……この私を出し抜いたというのか、ではドクロカメンの正体はいったい!?」


 ドクロカメンはうなずいた。


「エリア五一生まれだ」

「エリア五一……地球外生命体だと……!」


 そう、如何にデスキピオが人類最高の頭脳と肉体を持っていようと――相手が地球外生命体由来では序列をつけられるはずもない!

 次の瞬間。

 衝撃を受けて隙を晒したデスキピオに叩き込まれる飛び蹴りドクロキック(少し疲れてきたので一二〇ミリ滑空砲並みの威力)――その肉体が跡形もなく消し飛ぶ刹那、デスキピオはこう思考した



(馬鹿な……ドクロパンチしか……しないはず……?)



 すべてはドクロパンチ(気分で威力が変わる)を囮に、人類最高の頭脳を持つ男を騙すための知略だった。

 ドクロカメンはとんとん、と自身の頭を指で叩いて。



「頭脳戦だ」



 エリア五一生まれの知性を感じさせる一言を呟いた。

 そしてデスキピオだった肉片が転がる室内で、ドクロカメンは恐るべき事実に気づいた。






「……南極から帰る手段あしを考えてなかった」






 人類最高の頭脳を破った異常者はおっちょこちょいだった。










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切腹器官ハラキリメン~この世界を切腹から守るために~ 灰鉄蝸(かいてっか) @kaigoat

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