第8話 五区激走
※前書き
ドゥワフは一時的な仲間ですぐに別れます。また、他の仲間もコバコ以外長くても一章分くらいで別れます。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「オェェェェ!」
鍛冶屋ドゥワフは兜を脱ぎ捨てて
「お、お前なんて無茶を……じゃじゃ馬よりタチが悪いぜ」
『お前の歩幅に合わせていたら日が暮れるからな』
と、リンドウは持って来ていた木の板に書いた。
ちなみに迷宮内では当然、日がいつ暮れるかは分からない。ロウソク時計、ランプ時計、スライム酸時計などでおおよその時間を計り、時計係が集落の時間管理人として仲間に伝えて夜明けや日暮れを統一するのが大体の迷宮街で行なっていることだ。
あとは、髪や髭、爪の伸び具合などで判断したりもする。リンドウの場合、尻尾の【再生】能力で時間を計ることも。
——メキシコサラマンダーは手足や尻尾を切られても再生する——
リンドウの体は、およそ一日で完全再生する。そこから逆算して、傷の塞がり具合や伸長具合でおおよその時間を見るのだ。ちょうど七区付近の火竜との戦闘で尻尾が焦げたので、少し切り落として計っている。
尻尾に限らず手足、歯、舌なども再生する。頭全体はおそらく無理と予想している。仮に再生するとしても首が取れる場面で治るまで無事過ごせるわけがないのでどちらにせよ死だ。
「テメェって奴は……オェェェェ!!」
ドゥワフに第二波が到来していた。彼の吐物にスライムが群がる。それを見ていたコバコはヤレヤレと肩をすくめた。
再び移動開始から一刻後。
竜の巣を三つほど潰し、早くも予定していた休憩場所へと着いていた。
「体は丈夫な方だと自負してるけどよ、さすがに体中軋むな。大分距離を稼いだし今日はゆっくり歩くのはどうだ?」
『仕方ないな。肩車と背負うのどっちが良いんだ?』
「……背負う方だなって、そうじゃねぇだろおい!」
『よし行くぞ』
「この人でなし!」
『竜だからな』
移動開始から二刻後。
「結構進んだな。これならすぐに四区に行けそうだな……俺様が倒れなければな!!」
『大丈夫だ。人間案外頑丈だからな』
「……てめぇこのやろう。それよりここからはいくつか難所があるぞ。気を引き締めろ」
移動開始から三刻後。リンドウ達は“水の間”へと差しかかる。
「ここは対岸まで泳がねぇと進めねぇぞ。まぁ、安心してくれ。泳ぐのは得意だ。若い頃は白鯨のドゥワフと言われその界隈では有名で——」
『黙れ、そんな面倒はしない』
「えっ? ま、待て! ぬぉぉぉ!」
リンドウはドゥワフを背負ったまま【吸着歩法】で天井を逆さまにくっついて走っていった。
移動開始から四刻後。“輪の間”。輪っか状のエリアだ。そこには馬に似た竜がいた。
——凶型馬眷属竜ダイナケルピー。元は馬。鱗がビッシリの馬。弱い——
迷宮では馬で移動することも多い。そのため馬の眷属竜もわりと見るのだ。
「おい、逃げてくぞ」
近付くと敵は走って遠ざかっていく。眷属竜は眷属化前の癖が出たりする。獣は基本的に臆病な生き物で得体の知れない者が近付けばほとんどの場合逃走する。上位の竜の命令がないと、このように本能的な行動を取るのだ。
『ドゥワフとコバコは右側から追い立ててくれ。俺は左側から周る』
「人使い荒いな」
文句を言いつつ走っていく。コバコは『待て待てー』的な追いかけるポーズで楽しそうだった。
少ししてドゥワフは、コバコと共にリング状の広間を一周して戻ってきた。
「ゼェゼェ、お前、う、動いてねぇじゃねかぁぁぁぁぁぁ!」
リンドウは石像のごとく動かず、こちらに来たのを一捻り。
『いい運動になったな』
「うるせえ」
コバコはキャッキャッとはしゃいで楽しそうだった。
移動開始から五刻後。次に差しかかったのは“王の道”。一本まっすぐ伸びた道で、王の間の玉座に繋がる道に見えることからこう呼ばれている。
「ここはまっすぐ進めばいいだけだが無数にある脇道のせいで竜との遭遇率が高いだろう。運が悪ければ倒している間に竜が次々と現れて囲まれるぞ」
道の中腹には、紫の鶏っぽい竜がワラワラと密集していた。
——凶型鶏眷属竜ダイナコカトリス。鶏が変化した竜。毒々しい紫色をしている。つつかれると竜になってしまうので注意が必要——
「さすがに道を変えるか、策を練った方がいいんじゃねぇか?」
『そうだな。血で染めて赤に変えるか』
「それは、よかっ、はいぃ!?」
『安心しろ、すぐ終わらせる』
返事を待たず、道へ飛び出した。
「ま、待てえまうあうー!」
ドゥワフの呂律が回っていないのを無視して、リンドウは王の道へと降り立ち、一瞬の
コカトリスはリンドウに気付くと威嚇し始める。
「コカ!」
「コカコッコー!」
「コカァ!」
「ギャアアアアアアアオ!」
口々に叫び声を上げて牽制してくる雑魚竜。ちなみに最後に叫んだのはドゥワフである。
リンドウが敵の群れに突っ込むと、群れが真っ二つに割れていく。斬り裂き、噛みつき、薙ぎ払う。返り血で真紅に染まり
強者に策は必要なし。とでもいわんばかりにひたすら真っ直ぐ突っ切る。あっという間に道の端までたどり着き、振り返る。道は血と肉塊で赤黒く染まっていた。地獄絵図である。
リンドウが文字を書いた。
『赤絨毯のようだ。王の道らしくなったな』
「…………アハハ」
ドゥワフは渇いた笑いを浮かべた。理解しがたいジョークは一般人に通用しないので注意が必要である。
移動開始から六刻後。リンドウ一行は広い空間で火を囲んで休んでいた。
「ぬはは! ぬぅーはっはっはぁ!」
ドゥワフが壊れた。わけではなく。
「なんつーかやっぱお前すげぇな! 不可能を可能にしやがる。そういうとこは昔と変わんねぇな! クソだけどな!!」
兜を脱ぎ捨て、大の字に寝転がり死体のようになった。土色の鎧と常緑樹の髪色のせいで巨木にも見える。絶対に動かないアピールだ。
『さっきの眷属竜から肉と卵確保しといたぞ』
鶏眷属コカトリスの肉と卵。両方とも毒々しい紫色をしていた。食えとばかりに差し出すリンドウ。
「殺す気か。竜になるだろが」
肩を竦め、仕方なく自分達で食べる。リンドウとコバコは肉を生で噛みちぎり、卵を殻ごと噛み砕き、生水をガブガブ飲んだ。平然とする二匹を見てドゥワフは頬を引きつらせていた。
「ところでコバコちゃんって何なんだ? こんな生き物見たことないぞ」
ウネウネと動く触手をつっつく。
『記憶がないみたいでな。何なのかは分からない。今のところゴキブリの突然変異体というのが有力だ』
コバコはプンプン怒って抗議する。
「たしかに見えなくもないが……まぁ、何にせよ大事にしろよ。お前と同じ“意識”を持ってんだからよ」
コバコはグッと親指もどきを立てた。
『ああ、いい雑用だからな』
こらーっ、と、触手で猛抗議。目まぐるしく体を変化させて怒りをアピール。それを見てリンドウは鼻で笑う。
コバコは、何にでも変身できるわけではない。触手状態か、球体か、棒状のものくらいだ。役に立たなそうだが、そうではない。竜を貫けるほどの固さを持っているし、気配や匂いがなく隠密行動に優れ、リンドウの補助として最適な相棒だ。
何より誰かが側に居てくれれば、ささくれ立った心が穏やかになり、自分が人間なのだと再認識させてくれる。そういう面でもコバコはとても大事な存在だ。間違いなく調子に乗るので言わないが。
一行は睡眠を取った後、五区終盤にある“虚の間”に到着した。中心には牛のような顔をした二足歩行の竜。
——凶型牛眷属竜ダイナミノタウロス。元は牛。鱗に包まれており、岩のような巨体を持つ。頭には二本の角、丸太のように太い腕で棍棒を振り回す
「ありゃヤバそうだな。眷属竜っぽいが油断はするなよ」
ドゥワフはリンドウから降りて待機する。
虚の間は、半球状の空間で全方位に人が入れるほどの穴が空いている。穴のほとんどが袋小路で四つある出入口と区別がつきにくい。
タチの悪いことに床は足首ほどの高さまで泥水で満たされているため穴が見えず、落ちたら死にはしないが大きな隙ができてしまうのは間違いない。
「いいか、床の穴に落ちたらモグラを叩くがごとく棍棒で脳天割られるぞ。壁も同じく袋小路のところに入れば棍棒突き込まれて肉塊だ。注意を怠るな」
『楽しそうだな』
「おいこら楽しむな」
コバコも拳をシュッシュッとしてやる気満々だ。
『行ってくる』
リンドウは加速して虚の間へと飛び込んだ。
数秒後。
『戻ったぞ』
「ええ……」
虚の間には牛の頭が転がっていた。何事もなかったように一行は虚の間を後にした。
そして、五区の最後にあるのは“サボテンの間”だ。その前の通路で見覚えのない竜の足跡を見つける。
ドゥワフは顔をしかめた。
「こいつは緑眼の足跡だ。俺様の仲間を眷属にしやがった奴だ」
緑眼の竜。それはリンドウの右脇腹に噛みつき、竜に変えた一頭でもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。