第2話 リザードマンの能力
リンドウは、
迷宮の奥地に隠れ住んでいたため竜の情報はほとんど入ってこず、どれくらいの数がいてどのような能力を持った奴がいるかも把握していない。
(まずは、情報収集だな)
とはいえ安易に人間に接触するのは危険だ。リザードマンの姿だと対話に持って行くことすら難しいだろう。何より竜に猛毒な血液を持っていることを知られたら、それを利用しようと人間に狙われるのは間違いない。
だからといって、人と接触せずに情報を得るのは難しく時間がかかる。少し思案した後、リンドウは首のネックレスに通した二つの指輪に触れた。指輪を作ってくれた人物、彼ならまだ信用できる。
(奴なら役に立つだろう。まぁ、使えなければ殺せばいいしな。目指すは六区だ)
リンドウは半分冗談を飛ばしつつ、少し広めの空間で休憩に入る。荷物は腰のベルトにくくりつけた僅かな食料を入れた袋と水筒、地図を持ってきただけだ。その中から若干湿気た地図を広げた。
ガーラ大迷宮は大陸南西の地下から海底を通って西へ広がっている。その内、人類が踏破済みの場所を十の区画に分けている。
各区画は、一部を除きほぼ直線上に並んでおり、リンドウのいた集落は十区、目的の人物が住んでいるところは六区、大陸への出入口は一区である。要するにこれから十区から順繰りに
隅に変な妖精の絵が描かれた羊皮紙製の地図を眺める。
地図はあくまで一度先人が踏み入れた場所しか描かれていない。つまり、そこから外れると道に迷い最悪死ぬことになる。他には人にとって安全なルートが示されている。が、リザードマンにとっては人と会う可能性が高まるためあまりよくない。さらに眷属竜と遭遇する可能性も高い。
眷属竜は竜化前の記憶を頼りに獲物の居場所を見つけることができる。帰巣本能のようなものでそれを使って餌の場所を特定するのだ。つまり、人がよく通る道はその帰巣本能により眷属竜もよく通る道となる。
(やりにくいな)
人となるべく会いたくないが、眷属竜は殺しておきたい。両立は至難の業だろう。慎重にルートを選ぶ必要がある。
地図を眺めながら一考していたその時、リンドウは生物の気配を感じとった。正確には振動を感知したのだ。リザードマンには竜に猛毒な血液を持つ以外に特殊な能力がある。
人がまばたきや呼吸の仕方を教わらずともできるようにリンドウも自分が何の両爬の力を持っているか理解していた。
振動を感知したのは蛇の能力。蛇は体の接地面が広く獲物や天敵のだす振動を敏感に感じとることができるといわれている。リンドウは僅かな接地面でも広範囲の振動を感知できるのだ。
尻尾で火を消し、ヤモリのごとく天井に張り付いた。そして、体色がカメレオンのように変化して深緑から漆黒に染まっていく。これで目を凝らさなければ容易には見つからない。
(便利な体になったもんだな)
だが、まだ十全に使えるわけではない。長時間は張り付いていられないし、体色はまだあらゆる色に変化できるわけではない。慣らしが必要なのだ。
息を潜めて数秒、眷属竜が視界に入る。二足歩行で人の頃の服が残っている。血が乾いていないところから眷属になりたてだと推測した。
竜が眷属を作る理由は主に三つ。一つは自分の身を守る衛兵にするため。もう一つは縄張り拡大の駒。最後の一つは食料にするためだ。
眷属を操れるのでいつでもおびき寄せて食べることができるし、生かしておけば鮮度も保てる。付け加えると弱ったものから食べる傾向がある。
これらの理由から竜に近くなればなるほど眷属の数が増え強い個体が多くなる。これは逆に竜のおおよその位置を把握する指標となるのだ。
(他に足音はなし。近くに竜はいないな)
眷属が真下に来たのを確認すると、音もなく天井から手足を離し落下した。眷属とすれ違いざまに爪を一閃。首をはね飛ばした。
(眷属なら爪でも狩れるか。これは朗報だな)
血を除けば噛みつきが一番殺傷能力が高い。が、射程距離が短くこちらも頭部を晒すことになるので多用したくない。なので爪で狩れるのは朗報だ。集落の人間を葬った時は、爪に自分の血を塗っていたので素の威力は未知数だったが、これで硬さをある程度理解した。
返り血を拭っていると遠くから足音が三つ聞こえる。まっすぐにこちらに向かってくるのが分かる。
(眷属を殺したのを察知されたか?)
少し気がかりなことがあったリンドウはあえて足音の主達と対峙することにした。細い道の先に三頭の獣を視認。いずれも二枚の翼が生え、中型犬とワニを足したような姿。
——凶型犬眷属竜ダイナコボルト。嗅覚に優れ、足が速く厄介——
眷属になるのは人だけではない。犬、猫、牛や馬などの動物も変異してしまう。虫など小さ過ぎる生物は眷属になる前に死ぬか、突然変異体と呼ばれる意志無き生物となる。
リンドウは、また脳がむず痒くなる感覚に襲われた。
(前もあったこの感覚……おそらく竜が眷属を操るときの信号か。眷属同士の対話、位置確認にも使っているようだな)
先ほど眷属を殺したため信号が途切れ、近くの犬眷属が様子を見に来たのだろう。つまり、やたらめったら殺せば敵に囲まれてピンチを招くというわけだ。普通ならなるべく戦闘を避けようと考えるだろうが、リンドウは逆だった。
(どうせ全て殺すつもりだ。向こうから来るのは助かる)
リンドウは微笑を浮かべ、コボルト達に視線を移す。こちらが適切な信号を返さないと分かり敵と判断したのか歯牙をむき出しにして威嚇してくる。
(ちょうどいい、雑魚相手にいくつか能力を試しておくか)
三頭が一斉に動き出す。二頭は空を飛び、一頭は地を駆ける。リンドウは、素早く自分の背中の鱗をむしり取った。
——バクチヤモリの鱗は剥がれやすく、そうすることで敵から逃れたり身を守ったりするといわれている——
リンドウはそれを応用し、武器として使う。三角形の角を丸くしたような形の鱗をいくつか指に挟むとコボルトに向けて
(殺すのは厳しいが動きを止めるには悪くないな)
冷静に鱗について分析。その間、地を駆ける一頭が目の前に迫り、飛びかかってくる。接触する瞬間、コボルトの頭が破裂音を立てて弾け飛んだ。リンドウが尻尾を使い、目にも留まらぬ速さでなぎ払ったのだ。
(尻尾は思った以上に威力があるな。中距離戦で使えそうだ)
一方、鱗で動きを止められた二頭が血を滴らせながらも体勢を立て直していた。リンドウは片目をつぶる。数瞬の後、目を開くと血の涙が頬を伝う。
——サバクツノトカゲは目から血を飛ばし天敵を撃退する——
同じようにリンドウも眼から血を流したのだ。残念ながらまだサバクツノトカゲのように勢いよく飛ばせない。その血を腕で拭いとると猛然と向かってくるコボルトに飛ばした。血のツブテが敵の身体中に直撃する。
「キュウウン」
コボルト達は情けない声を出し、無数の穴が開き絶命した。静寂が辺りを包む。
(どの能力も使えるな。あとは精度と威力を高めれば攻撃の引き出しが増えるだろう)
血だけは切り札としていざという時だけ使う。血の特性を知られれば人や竜に狙われる恐れがあるからだ。
リンドウは死体を処理し、先へ進む。獣は必ず
リンドウはほくそ笑んだ。竜に怒りを覚える一方で、まだ見ぬ竜との戦いが楽しみでもあった。ダリアと結婚して充実した人生だったがどこか物足りないと思っていた。
足りないもの——それが戦いなのだとここに来てようやく気付く。竜を殺すための力を手に入れ、英雄になるため殺していいと大義名分を得た今、気持ちが昂らずにいられようか。
疼く気持ちを抑え、奥へと歩いていった。
◇
眷属を狩りながら十区と九区の境目に差しかかった時だった。
「ぎゃあああああああ!」
通路の奥から人間の叫び声が響いてくる。広い空間にいたリンドウは急いで天井に張り付いた。
数秒後、空間に老若男女問わず人間一行がなだれ込んでくる。怒号に悲鳴と泣き叫ぶ声、人間達は完全にパニックに陥っていた。リンドウは慌てることなく静観していた。
——みんなを助けてあげて。
ダリアの言葉が頭をよぎる。彼女と出会う前のリンドウなら自分が生き残ることを優先し、この場の人間を見捨てていただろう。
だが今は違う。彼女にたくさんのものを与えてもらった。それを返せないまま亡くなった。ならせめて約束を守ろう。
英雄になるという安っぽい約束を。
(面倒な女と結婚してしまったな)
そう思いつつも不器用な男は人と竜の間に降り立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。