1月5日 緑川 春海

 緑川晴海は、ノートに人名を書き込んでいた。

「まぁ、こんなもんか」

 黒い表紙のノートには、八十三人もの「容疑者」の名前が並んでいた。「あの人」を刺す危険性のある人物を緑川はリストアップしていたのだ。この作業は丸一日を要した。

 こわばった右肩を緑川は揉んだ。首元はかすかに熱を帯びているようだった。ずっと鉛筆を握っていたせいで、指も痛い。ローテーブルの上だけでなく、フローリングの床にまで削りカスと消しゴムのカスが散らばっていた。

「よいしょっと」

 声を出して立ち上がった。腰をさする。

 時計を見ると、夜の八時だった。掃除機をかけるには少し遅いかと思ったが、わずか数十秒のことだと言い聞かせ、緑川は床のゴミを片付けることにした。吸引の音がやけに大きく聞こえた。

「こんなふうに全員、まとめて消えちゃえばいいのになぁ」

 きれいになった床を見ながら、緑川はつぶやいた。

 リストの人物を一人ひとりあたっていては、時間が足りない。タイムリミットは月末なのだ。

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