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「んんっ……」
ひんやりとした感覚を感じて、真奈実は目を覚ました。
周囲は薄暗闇だったが、目を慣れてきたのか、徐々に周りが見えてくる。
どうやらここは、部屋と言うのもおこがましい2メートル四方ほどの狭いスペースだった。
四方の壁は元より床や天井までも、黒い透明なガラスのような材質の壁で覆われている。
視線を下に向けた拍子に、自分が一糸まとわぬ裸であることに気づく。
「キャァッ! な、なんなのよ、コレ!?」
慌てて大事な部分を隠そうとするが、周囲には布切れひとつない。
真奈実は、左手で胸を隠しつつ、内股になってペタンと冷たい床に座り込むことしかできなかった。
「なんで、あたし、こんなコトに……」
このような状況に置かれている経緯を思い出そうとするが、どうもハッキリしない。
状況からすると、おそらく敵対組織であるDUSTYに囚われたと見るべきなのだろうが、そうなるに至った過程をどうしても思い出せないのだ。
「えーと、確か最後の記憶は……サブキュースの指輪を右手にはめて……」
右手を見れば、くだんの柘榴石の指輪は、いまも彼女の薬指にはまっている。
何となく嫌な予感がした真奈実は、外そうとしたのだが、生憎このテの話のお約束通りそれが外れる様子はなかった。
と、その指輪に触れたことが何かの合図になったのか、壁面のひとつが軽く曇り、次の瞬間、まるで大型モニターになったかのように、そこに何かの映像が鮮明に映し出されていた。
「ふん、あたしの目が覚めたから尋問の時間ってワケ? それとも、悪の親玉による脅迫?」
半ば強がりつつも虚勢を崩さない真奈実だったが、壁に映った映像は、そのどちらでもなかった。
ぼんやりと赤みがかった照明に照らされた薄暗い廊下を、誰かが歩いている。
背後からの視点のためその人物の顔は見えないが、その特徴的な黒いコスチュームには、真奈実は見覚えがあった。
「あれは……サブキュース!?」
せっかく生け捕りにしたはずなのに、どうやってかエクサイザーズ基地から脱出したのだろうか?
サブキュースらしき女性は、自信に満ちた堂々たる足取りで洞窟のような岩肌の廊下を歩いている。
時折、DUSTYの戦闘員──黒と灰色の全身タイツのようなものを着て、目元と口元を隠す覆面を付けた男女とすれ違うが、彼らは皆、「サブキュース」の姿を見ると立ち止り、片膝をついて頭を下げる。
それらに鷹揚に頷きつつ、カツカツと歩みを進める「サブキュース」。戦闘員の様子からして、どうやらこの女はかなりの人望とカリスマを持っているようだ。
何度も戦い苦戦させられてきた憎い敵ではあり、口では「オバさん」と嘲弄しつつも、この女幹部のそういう点については、真奈実も正直憧れる部分がないではない。
なにしろ、エクサイザーズ基地における真奈実は、それとは逆にまるで人望とか人徳というのがなかったからだ。
たった4人しかいないヒーローチームの一員であり、ことが起こればDUSTYの怪人たちと正面きって戦う戦士──とくれば、普通はそれなりに尊敬され、頼られるものだろう。
しかし、珠城真奈実という少女に関しては、一応感謝こそされてはいたものの、尊敬や信頼という言葉とはあまり縁がなかった。
まぁ、その大半は、自己中心的で見栄っぱり、その癖ミスやドジが多い真奈実の性格が原因なのだから、自業自得ともいえるだろうが。
やがて、高さ3メートル以上はありそうな壮麗な扉の前に来た「サブキュース」が何か合言葉めいたものを呟くと、巨大なドアはゆっくりと左右に開いていく。
「──失礼します」
一礼して中に入る「サブキュース」の声にどことなく違和感を覚える真奈実。
(えっと……あの女幹部の声って、もう少し低くなかったっけ?)
それでいて、どこかで聞き覚えがあるのは確かな声色だ。
それが誰のものか思い出せないまま、囚われの真奈実は様子を見守ることしかできない。
その部屋の内部は、真紅をベースカラーに、品の良い調度や豪華な絨毯で整えられた、まるでどこかの王宮の謁見室のような空間だった。
ぬめぬめした暗色の壁や、骸骨の飾り、よくわからない謎のメカといった、趣味の悪い、いかにもな「悪の首領の部屋」を予想していた真奈実は、意外にまともなセンスに軽く目を見張る。
ただし、一点だけ予想と近かったのが、部屋の奥にしつらえられた大きな玉座、そしてそこに座る濁魔帝国DUSTYの首領──いや、総統スカイゴワールの姿だった。
「サブキュース」は、廊下で見た戦闘員のごとく、片膝をついて恭しく頭を下げる。
「……戻ったか、我がいとしき魔姫よ」
スカイゴワールが姿を地球人の前に姿を見せたのは、日本侵攻を宣言した半年前の一度だけだった──そして、それも立体映像だったため、かの総統についてての詳細は、地球人側は未だ誰もつかんでいない。
漆黒のプレートメイルとヘルムを着込んだスカイゴワールは、体格も容貌もはっきりとわかりづらいが、「サブキュース」との対比で見る限りさほど大柄ではなく、また僅かに除く目元は意外な程涼やかだ。
(あれ、もしかして中身は結構イケメンかも♪ ……って、何考えてるのよ、あたしは!?)
お気楽思考に流れかけた自分を制して、フルフルと首を横に振る真奈実。
しかし、次の瞬間、彼女は驚きのあまり、言葉を失うこととなった。
なぜなら……。
「──此の度の独断専行と敗戦、誠に申し訳ありません……」
「フフフ、そう畏まることはない。余は無事にお前が我が元に戻って来てくれただけで、十分満足なのだ、面を上げよ」
そんなやりとりの後、頭を上げて皇帝を潤んだ目つきで見つめる女幹部の顔は、紛れもなく真奈実自身のソレにほかならなかったのだ!
* * *
驚きのあまり、茫然自失状態となった真奈実が、再び明確な意識を取り戻したのは、どれくらい後のことだろうか?
なにせ、ここには時計ひとつないので、時間がよくわからないのだ。
数時間か、あるいは数日か。
不思議なことに、それだけ時間が経つのに、食欲も排泄欲も湧いてこないし、睡眠への欲求もあまりない。ただ、目を閉じて横になれば一応眠れるようだ。
ふと気がつけば、彼女は全裸のまま床に座り込み、テレビのような壁面の映像をボンヤリと眺めていた。
その視線の先では、サブキュースの格好をした「真奈実」が、DUSTYの女幹部としての責務を精力的にこなしていた。
ある時は鞭を片手に戦闘員達を叱咤激励して過酷な訓練に励ませ、またある時は新たな怪人の誕生に立ち会い研究者を尊大に労う。
時には、他の幹部ふたりと日本侵攻計画について話し合う──しかも、何気に「本物」の真奈実よりも、ずっと狡猾で強かな発言をしているのを見て、微妙に複雑な気分になった。
そして──もちろん、幹部のひとりとしてDUSTYの作戦を実行する。いや、実際に行動するのは怪人や戦闘員達だが、現場でその指揮をとるのは黒衣に身を包んだ「真奈実」だ。
「真奈実」の指揮は、意外にも大胆かつ適確で、エクサイザーズでは陰でトラブルメーカー扱いされていた(そしてそれを自分でも認めていた)パールストームとは雲泥の差だった。
「彼女」は日本と言う「舞台」における悪役であるかもしれないが、少なくとも魅力的で存在感のある「女優(スタア)」であることも、また確かだった。
「彼女」の「活躍」を目にする度に、真奈実はみじめな気分になっていった。
(アレ、誰なんだろう……)
少なくとも自分ではない。本物の自分がココにいるから、という表面的な理由以上に、自分があんな風にその場の「主役」「ヒロイン」になれるワケがないという根強い劣等感が、彼女を苛んでいた。
──アレハ、ジブンジャナイ。アタシハイツモヒトリボッチ……
(寒い……さむいよぅ……)
彼女の孤独感が影響したのか、先ほどまで感じなかった体が芯から凍えるような感覚に襲われる。
しかし、布一枚ないこの部屋で、その寒さを和らげることは……。
「えっ!?」
何気なく辺りを見回した真奈実は、すぐそばにひと山の衣類が積まれていることに気付いた。
(い、いつの間に……)
疑問には思うものの、それでも体の芯から冷える感覚は耐え難く、真奈実はその衣類を手に取った。
「! これは……」
それは、紛れもなく、あの「サブキュース」が着ているのと同じ、黒いボディスーツだった。ご丁寧にも、手袋&アームカバーと網タイツまで一緒に置かれている。
一瞬、恭子の部屋での記憶が脳裏に甦り、ウットリとした表情になった真奈実は、そのままそれらを身に着けようとしたが、慌てて手を止める。
「ダメ駄目! きっと罠に違いないんだから……」
これを着た前後の記憶はあまり定かでないが、自分が今こんな場所に囚われることになった原因は、確かにこの「サブキュース」のコスチュームにある気がする。
真奈実は、(自覚はないが)名残り惜しげに手にした黒い衣裳を床の上に戻したが、やはり寒さが耐えがたいのか、あるいは異なる理由からか、チラチラとソチラの方ばかり気にしている。
体感時間で数分後、ついに真奈実は音を上げた。一度「寒さ」を自覚した身にはその苦痛は耐え難かったのだ。
「──ボディスーツだけなら……仕方ないわよね、このままじゃ凍えちゃいそうだし」
そんな風に自分に言い訳してしまう。真奈実は黒いボティスーツ──第一の「黒の魔装」を身につけた。
「はわぁ…ふぅ~~」
一度だけ経験したことのある、ウットリするような気持ちのよい触感に包まれ、安堵とも昂揚ともとれる溜息を漏らす真奈実。
どのような素材なのか、極薄の布地一枚を身に着けただけなのに、彼女が感じていた「寒さ」は大幅に緩和されたように感じる。
大胆なデザインのボディスーツは、寸分の隙もなくピタリと彼女の肌に貼りつき、ウェストや乳房を程良く締め付けているが、その圧迫感さえどこか心地よい刺激となって、彼女の心身を適度な緊張状態へと導いていた。
特に異状もなかったため、とりあえずはひと安心か、と安心した真奈実だったが……。
先程までとは一転して快適さに包まれた胴部に比べて、今度は手足が冷たくてたまらない。
「うぅっ、やっぱり、こっちも……」
一度妥協してしまえば、その先に手を出してしまうのも早かった。
真奈実は、黒い手袋とアームガード、太腿までの網タイツを、ひとつずつもどかしげに身に着けていく。
そのおかげか、先ほどまで止まらなかった震えは収まり、心を浸食していた孤独感さえ幾許か和らいだように感じられた。
(はぁ……何だろう。誰かに抱きしめられてるみたいなヘンな感じ)
──でも、決してイヤじゃない。
そう思いながら、彼女は手袋を嵌めた指先やた黒い網タイツに包まれた脚をなんとなく眺めてみる。
「やっぱり…いいなぁ……」
恭子の部屋で感じた「大人の女」への羨望を、この衣裳は強くかきたてる。
敵の女幹部のコスチュームに憧れるだなんて、あの基地で公言するのははばかられるが、ココにいるのはどうせ自分ひとりだ。
だったら、自分に素直になって、いいものはいい、素敵なものは素敵と認めてしまってもよいのではないか?
そんな風に真奈実が考え始めたところで、唐突に視界が変化した。
「えっ!?」
いつものように、壁面に映像が写し出され、天井から音声が聞こえてくるのではない。
気が付けば、彼女は大きな姿見の前で、着替えているところだった。
鏡の中には、先程身に着けた「黒の魔装」姿の「真奈実」が映っている。
慌てて辺りを見回そうとするが、どういうワケか彼女の意志では指一本自由に動かせない。
それどころか、彼女の身体が勝手に動き、例の黒い上着を着て、ロングブーツを履き、最後に肩当て付きマントを羽織っていく。
よく見れば、鏡の中の顔には、すでにドギツい──見ようによっては扇情的な──メイクが施されていた。
(うわぁ……あたしの顔、メイク次第でこんな大人っぽい雰囲気にもなるんだぁ)
そこには、田舎から都会に出て、精一杯背伸びする19歳の小娘の姿はない。
驕慢だが、妖艶かつ艶麗で、自らへの自信に満ちた大人の女が、誇らしげに立っているだけだ。
普段なら「ケバい! 悪趣味!」と切って捨てるはずのその装いを、なぜか今の彼女は好ましいものに感じてしまう。
もっと見続けていたいという彼女の願望を無視して、「真奈実」はそのまま部屋を出ると、DUSTYの女幹部として部下を引き連れ、総統から命じられた作戦遂行のために出撃していく。
自らとソックリな人物──あるいは自分そのものが、作戦に従って町の人々をいたぶり、高笑いする様を、彼女は見聞きしていることしかできなかった。
いや、より正確には、視聴覚だけでなく嗅覚や触覚など五感のすべてが繋がっているのだ。
そればかりではなく、「真奈実」が鞭を振るい男達を弄ぶ時に感じる、ゾクゾクするような興奮、血が滾るような昂揚さえもダイレクトに伝わってくる。
(ちがう! あたしは、そんなこと感じてない!)
必死に目をふさぎ耳を逸らそうとする彼女だが、生憎と今彼女が宿っている身体は、彼女の意志で動かすことはできず、意に反した行動をとるばかりだ。
──「意に反した」? 本当に?
あまりに嬉々としてサディスティックな行動に走る「真奈実」の行動を体感していると、次第にそんな疑念さえ湧いてくる。
結局、街の人への蹂躙は、エクサイザーズの3人が出動してくるまで続けられた。
逆に、フレイム達が到着した途端、「真奈実」は部下を指揮して転身、その場に仕掛けた罠も利用して、3人の追撃を阻み、鮮やかに退却してみせたのだ。
「フレイム、助けて! ガイア、あたしはココよ!あぁもう、この際、アンタでもいいわ、オーシャン!」
そう叫びたいのに、「真奈実」の口から出るのは、いかにも悪の女幹部然とした高笑いと、彼らを嘲笑する台詞ばかりだ。
「オーッホホホホホ! 今ごろ来たって手遅れですわよ、ヘナチョコ戦隊!
この町の住人のダークフォルスは、十分いただきましたわ!」
バサリとマントを翻し、捨て台詞を投げて身を翻す女幹部な「真奈実」。
本来は炎・水・風・地の4人いて初めて真価を発揮できるエクサイザーズは、このところDUSTY相手にやや劣勢な戦いを強いられているようだ。
そのことは、例の壁のビジョンで知っていた彼女だったが、いざその現場を魔の当たりにすると少なからずショックだった。
今日だって、この地区を封鎖していた怪人との戦いに手間取ったから、駆け付けるのが遅れたに違いない。
しかし、それと同時に心の片隅に「やっぱりあたしがいないとダメなんだ」という優越感にも似た感慨が生まれる。
彼女のそんな複雑な感情を一顧だにせず、女幹部は目くらましと共に姿を消し、DUSTYの秘密基地へと帰還するのだった。
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