-3-
さて、時間は少し前後し、真奈実が恭子相手にまだ雑談をしていた頃。
「──うっ……」
医療部の特別室──といっても、窓に鉄格子があり、入口のドアが分厚い鉄製になっているという程度だが──で、ひとりの女性が目を覚ました。
「姉さん!」
彼女が寝かされたベッドの側の椅子で、心配げに彼女を見守っていた青年──ルビーフレイムこと穂村憲一は、すぐさま立ち上がって、義姉の顔を覗きこんだ。
「……? ケンちゃん? ココは……うぅっ!!」
目をしばたたかせていた女性は、聞き馴染みのある声に視線を向け、彼の名を呼んだ。
「姉さんッ、しっかりしてくれ!」
「だ、だいじょうぶ、よ…………」
血相を変える義弟を優しくなだめるその声色と瞳に、サブキュースだった頃の凶悪さは露ほども見当たらない。
「ふむ。梓さん……でよかったかな?」
折よく特別室を訪れていたこの基地の責任者、朱鷺多博士が彼女に声をかける。
「はい。梓左矢香と申します」
「無粋な質問をするようだが……君は本当に「君」かね?」
「! 博士ッ!!」
「いいのよ、ケンちゃん。はい、わたしは確かに梓左矢香です。ですが……」
激昂しかける弟を、彼女は押しとどめ、視線を宙に逸らした。
「──ですが、この身が魔隷姫サブキュースとして為した悪事の一部始終も承知しております。貴方のお疑いはもっともです」
どうやら、洗脳が解けた彼女にも「サブキュース」時代の記憶はあるようだ。
朱鷺多博士は、助手の恭子を呼びよせて、ドクター・ハミアを病室に連れて来るよう依頼した。
ドクター・ハミアは、エクサイザーズのブレインたる三博士のひとりで、裏の総責任者たる朱鷺田、表の顔である御堂と並ぶ、最重要人物だ。
DUSTYの首領と同じ世界からこの地球に来た賢者であり、御堂博士に程なく襲来する侵略者の存在と対処方法を教えたのは、他ならぬ彼女だった。
錬金術と浄化術、さらに攻撃魔法に長けた彼女の協力がなければ、日本がエクサイザーズを設立してDUSTYの侵略の魔手を跳ねのけることはできなかったろう。
現在の彼女の外見は、落ち着いた服装の、眼鏡をかけた知的なアラサー美女といった趣き。もっとも、彼女の実年齢は、地球側はおろか故郷を同じくするDUSTY側もつかんでいない秘中の秘だったが……。
マッド科学者としての朱鷺田の勘は、「この左矢香はシロだ」と囁いてはいたが、立場上そのまま「よっしゃ、無罪放免!」と言うわけにもいかない。
そこで、虚言感知(センスライ)と邪悪感知(センスイビル)の魔法が使えるハミアに確認してもらったのだ。
ハミアの魔法による判定の結果も白、それも彼女に「これほど曇りがない清廉な心映えの持ち主は珍しい」と言わしめるほどの結果となった。
その後、正式に「被害者」として認められた左矢香を囲んでの、しばしの歓談タイムとなったのだが……。
「それにしても……よく、あのスカイゴワールの呪縛から逃れることが出来ましたね」
DUSTYの首領と、幼き日には学び舎で机を並べていたこともあるというハミアは、かの首領の魔力の強さを知っている。それだけに不思議だったのだろう。
「もしかして俺のエクソイズム・バーストの当たりどころが良かった……とか?」
いつも張りつめたように生真面目な憲一が、珍しく冗談を言う。これも、長年の懸念であった義姉を取り戻せたからだろう。
「クスクス……ケンちゃんったら。でも、実は当たらずと言えども遠からずなんですよ」
「へ!?」
肯定的な返事を返されて固まる憲一。
左矢香いわく、2年前、その高い霊力に目を付けられ、DUSTYに捕えられた彼女は、しかし頑として協力を拒み続けた。
半ば拷問じみた脅迫にも屈しなかった彼女に業を煮やした首領は、自らの知識と魔力を駆使して作り上げた「黒の洗礼」という術式を左矢香に施したのだ。
「黒の洗礼」とは、特定の呪物を対象に身に着けさせ、それを起点に装着者の意識を心の一角に封じ込めたうえ、本人とは逆の悪しき疑似人格を作り上げ、その身体を乗っ取らせると言うものだ。
それだけなら呪物を外せば元に戻るだろうが、この術式の悪辣なところは、強制洗脳装置も兼ねている点だろう。
閉じ込めた本物(の意識)に、偽物が行っている行為の「感覚」や偽物の感じる「感情」を送りつけ、いつしかそれを自分自身のものと錯覚させ、徐々に本物も悪に染めてしまうのだ。
「そんなモノに丸2年間も耐え続けたのかね!?」
大した精神力だと感心する朱鷺田博士に、「いいえ」と首を振る左矢香。
「わたしが「黒の洗礼」を施されたのは1年程前ですし──それに、わたしは梓流古神道の心得がありましたから」
彼女は意識の中で隔離された空間に結界を張って、「外部」からの「感覚」や「感情」を遮断していたと言うのだ。
「とは言え、結界の表面にテレビのように自分の身体が見聞きした事柄は写しだされていましたけど……」
そう言って、僅かに顔を曇らせる。
確かに、それなら直接「感覚」や「感情」を流し込まれるよりは耐えやすいだろうが……。
それにしたって、1年間結界を張り続けた霊力と、いつ終わるとも知れぬ苦行に耐えた精神力はたいしたものだろう。
「それは──ケンちゃん達に会えたから。必ず助けてくれると思っていたわ」
「姉さん……」
なんとなく、甘ったるい空気が病室に充満したような気がした。ゴシップ好きな恭子など、友人の恋路のことも忘れて「あららん♪」と楽しそうな目で眺めているし。
たぶん、この様子を見たら、硬派な憲一にお熱な真奈実などは目を疑うだろう。
あるいは、左矢香の美貌とプロポーションに敗北感を覚えるか、逆に青筋を立てて逆ギレするか……。
しかし、事態は思わぬ方向に動くことになる。
「! そうだ! わたしが身に着けていた「悲涙晶」はどこに? アレは放置しておくと危険です。早く破壊しないと……」
ベッドに半身を起こして会話していた左矢香が、不意に表情をこわばらせた。
「えーと、姉さん、その「悲涙晶」って、具体的には何を指してるのかな?」
憲一が義姉の身体を慎重に押さえつつ、問いかける。
「「サブキュース」が着けていた指輪のことです!」
「ふむ……それらしいものの回収報告は来ておらんはずじゃが」
チラリと朱鷺多博士が恭子に目をやると、秘書兼助手もフルフルと首を横に振った。
「そうですか……」
ホッとしたようにいったん身体の力を抜いた左矢香だったが、ハッと再び緊張を取り戻す。
「まだ昨日の現場にあるとしたら、それはそれで問題かもしれません。回収して破壊するようお願いします」
「むぅ、できればどんなモノか研究したいところなのじゃが」
マッドの本領を発揮してボソッと呟く博士だったが、他の人間から非難の目を向けられて、「わかっとるわかっとる」と残念そうに頷く。
「アレは、言うならばDUSTY首領の魔力と呪念を形にしたようなモノです。持ってるだけで、その邪気の影響を受けますし、身につければさらにその影響は高まります。
さらに言えば、推測ですが首領の思念波を中継する魔導的通信機のような機能もあったのだと思います」
どんなに遠くにいても、首領と会話できるみたいでしたし──と補足する左矢香。
「確かに危険ではあるけど、即破壊するほどのものではないのでは?」
ハミアの問いに、けれど左矢香は首を横に振った。
「悲涙晶単体ならそうでしょう。ですが、「黒の魔装」──サブキュースの各種装備品を着たうえで、アレを身に着けると、それだけで「黒の洗礼」が発動するんです。
そして、いったん発動すると、それらのひとつでも身に着けている限り、術式は維持されます。
わたしがこうして正気に返れたのは、それらすべてを身体から遠ざけられたからなんです」
それに、「黒の魔装」自体にも、軽い洗脳効果があるみたいでしたし──と、左矢香が言葉を補足すると、恭子が真っ青になった。
「うわぁ……えっと、実は今、その「黒の魔装」とやらを分析しようと私の部屋に持ちこんであるんですけど」
「私、おかしくなってませんよね?」とドクター・ハミアに半泣きですがりつき、彼女の霊視で「問題なし」のお墨付きをもらい、安堵の息を漏らす恭子。
「あ! でも、今私の部屋にマナちゃんが!!」
「なんだって!? バナナの皮があれば踏んで転び、「押すな」と書かれたボタンを絶対押しちまう、あの珠城が!?」
同僚に何気にヒドい形容をする憲一──まぁ、まったく否定はできないのだが。
「あの珠城くんが、万が一、好奇心の赴くままに、その「黒の魔装」とやらを手にとったら……」
「万が一」と言うか「二分の一」くらいの高確率で実現してそうな光景に青くなる博士。
「すぐに、ミス・タマキの居場所の確認を! もし洗脳されていても、軽度なら私が浄化して元に戻します」
こういう時、専門家であるハミアがいてくれるのは心強い。
──しかし、読者の皆さんは御承知の通り、すでに真奈実の姿は基地内にない。
ご丁寧にもビーコン付きの変身ブレスも恭子の部屋に置きっぱなしにされていたため、その足取りもすぐには掴めそうになかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます