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 真奈実が自由を取り戻した(と言う言い方は語弊があるが)のは、女幹部が自室に戻り、「黒の魔装」を脱いで風呂に入ろうとした瞬間だった。

 唐突に女幹部な「真奈実」の身体から、「牢獄」に囚われた自分へと意識が戻る。

 見れば、壁の画面には、黒薔薇の花弁を浮かべて浴槽で満足げに己が裸身を磨きたてる「真奈実」の姿が映っていた。


 「あれ?」


 自由に動けないとは言え、久しぶりに暖かい風呂の感覚を味わえると思っていた真奈実は、元に戻った喜びよりも、咄嗟に不満の方を強く感じてしまう。


 「でも、どうして?」


 その疑問の答えはすぐに明らかになった。

 風呂から出た「真奈実」が、髪を梳り、裸身に念入りにパフュームを振りかけ、手足の爪を真紅のマニュキュアで飾りたて……。

 そして、出撃の直後なのに汚れの気配すら見えない「黒の魔装」を再度身に着けたところで、再び彼女の意識は「真奈実」の身体に囚われていたのだから。

 どうやら、あちらと同じ衣裳を着ていることが関係しているようだ。


 「真奈実」は、幹部としての正装に身を包みつつ、同時にどことなく「女」としての面を意識した身支度をしていたような印象があった。なんとなくソワソワしながら、時計らしきものを眺めていたが、しばらくすると足早に自室を出る。


 (! まさか……)


 そう言えば、先ほど今回の作戦の報告をした後、褒美の言葉とともに、総統様から部屋に誘われていなかっただろうか?

 男が女を自室に誘うということは──つまりは、「そういうコト」なのだろう。そもそも、総統様は、「真奈実」のことを「我がいとしき魔姫」なんて呼んで、寵愛してるように見えたのだから。


 (って、えーーっ、そんなぁ~)


 事態を把握した彼女は、意識の中で困惑の声をあげたが──そこには思いのほか拒絶や嫌悪の色は少ない。


 実は、彼女に男性経験はなかった。

 田舎にいた頃はそれなりにモテたのだが、その見栄っ張りな性格からいわゆる高嶺の花的に敬遠されていたし、逆に東京に出て来てからは、自分が井の中の蛙であったことを実感し、男性とのつきあいにも消極的だった。

 普段の「我がままでミーハーな珠城真奈実」という女性像は、ある種の虚勢でもあったのだ。しかし、こんな状態になってしまっては、そんな虚飾も今更だろう。


 さらに言えば、一方的で不本意な形ではあったが、彼女はここ数日(あるいは十数日?)この組織──いや、濁魔帝国DUSTYに所属する者たちとともに過ごし、彼らが決して血も涙もない、悪夢の化身ではないことを知ってしまった。


 十把一絡げの雑魚に見える戦闘員たちにも、それなりの個性や友情、同胞意識などはあるし、残虐非道な悪人に見えた幹部──獣魔参謀や鎧魔将にしても、実際に話してみれば人間臭い部分も多々見られる。


 特に、帝国のトップに立つ総統スカイゴワールは、部下という観点から見れば、高貴な威厳とカリスマ性、聡明さと決断力を兼ね備えた素晴らしい人物に思えた。

 あい変わらず素顔は見ていないが、声などから判断する限りまだ比較的若いと推察される総統は、彼女が抱く「王子様」のイメージに、ある意味もっとも合致する存在だった。

 その「憧れ」の相手に抱かれるということに、戸惑いはあったものの、ひとりの女としては決して嫌な気はしない──というのが、彼女の正直な気持ちだった。


 総統の私室に主の許可を得て入ると、そこには無粋な兜を脱いだ総統が、彼女の来訪を出迎えてくれた。


 兜に隠されていた総統の素顔は、彼女が想像していた以上に端麗で、その見事な金髪もあいまって、まるで太陽神(アポロン)、いや武女神(アテナ)のような威厳と美を両立させていた。


 「よく来たな、我が魔姫よ」


 その赤い唇から流れる声も中性的で、耳に心地よい。


 「……ふむ。いつまでも、そう呼びかけるのも無粋か。よし、新たな「器」を得たそなたにふさわしい魔名(マナ)と二つ名を、余から贈ろう」


 ──総統自ら名付け親となって、新たな、あたくしだけの名前を戴ける!


 「真奈実」の心が歓喜に奮え慄く様が、彼女にも伝わる。

 その熱狂は、ともすれば彼女の心にまで伝染し、冷静さを失わずにはいられないだけの熱さが込められていた。


 「そうだな。生まれ変わったそなたは……エシュベイン。「魔妾姫エシュベイン」と名乗るがよい」


 エシュベイン! 何と甘美な響きなのだろう!!

 その名が、かの御方の口から発せられただけで、「真奈実」は背筋が震えるのを感じる。


 そして、二つ名は「魔妾姫」。かつての「器」が「魔隷姫」と呼ばれ、しょせんは「奴隷」にしか過ぎなかったのに対して、自分は「愛妾」として遇して下さるということの証……。


 そう思っただけで、「真奈実」、いや魔妾姫エシュベインの心と体は至高の幸福感に満たされていく。

 そして、あまりに大き過ぎるその法悦は、同じ身体に存在する彼女の心までも浸食し、ふわふわした多幸感に染め上げていった。


 「嗚呼……有難き幸せです、総帥閣下」


 敬愛する総統の足元に膝まづき、熱い吐息とともにそんな感謝の言葉を述べたのが、エシュベインなのか自分なのか、もはや彼女にもわからなかった。


 「ふふふ、エシュベイン、愛い奴よ」


 くたりと力の入らぬ身体を軽々と抱き上げられ唇を奪われても、彼女も、抵抗しようとは思わなかった。むしろ、こちらから唇を押しつけ、積極的に舌を絡める。

 その行動すら、もはや自分の意志なのか魔妾姫の意志なのか定かではない。なぜなら、確かに彼女自身も、そうすることを望んでいたからだ。


 だから、総統が武骨な鎧を外し、その下から引きしまった筋肉質の肉体が現れ、同時にその胸や尻の形状がどう見ても豊満な女性のそれであることを知っても、彼女の心に動揺はない。

 むしろ、そのギリシャ彫刻のような美しさに感嘆し、称賛の溜息を漏らすばかりだ。


 「あぁ……素敵ですわ、総帥閣下」


 熱浮かされたような魔妾姫の身体を抱き寄せながら、総統は囁く。


 「スカイと呼ぶがよい。この部屋に限り、そなたに我が魔名を呼ぶことを赦そう、エシュ」


 至尊の御方より私室でその魔名を呼ぶことを許され、さらには愛称で呼ばれるとは、女としてどれほどの栄誉、そして喜びなのか!


 慣れた手つきで、マントと上着を脱がされ、そのまま寝台に横たえられる魔妾姫。ブーツに関しては、総統のベッドを汚してしまう……と危惧しただけで、自然に足から脱げ落ちた。


 肌に貼り付くボディスーツで締め付けられているせいか、あるいはここ数日で本当に成長したのか、以前より格段に大きく形よく見える彼女の乳房を、スカイゴワールが布越しに優しく揉みほぐす。ボディスーツの下で乳首がピンと勃っていくのがわかった。


 「ひ、ひゃぁあン! す、スカイさまぁ♪」

 「ははは、よいよい。可愛いぞ、エシュ。そなたがあまりに、愛らしいので、もう余も我慢ができぬようだ」

 「ハァハァ……ど、どうぞ、あたくしめの、身体も心も……全て、スカイゴワール様のモノでございます。存分に、ご賞味ください…………はぅン!」


 それを口にしたのは、果たして魔妾姫か、それとも彼女自身か。


 「うむ、よくぞ申した」


 総帥は、鎧の下に着込んでいたチュニックとショーツを脱ぎ捨て、一糸まとわぬ裸身となる。


 「ぁあ……その、お姿は」


 彼女の視線は、総帥の下半身に釘付けとなる。何となれば、そこに備わった女陰の亀裂をメリメリと押し開いて、本来男性の股間に備わっているべき極太の肉竿が生えていたのだから。


 「余は、女にして男、男にして女なる存在。エシュよ、我が寵愛──受け入れてくれるな?」


 甘く優しい、けれど断られることなど微塵も考えていないその言葉に、気が付けば彼女はコクンと頷いていた。

 そればかりか彼女は、身に着けたボディスーツのクロッチ部分を震える指先でズラし、自らの秘部を露わにする。


 「はい、もちろんでございます。スカイ様、あたくしめに、どうかお情けを……」


……

…………

………………


 ふと気が付けば、彼女は自らの意思で動けるようになっていた。


 もっとも、両性の総統の美麗ながらたくましい体にのしかかられ、また自らも悦楽の余韻に、未だほとんど力が入らない状況ではあったが。


 (あたしは……いえ、あたくしは……)


 それでも、その気になれば、スカイゴワールを突き飛ばして逃げることも出来たかもしれない。が、彼女は、そうしなかった。

 代わりに、自らを本当の意味で「女」にした人物に、甘えるように体を摺り寄せる。


 (あたくしは……魔妾姫エシュベイン。濁魔帝国DUSTYの三幹部のひとりにして、スカイゴワール様の愛妾……)


 それが、彼女──かつて珠城真奈実と呼ばれていた女性の出した答えだった。

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