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捕虜としてエクサイザー基地に連れてこられたサブキュースは、武装や鎧はもとより、全身にまとったその衣裳や装飾品に至るまでをすべて剥ぎ取られたうえで、医療部の特別室に監禁されることとなった。
もっとも、監禁と言っても、全身いたるところに1度から2度の火傷があるうえ、頭を強く打ったせいか本人の意識が戻らないので、ひとととおり治療を施したうえで、外から鍵のかかる部屋で質素なベッドに寝かされているだけなのが。
エクサイザーチームを指揮する司令以下数名は、基地を知られたことによるDUSTYの襲撃も警戒していたのだが、あれから24時間経っても、その兆候は見えない。
そのため、待機状態のエクサイザーズ達も、さすがに少しずつダレてきた。
もっとも、恋人同士でもある洋と英美は、これ幸いとふたりで部屋にこもってイチャイチャしているらしい。一応、ふたりとも聖職者のハシクレのはずだが──いいのだろうか?
憲一を狙う真奈実としても、この機会にぜひアプローチをかけたいところなのだが、肝心の憲一は……。
「まさか……左矢香(さやか)姉さん!?」
捕えた敵の女幹部サブキュースを武装解除し、そのメイクもすべて取り払って素顔が明らかにしたところ、その正体は、憲一の行方不明の姉、左矢香だったのだ!
2年前、両親を亡くした憲一が中学生の頃から世話になっていた梓家が、何者かの襲撃を受けた。
幸か不幸か当時の憲一は剣道部の合宿で家にいなかったのだが、知らせを受けて家に戻ると、養父はすでに死亡。養母も手当の甲斐なく病院で息を引き取った。
そして、もうひとりの家族である義理の姉、左矢香は行方不明。
復讐に燃える憲一の前に現れたのが、国立浄魔研究所の所長、御堂博士だった。
博士は、梓家を襲ったのが謎の組織DUSTYであることを告げ、彼らを倒すのに力を貸して欲しいと、憲一に要請。無論、彼は即座に頷き、エクサイザーチームに加わったのだった。
「あの優しかった姉さんが、どうしてDUSTYの幹部なんかに……」
「憲一くん。君も知っての通り、奴らは高度な洗脳技術を持っている。
おそらく、2年前その高い霊力資質を見込まれて連れ去られた左矢香さんは、洗脳処理を受け、サブキュースとして働かされていたのだろう」
「くそッ、どこまでも汚い連中だ! 博士、姉さんの洗脳は解除できないのか?」
「無論、全力を尽くそう。うまくいけば、君のお姉さんを助けられるばかりでなく、DUSTYの内部情報を詳しく知る絶好のチャンスだからね」
──と、そんなやりとりがあった後、憲一は未だ目が覚めない義姉につきっきりだった。
当然、真奈実としてはおもしろくないが、「ほとんど生存が絶望視されていた家族と、ようやく再会できた」憲一の気持ちがわからない程、KYではない。
仕方なく、基地内をブラブラして暇を潰すしかなかった。
そんな中で……。
「あれ? コレって……」
ファッションやスイーツ関連で趣味が合うため、割合仲がいい博士の秘書、緑丘恭子の部屋を訪ねた真奈実は、意外なモノを目にすることとなる。
「あ、マナちゃん、こんちわ~」
レディススーツにネクタイを締め、タイトスカートを履いた恭子は、それだけなら大手企業のやり手OLに見えないこともないが、その上から糊の利いた白衣を羽織っている。
彼女は理工系の大学院を優秀な成績で出て、博士号も持つ才媛であり、秘書業務の傍ら博士の助手も務めているのだ。
色々な意味で「濃い」メンツの多いこの基地では数少ない常識人なので、自称「普通のカワイイ女の子」である真奈実は、彼女とよく話をしにくる。
今日も彼女は真奈実に美味しいカフェオレを入れてくれ、ふたりはしばし雑談する。
「そこの台に並べてあるのって、あのオバ──おっと、サブキュースのコスチューム?」
さすがに、想い人の姉をオバさん呼ばわりするのはマズいだろう。
実際、左矢香は憲一より2歳年上なので22歳。19歳の真奈実がオバさん呼ばわりする程の年ではない。どうやら、あのケバいメイクが彼女を5、6歳老けて見せていたらしい。
「ええ。DUSTYの、とくに幹部クラスの装備は、私達から見ても桁外れの代物が多いでしょう? 分析できれば今後の戦いの助けになると思って」
「へぇ~、確かにそうだね。あ、でも昨日の戦いで、結構壊れたんじゃ?」
しかしその割に、今は焼け焦げや破損の痕跡はほとんど見られなかった。
「それがね、スゴいのよ! 昨日の夕方ここに運ばれた時はボロボロだったんだけど、ひと晩経ったら殆ど直ってるの。どうやら、自己修復機能があるみたいね」
真奈実達が使用しているexスーツにも、多少の修復機能はついているが、あくまで「無いよりマシ」というレベルだ。もし、このDUSTYの装備の秘密を解明できれば、確かにより安全に戦うことができるだろう。
「で、何かわかったの?」
「うー、それがねぇ……」プルルルルッ!「はい、緑丘です。え、今すぐですか? はい、了解しました」
チンっと内線電話を置くと、恭子は真奈実に頭を下げた。
「ゴメン、博士が呼んでるから行かなきゃ」
「大変だね~」
「まぁ、その分、やり甲斐もあるけどね。マナちゃんは、それ飲んだらカップは適当にかたしといて」
パタパタと、あわただしく部屋を出て行く恭子。
中身が半分以上残ったカップを手に、所在なさげに辺りを見回した真奈実の視線が、それに止まったのは、はたして偶然だろうか?
「サブキュースの装備、かぁ……」
先ほどの恭子の話を聞く限り、悪の組織の産物ながら、なかなか大した装備のようだ。
実は、真奈実はふたつ程、自分たちが使用しているexスーツに不満があった。
ひとつは、その燃費の悪さ。
このスーツは、確かに桁外れの性能を持っているが、その反面非常に大量のエネルギーを必要とする。しかもエネルギー源は電力などのように簡単に補えるものではなく、着用者の生体エネルギーだった。
それゆえ、戦闘後や負傷後のエクサイザーたちは、華奢で小柄な英美でさえ、周囲がドン引きするほどの大量の食事を必要とする。
エクサイザーの4人の給料(一応、国家公務員扱いなのだ!)が高めなのは、危険手当以外にこの食費手当がついてるからだというもっぱらの噂だ。
食べる端から消費するので、ダイエットの必要がないのはある意味利点かもしれないが、大食いは自分のキャラではない──と思う真奈実。
緊急用として博士が開発した「ひと粒で800kcal」のエネルギータブレットもあるのだが、これがまた死ぬほど不味い。ある意味、究極の選択だった。
ふたつめは、「スーツのデザインがダサい」こと。
基地(研究所)の総責任者であり、exスーツの開発者でもある朱鷺多博士は、少年時代に80年代系特撮番組を見て育った人間で、自身の発明品にも当時の「古き良き戦隊物」的センスをしばしば盛り込みたがる。
あまりにアレな場合は助手を務める恭子が修正してくれるが、exスーツは最初期の発明品で、かつ戦いの中で長年増築を重ねたホテルのごとく後づけでバージョンアップしているため、根本的な改良にまで手が回っていないのが現状だ。
「だからって、いまどき、全身タイツ+フルフェイスヘルメットはないわよね~」
この件に関して、一番不平を漏らしているのは真奈実だろう。
そもそも硬派な憲一は機能性重視で格好にはあまりこだわらないし、洋はある意味博士の同類(マニア)だ。英美も、元が修道女見習いであったせいか、オシャレにいまいち疎いところがある。
恭子が気をつかって、ただの単色ではなく別の色でラインを入れたり、手袋とブーツは別の素材で作ったりはしてくれたが、シルエット自体が「全タイ+ヘルメット」という事実には変わりはない。
そんな彼女にとって、魔隷姫サブキュースのコスチュームは、ベース色が黒だということを差し引いても興味を覚えるに足る代物だった。
アンダーウェアに相当するのは、レオタードに近い形状のノースリーブの漆黒のボディスーツだ。ボトム部は際どい角度のハイレグ仕様で、逆に上半身は喉元まで覆うハイネックになっている。
特筆すべきは、その胸部でエナメルのようなラバーのような、あるいは昆虫の甲殻のような不思議な素材で出来た胸当てが付いている。
また、ちょうど左右の鎖骨の中間あたりが菱形にくりぬかれていて、下の肌──というか胸の谷間が見える形になっていた。
ボディスーツの上には、半袖の丈の短い軍服のような上着を着るのだが、この上着には黒の地に暗めの赤のラインと金の縁取りがいくつか施されており、「幹部」「将軍」らしさを演出している。
しかも、布製に見えるこの上着自体が、防弾チョッキなどメじゃない高い防御力を持っていることは、これまでの戦いで実証済みだ。
パールの通常モードの銃撃が当たったくらいではロクにダメージを与えられなかったし、フレイムが振るう剣でも切り裂くことはできなかったのだから。
脚部については、まず太腿までの黒い網タイツに脚を通し、その後、ニーガードの付いたロングブーツを履く。
剥き出しの腕部の方は、左手は肘の上まである黒い長手袋を付けるので、肌が露出する部分はほとんどない。右手の方が、手首から肘までをアームカバーで覆う形なのは、利き手の細かい動きを阻害しないためだろうか。
ブーツと手袋&アームカバーは、胸当てと同様の不思議な黒い素材でできているので、防御力はかなり高そうだ。
ほかには、武骨なショルダーガードのついたマント(表が黒、裏が暗い赤)と、悪魔のような湾曲した角が左右についている額当てが置いてあった。
何気なく、ボディスーツを手に取った真奈実は、そのあまりの手触りの良さに驚嘆する。
最高級のシルクをも凌駕するその滑らかな触感は、ゴワゴワしたナイロンのようなexスーツとは雲泥の差だった。
誰もいないことを承知で、部屋の中をキョロキョロ見回す真奈実。
「──ちょ、ちょっと着てみようかな?」
好奇心に負けて、今着ている私服──サンドベーシュのジャケットと、オフホワイトのワンピースを脱ぎ始める。
部屋の主の恭子が博士の部屋に行った以上、おそらく1~2時間は戻って来ないだろう。
それに、このボディスーツの特性を身を以て実体験してから、恭子や博士に進言すれば、exスーツの改良に役立ててくれるかもしれない。
──などと自分に言い訳をしていたが、客観的に見れば、真奈実のその心理は明らかに異常だった。
友人の部屋で、全裸になって、敵の女幹部が着ていた服に着替えようと言うのだから。
だが、目の前の衣裳に気を取られている彼女は、そのことに気づかない。
黒いボディスーツは、下着まですべて脱ぎ捨てた真奈実が手に取ると、胸元の切れ込みから頸部と腹部にかけてスッと自然に切れ目が広がる。
「ここから着るのかしら?」
一瞬躊躇ったものの、好奇心には勝てず、両脚を通し、腰までたぐり寄せる。
「ふわぁ……」
思わず嘆声のような呻きが口からこぼれる。
クロッチから下腹部にかけてが密着しただけなのに、その気持ちよさは筆舌に尽くし難いほどなのだ。
夢中で、両袖を通し、首のカラー部分の位置も調整すると、自然に前の切れ込みが閉じた。
「ハア……すごい」
先程以上の心地良さが体中を覆っている。
ボディスーツは、ピッタリと彼女の肌に密着し、皺のひとつも出来ていない。まるで皮膚に張り付いてしまったようだ。
驚くことに、ノーブラなのに胸当て部分がぴったりと彼女の乳房に密着して、幾分上向きに持ち上げているせいか、いつもより胸が大きくなったかのように見える。
ほんのり潤んだ目で、真奈美は残りの装備品にも視線を向けた。
「ここまできたら、ほかのも試してみないとね」
上着を着る。肩から二の腕にかけてが優しく包まれると感触が頼もしく、かつ一軍の女幹部にふさわしく背筋がピンと伸びた気がする。
網タイツとブーツに足を通す。こちらもボディスーツと同様の心地よい感触が彼女を魅了した。手袋とアームガードも同様だ。
さらにマントを羽織り、角付きの額当てを被ると、全身の装備の相乗効果か、それだけで彼女は全身に押し寄せる快感にうち震えた。
さすがに若い女性の個人部屋だけあって、この部屋の壁には30センチ程の鏡がかけてある。
彼女は、ブーツの踵をカツカツと鳴らしながら、鏡の前に移動して、自分の姿を覗きこんでみた。
「フフフ、妾(わらわ)はDUSTYの女幹部サブキュースぞ。愚民どもよ、我が軍勢の前にひれ伏すがいい! ……なぁーんてね」
マントを翻し、右手を前に突き出す、見覚えのあるポーズをとってみたところ、まさにありし日のサブキュースそっくりに見えたのだが……。
(うーーん、何か、物足りないのよねぇ~)
「! そうだ」
先程脱ぎ捨てた自分のジャケットから、昨日拾ったガーネットの指輪を取り出し、右手の薬指にはめる。
「やっぱり、サブキュースと言えば、光りものよね~」
そんなことを言いながら、満足げに深紅の柘榴石を眺めていた真奈実だったが、いつとの間にか、頭がボーッとしてくるのを感じていた。
「そろそろ……着替えない、と……」
名残り惜しげにマントと額当てを外したものの、そこから先は、どうしても体が動かない。
この気持ちのよい服を脱ぐことを彼女の体が拒否しているようだ。
「じゃあ……」
少し考え込んだのち、何とか上着だけは脱ぐと、そのままワンピースを身に着ける。
これで、一見したところ、彼女の姿は先ほどまでとあまり変わらないように見えた。もっとも、左手は黒い手袋に覆われ、足元もブーツを履いているのだが。
そして、脱いだ上着とマント、額当てを部屋の隅にあった大型のキャリーケースに丁寧に畳んで入れる。
「早く……行かなきゃ……」
焦点の合わない目つきで、トランクを片手に恭子の部屋から出る真奈実。
おりしも、基地の厳戒態勢が解除された直後ということもあって、虚ろな目をした彼女が基地から出るのを咎める者はいなかった。
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