第6話 破壊-(6)

「村長‼ 後ろ‼」

 

 村人の一人がいち早く察知し、大声をあげる。

 視線をすべらせると、滋道の後ろに潰れたはずの禍神が立っていた。

 鋭い牙をむき、容赦なく襲い掛かる。滋道は振り向き、その姿を認めると、「ひいいいいい」とみっともない声をあげ尻もちをついた。

 

 間に合わない。あの牙に咬みつかれたらひとたまりもないだろう。滋道は終わった。誰もがそう思ったその時――。


 二人の人間がどこからともなく現れ、禍神を両断する。


 白い狩衣に、黒い指貫。そして燃えるように真っ赤な袖括り。現れた二人はまったく同様の装束に身を包んでいる。

 

 その手には禍神の血に塗れた刀があった。


「いやあ、すみません。遅れました。お怪我は?」

 

 二人のうち、男の方が滋道に尋ねる。


「あ……ああ、いや。まったく無傷でございます! 然して、帰天師様とお見受けしますが……」

「そうです。私たちは帰天師。禍神を屠る者です」


 今度はもう片方の女性が答える。

 帰天師。ユキムラはその言葉に複雑な思いを抱いた。自分の父親が勝手に名乗っている仕事だからだ。

 

 本物の帰天師を目の前にして、やはりその勇ましさは父とはかけ離れていると改めて直感した。

 素直に、かっこいい。半ば羨望に似た感情。自分もああなれたらな、と漠然と思う。

 だが、次の瞬間には自分のやるべきことを思い出し、首を横に振った。


「ご無事で何より。他に怪我のある方はいますか?」

 

 帰天師が人々に問いかける。

 怪我を負った者がいないことを確認すると、女性の帰天師は安堵のため息を吐いた。「ギリギリ首が繋がったわね」と苦笑いをする。そして真剣な表情になり、次の質問をした。


「ところであの禍神。腹が完全には治っていませんでした。おおよそ、あの大岩の下敷きになっていたのでしょう。どなたがあれを?」


 水を打ったように、周囲は再び静まり返る。

 誰もが各々の顔色を窺い、口火を切れない様子だった。


 やがて痺れを切らしたユキムラが進み出る。

 滋道に後で何か言われるかもしれないと思いつつも、これ以上の静寂は時間の無駄であると感じたのだ。


「君か。そうだね。まずはありがとう。君のおかげでこのバカの首は繋がったわ」


 女性の帰天師がそう言うと、男の方はぽりぽりと頭を搔いた。


「いやはや面目ない……遅れてしまったのはひとえに僕のせいでね。大好物の油饅頭を焦って食べ切ろうとして、喉に詰まらせてしまったんだ。君には感謝してもしきれない」


 何とも間抜けな帰天師だ。

 そう言えば、帰天師は離れていても禍神の気配をいち早く察知できると朧気に記憶している。だからその被害は滅多に拡大しないし、そもそも認知されないとも。

 しかし、今回は珍しく遅れた。疑問に思う余裕など無かったが、そういうことだったのか。ユキムラはぼんやりと納得した。

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