第5話 破壊-(5)

 やんよやんよとおだてられ、悪くない気分になるユキムラ。祝福の雰囲気に染まる村人たちの中に一人、その光景を面白くなさそうに見つめる人物がいた。


「なんだあれは。ただの山猫だろう」

 

 その一声で、しんと静まり返る村人たち。八雲の父親、滋道じどうだ。

 贅肉のついた腹に、嫉妬深そうな細い眼。村では随一の立派な服に身を包んではいるが、その人間性までもは隠すことができていない。


 村長という立場に加え京の商人と密接に繋がっている滋道は、村で絶対的な権力を保持していた。

 そして何かにつけて火伏親子を目の敵にし、邪魔をする。特に深い理由はない。ただユキムラの父親が目障りで、余所者であるというだけで突っかかってくるのだ。

 

 滋道の言うことに、逆らえる人間はいない。彼が甲と言えば、乙も甲となる。つまり、現状は明らかにユキムラに逆風だった。


「じゃあ近くで見てきてください。奴は信じられない見た目ですよ」

「ふん。この私に指図するのか小童こわっぱ。いいか。誰もお前があれを潰したところを目撃していない。どういう意味か分かるか?」


 滋道は禍神を倒したのがユキムラだとは疑わしい、と言いたいのだろう。

 あまりに性根が捻じ曲がった思考だ。だが、誰も反論する人間はいなかった。皆、滋道が怖い。下手に逆らえば、どんな仕打ちを食らうか分かったものではないからだ。

 

 ユキムラは黙るしかなかった。

 失意とも憎悪ともつかない眼で、滋道を睨む。


「なんだ? 言いたいことがあるなら言ってみろ」

「……いえ」


 権力に胡坐あぐらをかく汚い大人。ユキムラは自分の父親と同じくらい、こういった大人になりたくないと強く思った。

 そして次の瞬間には、全てがどうでもいいとも思った。禍神を倒したところを誰も見ていないとはいえ、現にやったのは自分なのだ。その事実が揺らぐことはない。せいぜい虚しい愉悦に浸っているがいい。

 

 ふと、禍神の方に視線を向ける。


(あれ……いなくなってる?)


 大岩の下に、先ほどまであった禍神の死骸が無い。あるのはその血溜まりだけ。にわかに心臓の鼓動が早くなるのが分かった。

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