第3話 破壊-(3)

「な、なんだ、コイツ……」


 呆気に取られる二人。

 あまりにも唐突なことに、しばらく身動きがとれなかった。

 

 やがて白蓮は状況を解し、憔悴しきった様子で忠告する。


「たぶん禍神だよ‼ 早く逃げないと‼」


 禍神。

 ユキムラはその言葉を聞いたことがあった。

 生き物を殺し、災いをもたらす異形。熊以上の強さを持っており、遭遇した場合、真っ先に逃げることを考えなければならない。親から常に注意されるので、その恐ろしさは漠然と理解していた。


「コイツが……禍神……」

 

 実際に生きたものを見たのは初めてだった。他の猛獣のように唸り声などは一切発していないが、内に秘めた殺気は凄絶なものがある。

 思わず、足が竦んだ。隙を見せたら首を食いちぎられる。そんな予感があった。


「白蓮‼ 大人を呼んできてくれ‼」

「ユ、ユキムラは⁉」

「俺はコイツを食い止める‼ 早く‼」

 

 いくらなんでも無茶だ、という言葉を白蓮は飲み込んだ。

 ここで誰かが殿しんがりにならなければ、被害が拡大してしまう。

 

 白蓮は意を決したように頷き、走り去った。

 それを横目で見届けると、ユキムラは改めて禍神と対峙する。


「どうか手加減してくれよ、化け物」

 

 半ば神に祈るように、わらう。

 禍神はぷっと咥えた死骸を地面に吐き捨て、ユキムラに襲い掛かった。



 ***



 禍神の攻撃速度は速かった。

 そして、強い。


 顎を噛み合わせるたびに、軽く空震が起こる。

 いざあれに噛まれたら、ひとたまりもないだろう。

 その気になれば、岩すら簡単に砕いてしまいそうだ。


 持ち前の俊敏さを活かして何とか生き残っているものの、

 幾度か危険な攻撃があり、本能だけで回避しなければならないことがままあった。


(どうして俺、帰天師でもないのに禍神と戦っているんだろう)


 命の危機を感じる度に、嫌でもそんなことを考えてしまう。

 先程まで普通に歩いてただけなのに、化け物と交錯している現状は、あまりにも非現実的だった。

 だが、臆している暇は無い。

 

 守るべきものを守るためだと、自身を奮い立たせ、襲い来る牙を次々とかわしながら、思考を駆け巡らせる。


(分の悪い勝負だ。このまま避け続けたところで、どこかで足元をすくわれるだろう。どうにかして動きを止めないと……)

 

 そこまで考えて、ユキムラはふとあることに気がついた。

 この禍神、旋回する動きが非常に遅い。

 直進方向はそこそこの速さが出るのだが、後ろに回ろうとすると八つの足が邪魔してしまうようだ。跳躍して一気に体の向きを変える動きもしてきたが、それでも遅い。

 このまま後ろを取り続けていれば、容易に次の攻撃に備える時間を確保できる。


(ある程度攻撃には慣れた……相手の頭は悪い。そして、あの背後の隙……。やれる)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る