第2話 破壊-(2)


 淡い青色をした空の下を、二人で歩く。

 小鳥のさえずりと、延々と続く田園風景。

 本当に何も無い場所だ。

 大きな川が一本、近くを流れているとはいえ、発展はあまりしていない。京の郊外という立地上、そちらに流れる若い衆は珍しくないからだ。

 また、決して低くはない山々に囲まれており、交通の便も悪い。中途半端に孤立した農村、というのが濫觴村の位置付けであろう。


 このような理由で道中は特に何も無いので、途切れ途切れの他愛の無い会話をすることで時間を潰す。


「しっかしねえ。あんなすぐ殴りかかろうとして。血の気が多いというか何というか」

「しようがねえだろ。先に仕掛けてきたのはアイツなんだから」

「それはそうだけど……やっぱり殴るってのはよくないと思うなあ」

「そうか? 相手は石ぶつけてきてんだぜ? お前優しすぎんだよ」

「いやあ、それほどでも」

「一応言っとくが、あんま誉めてないからな……」


 白蓮は笑う。それにつられて、ユキムラも笑った。


「でも、八雲が悪いよね。やっぱり。

 私あの人嫌い。なんか偉そうだもん。親の七光りのくせに」


 ユキムラは「ああ」と小さく相槌を打つ。

 そして、思い出したように話題を転換した。


「逆に、白蓮の好きなものってあるのか?

 あんまり思い浮かばないぞ」


 ぱっと思いつくのは彼女が嫌いなものばかり。

 運動、虫、歌、薪割り、読み書き等々。

 それらに比べて、好きなものについて話す機会は極端に少なかった。


 ユキムラが質問すると、白蓮はみるみる顔を赤らめる。


「? どうした?」

「なんでもないっ!」


 好きなものを尋ねただけなのに、恥ずかしがるというのはどういう謂れなのだろう。可笑しな奴だ。

 ユキムラがそう思っていると、白蓮は反応を誤魔化すべく、おもむろに晴天を見上げ、眉を顰める。


「……うーん。だけど、こう天気が良すぎると何か起こりそうだね」

「そうか?」

「うん。禍福はあざなえる縄の如しって言うし」

「か……ふ? 何だって?」


 ユキムラは首を傾げた。

 聞いたことのない言葉だ。どういう意味なのだろう。

 

「えーと。要は、幸福と不幸は表裏一体だってこと」

「へえ。案外物知りだな、白蓮」

「でしょ。まあ、お父さんに教えてもらっただけなんだけなんだけどね」


 はは、と歯を覗かせる白蓮。

 幸福と不幸は表裏一体ということは、ここでは交互にそれらが起こるのが道理だという風に捉えられる。たしかに、今は幾分清々しい気分ではあるが、八雲のことが脳裏をかすめ、


「だが、だったら何も起こらないだろう。嫌なことは既に起きた」

「それもそうだね。あっはっは」


 二人がそんな気の抜けた会話をしていると、


 ——刹那、空を裂く轟音。


「——は?」

 

 突然、くさむらが揺れ、巨大な生物が勢いよく飛び出してくる。そして、ここを通さんとばかりに目の前に立ち塞がった。

 

 山猫のような頭に、腹が膨れ、足が八本ある蜘蛛のような胴体。漆黒の毛並みに、ぎょろりと突き出た双眸そうぼう。おおよそこの世のものとは思えない見てくれをした異形だ。

 その口元には先ほど殺したばかりのものと思われる、小鳥の死骸が咥えられていた。

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