第5話

 ◇


「この店のオーナーのモーリーだ。何でも俺に用があるとか?」


 社交ルームにあるソファに腰掛けた俺は、そこでふたりの女子高生と対面していた。

 召喚されてから数日ほど経っているはずだが、ふたりはいまだ学校の制服のまま。

 日本で会っていたらちょっと目を引く容姿の女子高生といった感じで、戦いに向いているようには見えない。

 こいつらがいずれ上級ダンジョンをひとりで攻略できるレベルになるというのだからちょっと驚きだ。

 まあ、そんなことをいえば、社会の底辺に過ぎなかったこの俺が最難関ダンジョンのダンジョンマスターをやっているぐらいだ。

 それだけヨグくんの創造した世界がデタラメでインチキだということなんだろうが。


「は、初めまして。モーリーさん。私は仙石穂乃果って言います」

「宇堂椎名よ。よろしくね、モーリーさん」


 今の挨拶が生意気だとでも思ったのか、俺の隣に座ったピートンがギロリと椎名を睨み付ける。

 そんなピートンに俺は顎をしゃくって、大人しくしていろとそれとなく伝える。

 仙石穂乃果のほうは丁寧に頭を下げていたし、ふたりとも俺の姿を見て顔を赤くしている様子。

 現在の俺のイケメンっぷりを見れば、そうなるのもわからなくはなかったが。


「それで俺にいったいどんな用事なんだ?」

「モーリーさん。すばり聞くけどあなたって実は日本人なんでしょ?」

「ん、それはどういうことだ?」

「椎名、いきなりモーリーさんに失礼よ」

「だけど穂乃果。ここってどう見ても日本のパチンコ屋さんじゃない」

「それはそうだけど……。私がモーリーさんに説明するから椎名はちょっとだけ黙っていてちょうだい」

「わ、わかったわよ」

「すみません、モーリーさん。最初からお話しますと、どうやら私たちって神様がこの世界を救うために遣わした勇者みたいなんです。その神様が仰るには邪神ザルサスの復活の日が近付いているらしく……」


 そこまで言って穂乃果が一旦口を閉じる。

 邪神ザルサスの復活と聞いて俺の顔色が変わったからだろう。

 予め聞いていたことなので驚いたわけではないのだが、さすがにノーリアクションだと不自然。それで驚いたふりをしただけ。


「ふーん。邪神の復活に神が遣わした勇者ね……。だが、あんたらふたりで邪神をどうにかできるとも思えないが?」

「いえ。ほかにも召喚された方が何人か居るらしいのです」

「へええ。そいつらは今どこに?」

「すみません。私も神様からそう聞いているだけで……」

「一度も会ったことがないのか?」

「はい、その場には私と椎名しか居ませんでした。信じてもらえないでしょうか?」

「神がそういうことをするってのは俺も知っている。が、仮にそれが本当だったとして、あんたらがここにやってきた理由にはならないと思うが?」

「別れ際にその神様が、ダンジョンマスターとして召喚された日本人のことを教えてくれたんです。日本というのは私たちの故郷のことで、同郷の人がここに居ると聞いてやってきたんです」

「なるほど。それなら当てが外れたな。俺は日本人とやらではないぞ」


 ダンジョンマスターの権能である強制進化の副作用により、俺の見た目は日本人とはかけ離れている状態。

 バカンスで日本に戻った際にも外国人扱いされていたぐらいだ。

 日本人ではないと言い張っても頭から疑われることはないはず。


「それならモーリーさんの知り合いなどにそういった感じの心当たりがある方は居ませんか?」

「あるぞ。きっと神が言っているのは元ダンジョンマスターのユージのことだろうな。どこか別の場所から来たと言っていたしな」


 ユージなんて日本人はこの世界のどこにも存在しないし、ぶっちゃけ俺は正体を明かす気がない。

 正体を明かしてしまえば、同じ日本人だという理由から何かに付けて頼られるのが目に見えているからだ。

 このふたりだけならまだしも、10人全員の面倒を見ろと言われたらキレ兼ねない。

 男のほうはソリが合わないみたいだし、できれば俺に関わらないでほしいと思っているぐらいだ。

 ヨグくんの希望もあるし、同郷の誼で多少の面倒を見てもいいかぐらいには思っているが、ザルサスを倒す手助けをしようなんてことはこれっぽっちも思っていなかった。


「ユージって言った? 日本人って絶対にその人のことよ。その人は今どこに居るの?」

「あいつなら今頃故郷に帰っているはずだぞ」


 ゆうじという名前を出した途端、ソファから身を乗り出した椎名が俺に居場所を尋ねてくる。


「日本に? そ、それはどうやって……」

「知らんな。それこそ神の御業なんじゃないのか? そもそも俺はユージからダンジョンマスターの権限を一時的に託されて、留守中の堕落ダンジョンを守っているだけだ」


 ダンジョンを眷属に任せることなら出来るが、ダンジョンマスターの権限を他人に貸し与えたることはできない。

 が、それを知っているのはダンジョンマスターのみ。目の前に居るふたりが知ることはけっしてないはず。


「それならユージさんがいつ頃お戻りになられるか知っていますか? それか連絡を取る方法でも構いません」

「帰ってくるのは明日かも知れないし、50年後かもな。それに連絡方法はないぞ。パチンコ屋の運用方法を全部俺に教え込んだあと、後は任せると言ってある日突然居なくなったんでな」

「そんな……」

「どうやら無駄足だったようだな。あんたらユージの知り合いなのか?」

「いえ。同郷というだけで、特に知り合いというわけではないのですが……」

「どうしよう? 穂乃果。ユージさんが日本に戻っているとなると、これからどうすれば……」

「なんだ? 行く当てがなくて困っているのか?」

「えーっと、まあ、そんな感じです」

「ふーん。神からの啓示を受けているんだろ。イシュティール教会を尋ねてみたらどうだ?」

「それが教会のほうはすでに尋ねていて……」

「本当にムカつくわ。この世界の神父ってみんなあんな感じなの? 全然こちらの話を聞こうとしないし、それどころか神の名を騙る不届き者だとか言って、私たちのことを捕まえようとしてきたのよ」


 は? 何でそうなる?

 まさかイシュティール教国にザルサスのことだけ教えて、勇者についての神託は与えなかったのか?

 それともイシュティール教国からエルセリア王国に話がまだ伝わっていないだけか?

 いや、ヨグくんならわざと勇者のことを隠してもおかしくない。俺に押し付けるために勇者のことには敢えて触れなかったとか。

 まあ、場所が悪かったこともあるか。

 これがイシュティール教国だったら、突如勇者として召喚された話をしたとしても、信じる可能性があったのだろうが。


「あの……、モーリーさん。しばらくここで働かせてもらうことは出来ませんか?」

「ん? このダンジョンでか?」

「実を言うと、私たちほぼ一文無しで……」

「いやいや。だからといって何故そうなるんだ?」

「私たちこれからどうすればいいのか、まったくわからないのよ」

「神から何か聞いていないのか?」

「ダンジョンの魔物を倒すことで力を得て、邪神ザルサスを倒せとは言われたわね。この世界ってまるでゲームみたいにレベルアップするんでしょう?」

「ほかには?」

「うーん、だいたいそんなところだったかしら」


 はあ……。

 いくら何でも説明を端折り過ぎだろ。まさか俺にすべて丸投げする気か?

 というか、こいつらはこいつらで呑気というか、危機感がまったくないように思える。


「あいにくと従業員は魔物で事足りているんでな。そもそもあんたらには神から託された使命とやらがあるんじゃないのか?」

「そんなこと言われても、私たち納得したわけじゃないもの。わけがわからないうちに話が進んでいて、気付いたらこの世界に居ただけだし。だいたいこの世界の問題の解決を私たちにやらせるのってちょっとおかしくない?」

「いやまあ、そりゃそうだが……。そうか。それなら俺の愛人にでもなるか?」

「なっ……」

「金がないんだろ? 俺の相手をして金を稼ぐ手もあるってことだ」

「ば、馬鹿なことを言わないでよ。この世界ではそういう行為が当たり前なのかもしれないけれどさ」

「す、少しだけ考えさせてください」

「ちょっと穂乃果……」


 意外にも穂乃果のほうは俺の話を真剣に考えている様子。

 そんなことをせずとも、ダンジョンに潜れば食い扶持ぐらい稼げるようになるはずだが、この世界に来たばかりで何もわかっていないのだろう。

 まあ、見ず知らずの世界に放り出された10代の少女が、ダンジョンに潜って金を稼ぐという発想に至るかといえば正直疑問だが。

 そう考えれば、少しでも同郷の人間を頼ろうとするのは自然な流れなのかも知れない。


「おいおい、愛人というのは冗談だぞ。来る者は拒まずってのが俺の信条だがな。そうだな。ちょっとそこで待っていろ」


 俺はふたりにそう言い残してピートンと一緒に席を立つ。

 そしてモニタルームまで行ってPCを操作すると、現在のLPの獲得情報をチェックし始めていた。

 ダンジョン酔いをしていないふたりの様子に、ダンジョンにおける勇者たちの扱いがどうなっているのか気になったからだ。


「ピートン、まだ客は入れていないよな?」

「はい。まだ開店前です」


 となると、LPの吸収率がだいたい普通の冒険者の10倍って感じか。

 それならあいつらをここに住まわせるのもなかなか悪くない手だ。

 そう考えた俺はすぐにふたりの元に戻る。


「待たせたな」

「いえ。それでここで働くお話のほうは無理でしょうか?」

「結論から言うと従業員として雇うのは無理だ。ダンジョンのルールに抵触するんでな。何らかの契約を交わして意図的にダンジョン内に居座らせる行為は禁止されているんだ」


 これは本当のことだ。

 それがオーケーなら奴隷や貧民に金を与えて、ダンジョン内に住み着かせるだけで済む。そうなるとダンジョンマスターや魔物の存在意義がなくなってしまうだけ。

 ヨグくんからすれば、それでは面白くないってわけだ。

 俺がやっていることも微妙といえば微妙だが、一応はギャンブルという餌に釣られた人間が自由意志でダンジョンにやってくるのでオッケーということになるらしい。

 まあ、なんだかんだいって結局はヨグくんの匙加減次第なのだが。


「そうですか……」

「ただし、あんたらに協力しようとは思っているぞ。本来まったく関係ないあんたらにこの世界の問題を押し付けようとしているんだからな。住む場所がないのならここの施設を使えばいいし、ユージの故郷のものならこのダンジョンが生み出せるので、あんたらも生活に困らないはずだ」

「本当ですか?」

「当然ながら金は払ってもらうことになるぞ。そもそも無償提供はダンジョンのルールに違反するのでな。後払いって感じになるが」

「借金で縛って、私たちの身体を自由にしようってつもりじゃないでしょうね?」

「椎名!」

「いや、ある意味そのとおりだろうな。あんたらには俺の指定するダンジョンに潜って魔物と戦ってもらうつもりだ。そこで金を稼いでこいってわけだ」

「私たち一度も戦闘なんかしたことがないんだけど……」

「大丈夫だ。最初は俺が一緒に付いていって戦い方を教えるし、ダンジョン探索にもすぐに慣れるはずだ」

「仕方ないわね。そうするしかなさそうだし」

「あ、ありがとうございます」


 俺の提案にあっさり同意するふたりに多少の違和感を覚える。

 俺への警戒心が欠如していることについてもそうだし、何となくそこにヨグくんが関係しているのではないかと俺は疑っていた。

 ヨグくんの性格からすれば人格を変えるような真似までしないはずだが、思考誘導ぐらいならしてもおかしくない。

 俺のことを真っ赤な顔をして見つめてくる穂乃果や、生意気な口を叩きながらも結局は従っている椎名に、俺は何となく納得がいかない気持ちを抱えていた。

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