第4話

 ◇


「それでは皆さん、復唱してください。ひとーつ。お客様はカモ様です」

「お客様はカモ様です」

「ひとーつ。生かさず殺さず依存させるように心掛けましょう」

「生かさず殺さず依存させるように心掛けましょう」

「ひとーつ。貴族も奴隷もLPは変わらない」

「貴族も奴隷もLPは変わらない」

「ひとーつ。今日も元気いっぱい搾取に励みましょう」

「今日も元気いっぱい搾取に励みましょう」


 朝の朝礼が始まる。

 ピートンの掛け声にずらりと並んだ見目麗しい犬人族コボルトの女性たちが揃って復唱していた。

 俺はそんな光景をモニタールームに座ってカメラ越しにぼうっと眺めている最中。

 一応、朝の3時から8時までは店を閉めている。

 その時間帯はさすがに客が入らないからだ。

 といっても、閉めているのはパチンコ屋の部分だけで、ほかの施設に関しては常時オープンにしている状態だったが。


 今のピートンのスピーチだけ聞けば、まるで軍隊のような厳しい職場に見えるだろうが、勤務中はそこまで厳しいわけでもない。

 仕事中に化粧したり、客とずっとお喋りしていたり、中にはチップ目当てでキャバクラまがいの接客をしている犬人族コボルトだって居るほど。


 魔物とはいえ休憩や睡眠が必要なので三交替にしているし、勤務時間外は堕落ダンジョン内の施設を使用可能だ。

 ただしそのためには現金が必要になってくる。

 一応わずかながら給金を出しているのだが、それだけでは足りないのか、各々チップをもらうことに精を出している様子。

 それはそれでリピーターを増やすことに繋がるので見逃しているが。

 ただし、本格的な行為はこの堕落ダンジョンでは禁止している。

 というか、そういう行為で金を稼ぎたいのならば、娼館風の悦楽ダンジョンを別の場所に所有しているので、そちらに移籍してやってくれって感じだ。

 同じダンジョンマスターが所有するダンジョン間なら転移装置を使っての魔物の移動が可能だ。まあ、悦楽ダンジョンのほうは手練手管に長けたサキュバスのお姉様たちが多いので、犬人族コボルトが付け入る隙もなかなかないと思うが。


 その悦楽ダンジョンはサキュバス相手に天界へ登るほどの快楽を味わえると評判になっている。

 ダンジョンコアで魔物のサキュバスが生体エネルギーを吸わないように制御しているので、比較的安全にサキュバスが与える極上の快楽を味わえるってわけ。

 まあ、心臓が弱そうなお年寄りはお引き取り願っているし、あとは自己責任ってやつだ。

 かくゆう俺も昨晩悦楽ダンジョンへと赴き、眷属のベルヴヴューネ相手にずいぶんと励んできていたが。

 娼館の支配人であるヴェルヴヴューネも種族的にはサキュバスということになるが、彼女には客を取らせていないし、制御のほうもしておらず、久しぶりに俺の高濃度生体エネルギーを浴びたせいで彼女のほうがふらふらになっていた。


 と、そんな朝礼中、開店前のホールのガラス扉を誰かがドンドンと激しく叩く音が聞こえてくる。


「まったく。開店前に五月蝿いですね。いったいどこのどいつですか? たとえ貴族でも出禁にしますよ」


 そうブツブツと文句を言いながら、カウンター横のスイッチで正面玄関の自動ドアのスイッチをオンにするピートン。


「あっ。開いたわよ、穂乃果ほのか。中に入って確かめてみましょう」

「う、うん。でも、本当に大丈夫かな? ここって一応ダンジョンってやつなんでしょう?」

「ダンジョンマスターのすべてが邪悪とは限らないって神様も言ってたでしょ。きっとここは平和的な日本人が運営しているのよ」

「そ、そうだといいけど……」


 そんな音声がモニター越しに聞こえてくる。

 その会話を聞いて俺はすぐにピンときた。

 こいつらがヨグくんの言っていた勇者なんだろうと……。


「ちっ。何ともお早いお出ましだな。まさかヨグくんが余計なことを喋ったんじゃないだろうな」


 あきらかに周囲から浮いている建物だし、異世界にパチンコ屋が建っていれば日本人が関係しているのではないかと疑うのは何もおかしくない。

 ただし、昨日の今日でここまでたどり着いたのはちょっと不自然な気がする。

 そろそろ王都エルシアードにやってくる頃だとは聞いていたが、すぐさま堕落ダンジョンを見つけられてしまうなんて。

 もしかしてヨグくんがイシュテオールを使ってそれとなく誘導したのか。

 このふたりを俺に押し付ける気満々だったみたいだし、ヨグくんならやりかねないが……。


「まったく、どこの田舎からやって来たんだよ? まだ開店前だってことくらいわからないのかい」

「え? な、なにこれ。か、可愛い! 何なの、この愛くるしい生き物は?」

「あ?」 

椎名しいな。初対面の相手に失礼だってば」

「そんなこと言ったって見てよ、この子。付け髭まで付けてるのよ。僕? それともお嬢ちゃんかな?」

「君、僕のことを馬鹿にしてるのかい?」

「ち、違うんです。椎名は小さな子供とかが本当に大好きで」

「ぐぬぬ……。僕が一番、気にしていることを。これでも僕は立派なレディなんだけど? 君たち、失礼にもほどがあるよ」


 ピートンとそんなやり取りをしているのは女子高生の格好をしたふたりの少女だった。

 ふたりとも目を見張るような美少女で、ヨグくんが言っていたとおり俺の好みで間違いない。

 それにしてもこいつらが勇者だっていうのか?

 警戒心が足りていないというか、平和ボケにもほどがあるというか……。

 ここが異世界で、しかもダンジョンの中に自分が足を踏み入れているってことをまるでわかっていないようにしか見えない。

 チュートリアル期間でも、ダンジョンの魔物に対してはけっして無敵ではないという説明を事前に受けているはずだが。

 まさかそこだけイシュテオールが説明を端折ったってことはないよな?

 まあ、実際にピートンが手を出すことはないし、堕落ダンジョンにおいては客への暴力行為は基本的にご法度。30年間ずっとそれでやってきたからこそ、ある程度信用もされているわけだが。


「ご、ごめんなさい。そうだったんですか。けっして悪気はないんです。私たち何も知らなくて」

「そ、そうよ。私たちはただ、ここのオーナーさんに会いに来ただけ。ねえ、レディさん。オーナーさんを呼んできてくれない? 日本の東京から来たっていえば、きっとわかってくれるはずだから」

「は? 何をわけがわからないことを。さあ、帰った帰った。いい加減にしないと官憲を呼ぶからね」

「ちょ、ちょっと待ってよ。本当だってば。オーナーさんに話を通してくれるだけでいいんだからさ」

「私たち、いきなり見ず知らずの世界に連れて来られて困っているんです。ダンジョンマスターとして召喚された日本人のことを神様から伺ったので……」

「何が神様だよ。おかしな格好をしているけど、うちは宗教の勧誘をお断りしているんだからね」


 ふたりの尻に手を当て、無理やり外へ押し出そうとするピートン。

 俺はそんなピートンにインカムを使って指示を与える。

 そもそもパチンコ屋を見られた時点で日本人の仕業だとバレているだろうし、イシュテオールがどれだけ俺のことを喋っているのかも多少気になるところだ。

 というか、ヨグくんがこのふたりを俺に押し付ける気になった以上、ふたりの面倒を見るしかない。

 面倒といえば面倒だが、最低限この世界で行きていけるようにレクチャーぐらいはしてやったほうがいいだろう。

 それだけすれば充分に義理を果たしたことになるはずだ。


「はっ、はい。わかりました、モーリー様。ん……、君たち、良かったね。モーリー様が特別にお会いになってくださるってさ」

「ほら、やっぱり日本人なのよ。穂乃果」

「うん、良かった。優しい人だと良いんだけど……」


 ピートンとふたりの女子高生が店内に入ってくる。

 穂乃果というのがおっとりした黒髪で、椎名というのがギャルっぽい金髪。

 俺はふたりの着ている制服や見た目に、何故か平成や令和の匂いがしたというか、何となく懐かしさに似た感情を抱いていた。

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