第3話

 ◇


『いやあ、ゴメンゴメン。でも、ほらあるでしょ。休日に突然会社から呼び出されることって。それもサラリーマンの勤めだと思うんだよね』


 ワンカップ焼酎片手にやさぐれた宇宙人がPCのモニター越しに映っていた。

 サイズ的には幼児のようにも見えるが、実際に会ったことはないのでそこは何とも言えない。

 それに見た目は普通の人間と変わらないように思える。

 そんなヨグくんが悪びれない口調で俺にそう宣告してくる。

 ヨグくんの会社の従業員になった覚えなんかないんだが、俺ってもしかしてそういう扱いだったのか?


「残りの半年のバカンスはどうなるんだよ? まさかこれで無しってことにはならないよな?」

『もちろん、そこはきっちり与えるんで安心してよ。問題が片付いてからになるけどね』

「はあ……。貸しひとつだからな。それで問題ってのは何なんだ?」


 あのあとPCで調べたのだが、俺が居ない間の各ダンジョンの上納LPはきちんと支払われている様子。

 これが滞っていたのなら俺のほうの落ち度ということになるので、突然ヨグくんに呼び戻されたことにも文句を言えなかったのだが……。


『それなんだけどさ。どうやらイシュテオールが勇者を召喚したみたいなんだよね』

「勇者召喚? それってファンタジー小説お決まりのあれか?」

『うん、だいたいそんな感じだね。というか、どうも邪神ザルサスの封印が破られようとしているみたいなんだ』

「ザルサスが? そのことをこの世界の人間は?」

『イシュティール教国の上層部は神託によりすでに知っているみたいだね』


 呆れ返ってものが言えないとはこのことだ。

 まるで自分は無関係みたいな言い方をしているが、イシュテオールもザルサスも実はヨグくんが創造した神。

 といっても、ヨグくんからはっきりとそう告げられたわけじゃない。

 一部のダンジョンマスターが入手可能な情報の大元を辿っていけば、当然そういうことになるってだけ。

 つまりは完全な出来レースで、俺を呼び戻したのだってヨグくんが面白いことをしたかっただけだろう。

 だいたい、邪神ザルサスが封印されていたなんていう設定をどこから持ってきたのか……。


「ヨグくんさあ……。そんなんで俺が連れ戻された理由に納得すると思ってんの?」

『納得するも何もこの世界の危機なんだ。毛利くんだって、この世界に生きる人間のひとりとして、この問題に携わるべきでしょ?』


 毛利健一。

 それが俺の本名だ。

 こっちの世界ではモーリーと名乗っているが。


「はいはい。それならこの俺がザルサスをぶっ飛ばしてくりゃあいいんだろ?」

『ダメダメ。そんなことをしたら全部台無しじゃないか。今回毛利くんが直接戦うのは禁止ね。毛利くん、君ってバランスブレイカーだっていう自覚ある?』

「そうしたのはヨグくんなんだが」

『そもそも毛利くんはダンジョンマスターなんだよ? 邪神の味方でもないけど、イシュテオールの手助けをする理由はもっとないはずでしょ?』

「そりゃあそうだが。だったら何でわざわざこの俺を呼び戻したんだよ」

 

 思わずちょっとだけ声を荒げたが、そこまで怒っているわけじゃない。

 バカンスの邪魔をされたのは確かだが、80年という長い月日が流れた日本が正直期待外れだったというか、別にこれなら戻らなくても良かったな、なんて感覚も心のどこかにあったからだ。


『そこなんだよね。実は今回召喚された勇者っていうのが全員君の同郷、つまり日本人たちだったんだ。こんな偶然って本当にあるもんなんだね。僕、びっくりしちゃったよ』

「はあ?」

『ん? 今の説明で何かわからないところがあった?』

「そうじゃねえ。今勇者は全員日本人って言ったよな? どこがどうなればそうなるんだよ?」

『そんなこと僕に聞かれてもね。あっ、あれかな。毛利くんのダンジョンマスター適正が高かったからじゃない? そのせいで毛利くんと同じ日本人ならザルサスを倒してくれそうだってイシュテオールも期待したのかもよ?』


 イシュテオールとの関係性を否定したいのか、否定する気がないのかよくわからなくなってきた。

 日本人を召喚したのが完全にヨグくんの仕業だとバラしているようなもんだが。

 

「はあ……。もう良い。日本人たちって言ったよな? 何人の日本人を召喚したんだ?」

『16才から18才までの男性と女性がともに5人ずつだってさ。女性のほうは全員毛利くんの好みに合わせたから、好きにしてくれていいよ』

「今、俺の好みに合わせたって言ったか?」

『さあ? 毛利くんの聞き間違いじゃないかな。毛利くんのタイプみたいだって言ったと思うけど? それと男性のほうはどうやら毛利くんとはソリが合わない性格をしているみたいだよ?』

「何で全員が俺基準なんだよ。というか、いかなる理由があってイシュテオールが俺のタイプや気が合わないやつだけを選ぶんだよって話になるだろ」

『やっぱりこういうのはざまあが定番だからね。男性のほうはやられ役ってことじゃない? あっ、そうそう。毛利くんがアドミラール伯爵のひとり息子にしたように女体化薬を使って、奴隷に落とすってのもなかなかオツだよね』


 もはや自分が仕組んだことだと隠す気もないのか。

 堂々と俺にざまあを勧めてくるヨグくん。

 アドミラール伯爵ってのはあれだ。

 対ダンジョン過激派ってやつで、このままずっとダンジョンに頼り切るのは危険だとかいって、俺の邪魔をしてきたエルセリアの貴族。

 その腹いせに伯爵の息子をこっそり女の子にしてやったというわけ。

 まあ、伯爵の息子は世間体の悪さから幽閉されているだけで、奴隷落ちしたわけじゃない。奴隷落ちのほうはヨグくんの願望だろうが。


「まるで俺に勇者の邪魔をしろって言っているように聞こえるんだが?」

『そんなことないよ。だいたい、毛利くんって自分の思うがままにしか行動しないじゃん。直接手を出すのは禁止だけど、友情パワーで勇者たちを手伝ってもいいし、面白ければ何でもオッケーさ』


 やはり暇つぶしのゲームを思い付いただけか。

 というか、ヨグくんの期待に応えるような行動を俺はずっとしてきたつもりなんだが。

 そのおかげでこれでも一応はヨグくんのお気に入りの位置に落ち着いている。

 今だって馴れ馴れしく話してはいるが、ほかのダンジョンマスターがこんな態度を取れば消滅させられる危険性だってある。

 ぶっちゃけ指1本動かさないでそんなことが可能な存在なんだが、俺とはどうやら気軽に話し合える友人みたいな会話がご所望らしい。

 それで敢えて生意気な態度を取っている部分もあるのだが。


「俺の好きにしていいってわけだな。それなら関わらないという選択を取っても文句を言うなよ」

『良いけど、そしたら怯懦ダンジョンを潰すようにイシュテオールが神託を下しちゃうかも知れないよ?』

「勇者ってのはあのダンジョンを攻略できるような存在だっていうのか? この世界の誰にも無理だってヨグくんも太鼓判を押していたはずだが?」

『うっ。そりゃあ無理だけどさ。というか、あれはいくら何でもやり過ぎでしょ。世界でも征服する気かい?』

「魔物を外界に出せないんだから無理だろ。俺が居ない間に万が一のことがあっても困るんでな」

『そこら辺はこちらでちゃんとフォローするって言ったじゃん。福利厚生はしっかりしてるんだからね。まあ、なんだかんだいって毛利くんは面白いことをしてくれるから好きだけど』

「はあ……。それで、勇者たちにはどの程度の権能を与えたんだ?」

『最初はこの世界の人間と変わらないけど、最終的には何とか上級ダンジョンをひとりでも攻略できるレベルかな。難関ダンジョンはひとりきりでは無理だね。毛利くんの怯懦ダンジョンなんか以ての外だし』

「そんなんで大丈夫か? 半分が女性なんだろ? すぐに殺されるか奴隷落ちする未来しか思い浮かばないんだが」

『そこはイシュテオールの加護を与えるんで大丈夫。3ヶ月間はこの世界の人間から一切の危害を加えられない仕様なんだよね。もちろんダンジョン産の生物は除いてだけど。あとは会話に困らないように言語知識も与えているね。ようはチュートリアル期間ってやつさ』

「ふーん。つまりダンジョンマスターであるこの俺は手出しできるってわけか」

『そういうこと。で、どうする? 女性勇者を触手責めにしちゃう?』

「しねーよ。さっきから何なの? その、俺に女をあてがっちゃうよ的なムーブは?」

『毛利くんがバカンスがほしいなんて言い出すからだよ。物質的なものはすべて与えているはずなのに里心が付いたってことは、地球人との交流に飢えていたからなんじゃないの?』

「まさかそれが理由で勇者召喚をしたってわけじゃないだろうな?」

『さすがにそこまではね。というか、やったのはイシュテオールだし。そうそう。王都エルシオンの近くにも2人ほど女の子が転移してきているんで、そろそろ王都にやってくる頃だと思うよ。絶対に気にいると思うからぜひ会ってあげて。うーん、毛利くんに教えられるのはそんなところかな』

「いやいや。肝心のザルサスの話がまだだろ?」

『あー、そうだった。ザルサスは奈落ダンジョンの最下層に放り込んでおいたからね。3年間の目覚まし時計をセットしておいたんで、アラームが鳴ったら動き出す仕組みさ。この世界を滅亡させるためにね。ふっ、ふっ、ふっ』

「ヴェオルザークのところか。さすがに俺のところに手を出してきたら消滅させるからな」

『だ、だいじょうb……。毛利くんの支配地周辺にはけっして近付かないようにするから。うーん、だけどそれだと人類滅亡コースにはならないか……』

「それで勇者たちがザルサスを討伐できる見込みは?」

『覚醒前なら40%ってところじゃないかな? もちろん勇者たちが協力すればの話だけど。おっと、もうこれ以上ヒントを出さないんだからね。それじゃあ、毛利くんもせいぜい楽しんでよ。またね~』


 ヨグくんがそれだけ言ったあと、プツリとモニター映像が消える。

 こうなったら再度呼び出しても無駄だろう。

 ヨグくんのことだから居留守を使われるだけだ。

 俺は真っ暗になったモニター画面とにらめっこしながら、盛大なため息をひとつ落としていた。

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