第6話
◇
「ホーリーチェイン!」
詠唱とともに穂乃果の手から伸びた聖なる鎖が、一瞬で矮小なゴブリンの身体を絡め取る。
「ファイアーボール!」
そして動けなくなったゴブリンに対して、椎名の放った火球が一直線に向かっていった。
一瞬で消し炭に……とまではいかなかったが、ファイアーボールは人型の魔物に対して総じて有効な魔法だ。
そのうえ聖なる鎖でがんじがらめにされているため、ゴブリンは自分の身体が燃え盛っているというのにどうすることもできないでいた。
それほど時間をかけず、そのままゲームのように消滅するゴブリン。
あとに残ったのは小さなクズ魔石と、ドロップ品であるオーツ麦(袋入り1リットル)だけだった。
「ふふんっ。まあ、こんなもんでしょうね」
そう言っていかにも自慢げに胸を張る椎名。
だが、そんな椎名の制服にはいくつもの焦げ跡があり、スカートの裾が1センチぐらい短くなっている様子があった。
「モーリーさん、今のはどうでしたか? 私的にはなかなか上手くできたように思うのですが?」
褒めてもらいたい子犬のように俺のすぐそばまで近寄ってきて、上目遣いに見上げてくる穂乃果。
穂乃果の制服には焦げ跡も破れた跡もなかったが、中身の肉体のほうにはしっかりと生々しい戦闘跡が残っているはず。
ある意味、それほど激戦だったというか……。
俗悪ダンジョン。
それがこの初級ダンジョンの名前だ。
ここは比較的新しく出現したダンジョンで、中に居る魔物も下位のものばかり。
王都エルシアードから徒歩で2時間ほどの距離と近い場所にあり、ここなら危険も少ないはずだと判断し、椎名と穂乃果のふたりを連れてやってきたというわけだった。
「そ、そうだな。これまでに比べればなかなか連携が取れていたとは思うが……」
「うふふ。モーリーさんの教え方が上手いからです」
むちっむちっとしたふたつの膨らみを両肘で挟み、前手を重ね合わせながら真っ赤になってそんなことを口にする穂乃果。
こいつはわかりやすいというか、おそらく感情が顔に出るタイプなのだろう。
何なら頭を撫でてくれてもいいんですよとばかりに近付いてきた穂乃果に俺はどうしたもんかと困り切っていた。
そんなふたりを小馬鹿にするように言葉を挟んでくるもうひとり、いやもう1匹の姿……。
「ふっ。まるっきり雑魚ね。ゴブリン1匹を倒すのにこんなにも手間取るなんて」
「な、何よ。しょうがないじゃない。私たち、これまで一度も戦闘したことがなかったんだから」
「言い訳は見苦しいわよ。冒険者になりたての子供だって、もう少し上手くやるんだからね。ざーこ、ざーこ」
「ねえ、モーリーさん。ナビゲートピクシーってこういうやつなの?」
「我慢しろ。一応、道案内だけはちゃんとしてくれているんだ」
「それはそうだけど……」
「雑魚はすぐにLPになっちゃうからダンジョンにとってはお得よね。といっても安心して。女の場合はしばらく生き延びられると思うからね」
「五月蝿いわよ。ナビは少し黙ってなさい」
椎名の周りを羽根虫のようにブンブンと飛び回って挑発しているのは、俗悪ダンジョンのナビゲートピクシーであるラビだ。
ごく稀に相性が良い冒険者の前に現れ、ダンジョン探索の手伝いをしてくれる妖精だと椎名や穂乃果には説明してある。
といっても、実際のところはナビゲートピクシーでも何でもなく、俗悪ダンジョンを任せている俺の眷属。このダンジョンの実質的な管理者ってわけだ。
早い話、椎名と穂乃果を戦闘に慣れさせるため、俺は自分が所持している初級ダンジョンにふたりを連れてきていた。
「ナビじゃなくてラビよ。それにしても、ここまで才能のないやつらは初めて見たわ。この分ではすぐに苗床行きでしょうよ。ゴブリンどもにぐっちょんぐっちょんのずっこんばっこんにされるのがオチね」
呆れ顔でラビがそう言うのも無理のない話だった。
これまで20回近くゴブリンと戦闘を重ねて、今回ようやくそのうちの1匹を倒せただけなのだから。
何と言っても、このふたりは魔法のセンスが皆無。
穂乃果のほうは魔法に方向性を与えるのが不得意というか、元々エイム力がないのだろう。
自分自身の身体に5回も聖なる鎖を巻き付けて、エロい感じになっていたし、椎名の身体にも3回ほど巻き付けて自由を奪っている。それ以外は発動に失敗したり、ダンジョンの壁や地面に無意味に当てただけ。
一方、椎名は椎名で魔力の安定化が苦手ときている。
魔力を練り上げている段階で暴発させ、自爆すること8回。のこりは全部不発に終わっていた。
一応ふたりには古代魔導士のローブという超上級装備を与えているのだが、自爆まで防げるわけじゃない。
勇者には再生能力があるらしく多少の火傷ぐらいならすぐに治るので今のところ事なきを得ているのだが、制服のほうはボロボロの状態だった。
結局は俺が戦闘に割って入るはめになり、ゴブリンを始末している感じ。
この世界の人間にはスキルという神から与えられた特別な能力がある。
が、召喚された勇者にはスキルの変わりにギフトというものが与えられているみたいだ。
穂乃果のギフトが聖女で、椎名のギフトは魔道士。
スキルが生まれたときから定められている能力であるのに対し、ギフトのほうは複数のスキルを覚えられ、しかもそれが成長していくらしい。
この世界の住民はひとつしかスキルを持てないが、勇者は複数のスキルを覚えられるってことだ。
「な、苗床……。私、怖いです。モーリーさん」
そう言って俺の身体に抱き着いてくる穂乃果。
大人しそうに見えるわりに意外としたたかな女なのかと疑ったが、実際に穂乃果が震えているのも確かだ。
いずれにせよ穂乃果が俺に対して好意を抱いているのは間違いない。
椎名のほうだって生意気な口を叩いているが、そこは性格的な問題だろう。
強制進化のせいでイケメンになっているので一目惚れされてもおかしくないが、おそらくふたりともヨグくんから何らかの精神干渉を受けているはず。
俺のときにもそうだったが、生き物を殺すことへの忌避感がまったく見られなかったからだ。
「ねえねえ。それでこれっていったい、いくらぐらいになるのかしら?」
「オーツ麦か。それなら銅貨2,3枚ってところだな。それとクズ魔石のほうは銅貨1枚になる」
「安めの宿屋に1泊するのにもひとり銀貨1枚はかかるんでしょ? たしか銅貨20枚で銀貨が1枚よね……、ふたり分だと銅貨40枚だからこれを10回ぐらい? えー、ちょっと安くない?」
ものの2,3時間で20回ゴブリンに接敵しているといっても、ダンジョン内の様子がわかる俺やラビが一緒に居るからだ。
普通の冒険者なら丸一日かけても20回接敵できるかどうか微妙だろう。
まあ、そのダンジョンの状況と運にもよるが。
「初級ダンジョンのドロップ品なんてだいたいそんなもんだ。お前はちょっと甘く考えすぎだぞ」
「そっかあ。それにしてもまるでゲームね。なんで魔物を倒したら袋入りの食料が出てくるのよ」
「ん、椎名の世界ではそうじゃないのか?」
「当たり前でしょ。こんなのおかしいってモーリーさんはちっとも思わないの?」
「いや、それが当たり前だからな。もしかして椎名や穂乃果の世界では対ダンジョン過激派のように種を蒔いて一から農作物を育てているのか? だとしたら食料を得るのにも一苦労しそうだが」
そんなことヨグくんに言えよと文句を言いたくなってくる。
実は俺だってガバガバな設定だと思っているんだから。
まあ、ダンジョンに潜らせる必要性を作るために、ヨグくんが敢えてそうしていることも理解しているつもりだ。
そもそも地球人の価値観からすればどれほど馬鹿げたことであっても、この世界では自然の摂理。そこにケチを付けても始まらないはずだ。
「そりゃあ魔物を倒すことさえできれば、このほうが簡単に手に入れられるのかも知れないけどさ」
「それよりも今の戦闘でどれぐらいの経験値が溜まったんだ?」
「うーん、ちょっと待ってね。えーっと、多分これね。レベル1(3/100)って出てるけど」
「は?」
「わ、私も同じです」
まさか今のをあと33回も繰り返せってか?
勇者のチートは?
確かにギフトや再生能力は強力だが、戦闘経験のない日本人に与える恩恵としてはそれだけではいささか物足りない気がする。
そもそもこの世界の冒険者はレベルが上がれば上がるほど、同じ魔物から得られる経験値量は下がってくるのが常識。
レベル1でこれだけしか経験値が入らないとなると、もはや絶望的な感じに思えるが……。
「しょぼっ。一般人と全然変わらないじゃない。あんたたちって本当に勇者なの? さっさと尻尾を巻いて逃げ出したほうが無難だと思うけど?」
「ま、まだわからないじゃないの。レベルアップしたら一気に能力値が上がるのかも知れないでしょ」
「プー、クスクス。そうなると良いわねえ。でも、初級ダンジョンを攻略できるのってだいたいレベル10前後だってことを理解してる? 勇者様って1レベル上がるだけで、初級ダンジョンを攻略できるぐらいにまで能力値が上がるんだあ」
「ぐぎぎ……。この子、本当にむかつくわね」
「そう言うな。ラビのおかげで比較的楽に魔物を発見できているのは事実だぞ」
「そりゃあそうかも知れないけどさ……」
「まあいい。だいたいお前らの実力はわかった。今日はこれぐらいにして町に戻るか。この分だと先が思いやられるがな」
「すみません……」
さすがにそろそろ魔法を放つのがキツくなってくるはずだ。
初日はこれぐらいで充分だろう。
とはいえ、こうなってくると多少剣の扱いのほうも教えたほうがいいのか?
だが、これまでの動きを見るとまともに剣を扱えるとは思えない。
フレンドリーファイアーで下手に怪我をされても困るし。
本当にこれで上級ダンジョンをひとりで攻略できるレベルになるのかはなはだ疑問だ。
いまだギャーギャー言ってやりあっている椎名とラビを無視し、俺は穂乃果と一緒に今来た道を戻っていた。
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