4.調達 暗視ゴーグル編
【カラト=フェイケン】
モールというユンデレフトのスパイの襲撃から逃れるため。俺とセナ、そしてワウは家を放棄して、町へと繰り出していた。
「それにしても、セナはついてきてよかったのか?」
俺はつい、セナにそう聞いてしまう。セナはからりと笑って言った。
「なに言ってんすか。一応私、騎士っすよ。国を守るのが私の仕事っすから。それにワウちゃんも狙われるっすからね。ついでにカラトさんも守ってやるっすよ。それに、生理的にギリのギリのカラトさんが死んだら、私、しゃべれる男の人居なくなるっすからね」
セナが急に殊勝なことを言い出す。
「お前……死ぬのか?」
「死なないっす!」
「すまん、冗談だ」
俺は素直に謝った。セナは一つ咳払いをして、説明を始める。
「とにかく、まず変装をしましょう。メガネ、帽子……そこの辺が定石っすかね」
「わかった。お前に任せよう」
俺は頷いて、襟につけたミニマイクにしゃべりかけた。
『ワウ。店に入る。俺たちの尾行をつづけてくれ』
『りょうかい。今、ごしゅじんをおいかけてる、ふしんしゃはいません』
ワウの声が襟から聞こえた。
騎士団が最近開発した、無線機、というものらしいが、セナはワウと俺に貸してくれたのだ。コミュニケーションが図れるのは距離三十メートルほど。ワウは、俺とセナを尾行し、不審者が周囲にいないかを警戒してくれている。
『ありがとうワウ』
俺はミニマイクに向かって、ワウに礼を言った。
「変装か……マフラーとかもいいかもな」
俺が何気なくそういうと、セナに笑われた。
「なに言ってるんすか、カラトさん」
セナが肩をすくめていう。
「今夏っすよ、そんなのまいてたら、目立つだけっすよ」
「それもそうだね、ははは」
【モール、ヴューレット】
「……盲点だった、今夏だったな」
「ええ、私もうすうすおかしいなとは思ってました」
指定された露天商にいた協力者から、マフラーを得たモールとヴューレットは、汗をかきながらマフラーを外した。
「まぁ、持っているだけでも多少の効果はある。まだ接敵していないし、とりあえず持っておくだけ持っておこう」
「了解です。こっからですよこっから!」
モールはヴューレットの言葉にしっかりと頷いた。
「よし、では、次は暗視ゴーグル。アゼリア三番通りの『ドラゴンフライ』という店に、協力者がいる。出発だ」
「はい! 案内いたします」
ヴューレットがモールに案内を始めた。
【カラト=フェイケン】
「どうやら、ここ眼鏡屋さんみたいっすね、調達しましょう」
俺たちの家から少し離れた、ある町の商店街に差し掛かった時、セナが店の一つを指して言った。
『ドラゴンフライ』という名前のその店は、どうやら眼鏡をはじめとしたアクセサリーを売っているようだった。
「眼鏡か、簡単な変装にはなるだろうな」
俺は頷く。
店に入ると、いらっしゃいませー、と若い店員さんが声をかけてくれた。俺たちは軽く会釈をして中に入っていく。
入ってみてわかったが、なかなかおしゃれなものを売っている。メガネはサングラスから、パーティー用か、色付き眼鏡まで売っていたし、貝のブローチや、琥珀のパイプなんかも売っている。
「これ、似合うかも! 買ってあげたーい!!」
セナが商品を見ながら嬌声を上げる。……護衛、してくれているんだよな? どうやらワウに合いそうなペンダントを見つけたようだった。
「お客様、こちらは願い石のペンダントでございます」
店員がセナに近づいて、にっこりと笑みを浮かべる。
「石に向かって願いを三回唱えると、願いが叶うと言われています」
「なるほど……よぉし……」
セナはそう言うと、石に向かって煩悩をささやき始めた。
「幼女のおでこスベスベ……」
「こら!」
【モール、ヴューレット】
モールとヴューレットは、アゼリア三番通りに入った。
「……店に暗視ゴーグルが置いてあるんですか」
「ああ」
ヴューレットの疑問に、モールは答えた。
「商品に偽装する形で配置されているらしい」
「なるほど……どうやって見分けをつけるんですか?」
「ターマイツの作品だ。真剣に探せば素人目でも独特な存在感が出る。お前もなんとなくわかるだろう?」
「なるほど……確かに彼の作品は、ほかにはない美しさのようなものがあります」
ヴューレットは頷くと、ターマイツに心配そうに聞いた。
「でも、ほかの客に勝手に買われたりはしませんか?」
「大丈夫だ。店員との間で合言葉が決めてある。その合言葉を言った客にしか渡さないようにしているんだ。
合言葉を教える。『洋上の尾根越す眼統べ、集中』だ」
「『洋上の尾根』……どこかで聞いたような気が……」
「ユンデレフト建国紀の一節だ」
「なるほど。私も覚えます」
ヴューレットはそう言うと、心の中で合言葉を繰り返して、覚えた。
洋上の尾根越す眼統べ集中、ヨウジョーオネコスメスベシュウチュウ、ヨウジョーオネコスメスベシュウチュウ。
【カラト=フェイケン】
「……ヨウジョノオデコスベスベチュッチュ、ヨウジョノオデコスベスベチュッチュ、幼女のおでこスベスベちゅっちゅ!!」
セナは願石に向かって、三度、己の煩悩をささやいた。近くにいた店員が、ハッとして、セナの肩をトントンと叩く。セナはぎょっとした顔になって、
「ハッ! あ、いえ、今のはその、なんと言いますか」
と弁解を始めた。
意外なことに、店員はにこりと笑うと、
「いえ、あなた方にお勧めしたい商品がありまして」
と言って、棚に飾られていた商品を、小さな台座に載せたまま、俺たちに見せた。
「へぇ……」
台座の上の商品を見たセナは思わずそうこぼした。店員の持つ台座の上には、同じ種類の眼鏡が二つ、りりしく置かれていた。どう見ても普通のこじゃれたサングラスなのに、不思議と魅力的だ。
「なんだか、良い、サングラスですね」
俺は微妙な言葉で、それを褒めたたえる。サングラスなら変装にも適しているだろうし、普通に一つ欲しいとつい思ってしまうくらいの魅力だ。
「これにしましょう。いくらですか?」
セナが聞くと、店員は意外そうな顔をした後、「二つで三〇サパです」と、意外とお手ごろな値段。
「買うっす!」
俺とセナはそれぞれ金を出して、そのサングラスと、ついでに俺は赤のガラス細工のペンダントを、ワウのために買うことにした。
「毎度ありです! お気をつけて!」
店員の元気な声に見送られ、俺とセナは『ドラゴンフライ』を後にした。
店の近くにあった裏路地に入り、早速セナがグラサンをつけると、
「あれ、やけに明るいなぁ」
と不思議そうな顔をする。半信半疑で俺もつけてみると、付けていたほうが明るく感じる。と、眼鏡の蔓の部分に、俺はスライド式のスイッチのようなものを見つけた。もしやと思ってスライドすると、グラス越しのあたりの景色は、すうっと落ち着いた色調になり、太陽の強い光は穏やかになった。
「セナ、ここのスイッチで調節できるみたいだ。すごいぞ! あたりを明るくしたり、暗くしたりできるグラサンだ。たいまついらずだぞ」
「ほんとだ!」
セナは感心したように言った。
「いい買い物したっすね。でも、どうしてこんな機構が?」
「標準装備じゃないか? ほら、室内でもやけにグラサンつけたがる人いるじゃない」
「ああ、なるほど。あれ、イキっているわけじゃなかったんっすね」
【モール、ヴューレット】
その十数分後、『ドラゴンフライ』にモールとヴューレットが訪れた。
「ここです」
「よし、調達する」
モールはあたりに注意を払いながら、店に入り、商品棚を物色し始めた。ヴューレットも必死に己の感性を働かせて、ターマイツの新製品を探る。
十分後。
「すみません、モール」
ヴューレットは申し訳なさそうに言った。
「あの、存在感のある眼鏡がよくわからず……あれくらいしか……」
ヴューレットは申し訳なさげに、店の中央にでかでかと飾られている、ピンクと青の色付き眼鏡二つを指した。宴会用だろうか。
「ウン……」
モールも困惑したように言う。
「正直、あれの存在感が強すぎて、わからん。仕方がない」
モールは降参したように言った。
「店員に暗号を話しかけて、出してもらうように伝えよう」
「そうですね」
ヴューレットは近くにいた中年の店員に声をかけた。
「あの、すみません。とある商品を探しているのですが」
「ああ、ちょっとお待ちください」
中年の店員は作業をしながら忙しそうにして答えた。モールが敏感にトラブルを感じ取り、店員に声をかけた。
「すまない。もしかして、なにか困りごとか? 店員が一人いなくなったとか……」
「んあ? ああ、そうなんだよ」
中年の店員は愚痴を言い始めた。
「最近雇った若ぇのがふらっとどっかに行っちまってよ」
「そうか……」
モールは念の為、中年の店員に合言葉を言ってみた。
「まあ気を落とすな。『洋上の尾根越す眼統べ、集中』というだろう?」
「どっかで聞いたことがある格言だな。ありがたく受け取っておくよ」
中年の店員はそう言うと、作業をまた始めてしまった。
「……どういうことなんでしょう」
「ふむ。これは、」
モールは冷静に分析した。
「おそらく、協力者に何らかのトラブルがあったのだろう。仕方がない」
モールは一つ息をついて、目を見開いた。
「心の目で商品を見るんだ。存在感のある眼鏡を、しっかりと見極めよう」
「……モールさん、意外とあれが正解だったりしません?」
ヴューレットは真ん中に飾られている色眼鏡を指した。モールが顔を曇らせる。
「ええ……そんなことは……いや……」
何かをひらめいたようにモールがつぶやく。
「あえてピエロを演じるという狡猾な偽装……?」
「それです!」
ヴューレットがポンと手を打つ。
「よし。決めたぞ」
モールはピンクと青の色付き眼鏡を持って、カウンターへ行った。
「店員さん、これをくれ」
「はい、毎度……五〇サパです」
「(手数料、いや、危険手当ということか?)いや、それなら」
モールは一〇〇サパ札を三枚出して、店員に渡した。
「釣りは要らねぇ」
「え! は、ま、まいど……」
モールとヴューレットは、色付き眼鏡を懐にしまって、店を出た。
「いやぁ……世の中には変なものに価値を見出すお人もいるもんだ」
中年の店員はそうつぶやいて、二人を見送った。
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