3.逃亡
【カラト=フェイケン】
ヘヴィースミスの話を聞いて、セナが飛び出して言った後、俺とワウは居間に戻って、二人で紅茶を入れていた。
お湯が沸くのを待ちながら、ワウが俺に聞く。
「ごしゅじん、さっきのはなしで、これからどんなことが起きるんですか?」
「そうさなぁ……」
俺は顎に手を当てて考えながら、ワウに答えた。
「もしかしたら、ここに何人か護衛の人が来るかもしれないね」
「ごえい」
「俺たちを守ってくれる人」
「なるほど……だれから守るんですか?」
「さぁ……」
その時、ぱっと家の玄関の扉が開いて、セナがこちらに駆け込んできた。
「ただいまっす!」
セナは少し荒い息をして居間に入ると、椅子に腰かけた。
「おかえり、紅茶飲む?」
「水がいいっす。超高速で飛行魔術使って、少佐の執務室と家の往復してきたんで」
セナはワウにコップをもらい、一気に飲み干すと、俺の方を向いて、「相談があるっす」と言った。
「少佐のところに行って、報告をしてきました。ユンデレフトの連中が、カラトさんと根源魔術の関係について疑っていると」
「そうか」
俺は頷いて、お湯の入ったティーポットとコップを持って、椅子に座った。ワウも隣の椅子に座る。
「それで、その少佐さん……騎士団は、この件をどう考えているんだ?」
「少佐が洗いざらい話してくれたっす。どうも連中、つい先日、とあるスパイをこっちに送る動きがあったらしいんすよ。
本名不明、そいつが男であることと、暗号名がモールという名前で呼ばれていること、そして魔法への知識と造詣が深いことだけ情報がつかめているっす」
セナはそこで一つ息をついて言った。
「ただのスパイじゃなくて、魔法に強い奴をよこしてきたってことは、カラトさんを本格的に狙いに来ているとみて間違いないっす。
奴はカラトさんを捕まえるか、面倒だったら殺すかをしてくる可能性が高い。それが私たち騎士団の結論です」
俺はため息をついた。
「まいったな。根源、根源と俺に言われても仕方がないんだけど」
「そうは言っても、敵がそう思って食らいついてくるのなら、対処しなきゃいけないっす」
セナはそう言うと、話をまた始めた。
「で、少佐に相談したら、三日後に頭数揃えてこの家の護衛をしてくれるらしいっす。ただ、逆に言えば、今から三日間は、護衛をしようにも不十分な戦力しか揃えられないって話っす。
そして、多分敵さんは入国するなり、カラトさんがこの家を買ったことを調べ上げると思うっす……」
「すると、護衛が来るまでこの家は危険、ってことか」
「はい。なので、申し訳ないんっすけど……一旦、この家から離れて、どこかへ逃げましょう」
「構わないけど……」
俺は頷きながらセナに聞く。
「ヘヴィースミスはどうする?」
「大丈夫っすよ。騎士団の手空きの人員ひとりだけ借りれましたから、そいつをこの家に置くっす。それよりも、ワウちゃんはどうするつもりっすか」
セナの言葉を受けて、俺はワウを見て言った。
「ワウ。久しぶりに仕事を頼んでいいか?」
「はい!」
ワウは元気よく返事をした。
ちょうどその時、ドアをノックする音がした。騎士団から派遣された団員が到着したようだ。
【モール・ヴューレット】
ちょうどそのころ、ユンデレフト王国から、メテライト王国へ、男女の二人組が、夫婦という体で、国境検問を通っていた。
「それでは、仕事を始めようか、ヴューレット」
「ええ、抜かりはないわ。モール」
ユンデレフトから来た二人組のスパイは、メテライト王国内と入っていった。
さかのぼること一週間前、会議の命令により、メテライトへの潜入ミッションを得たモールは、同じ建物に極秘に作られた、地下施設を訪れていた。
地下施設に入り、初老の男に迎えられたモールは、かなり広く作られた地下施設を見て、呆れたような様子になった。
「……それにしても、どうして地下施設なんかを? ターマイツさん」
モールは薄闇の広がる地下施設を見回しながら、隣に立つ初老の男にそう聞く。
「ワシの希望でね。常闇の射撃場が必要だと、上の連中を説得させるのに三十年ほどかかった。が、今から君に見せるワシの新製品を見れば、君もこの施設のすごさが分かるだろう」
初老の男、ターマイツはそう言って、奥から机を引きずって来た。机の上には、モールが初めて見る機械のようなものが数点置いてあった。
「……こいつらが、あんたの新製品かい?」
「ああ、そうだ。とにかくまずこれをかけてみろ。メガネのようにな」
ターマイツはそう言って机の上の装置の一つを指した。
「これは……なんです? トンボの仮装用のアイマスク?」
「試作品だからでかいだけだ、たわけ。とにかくかけなさい」
肩をすくめながら、装置を装着するモール。が、付けた途端に、モールは感嘆のため息を漏らした。
「おお……これは素晴らしい。まるで昼間のように明るいじゃないか」
「そう。暗視ゴーグルと名付けた、わしの発明品だ。これを使えば薄闇の中でも自由な行動が可能だ。流石に夜に活動するのは難だが、たいまつを使うよりはずっと良い。なに、安心しろ。通常の眼鏡と区別がつかない試作二号機もすでに完成している」
「なるほどこれで地下設備……素晴らしい発明品だ……他のは?」
モールは暗視ゴーグルを机の上に置いて聞く。ターマイツは机の上に置いてある、大量の魔方陣と魔石が組み込まれたヘルメットのようなものを見せた。
「ごついかもしれんが、かぶってみてくれ」
いわれるままに、モールはそれを被る。ターマイツはおもむろにポケットから釘を出すと、それを遠くの方にめがけて、投げた。釘がかすかな音を立てて、地面に落ちると、モールは思わずうなった。
「釘の音が、いつもよりはっきりと聞こえる」
「集音装置を組み込んでいる。これで潜伏活動をするときに、辺りの様子を簡単に探れるというものだ。もちろん、これも試作第二号が作られておる。普通の被り物にしか見えないようにな」
「いいね」
モールはそう言って、ヘルメットを置くと、今度は机に置かれているマフラーのようなものを取り上げた。
「これは一体?」
「対精神干渉魔術用を施したマフラーだ」
ターマイツはモールに説明した。
「お前さん、かなり凄腕の魔法使いと戦うんだろ? 物理的な防御魔法は自分でやってほしいが、精神干渉系統はなかなか防ぎにくいからな。こいつは試作品。使ってもいいが、生地が悪い。より滑らかなさわり心地のを試作二号機として用意してある」
「助かる。敏感肌なんだ」
モールはマフラーを置いて、話を変えるように、ターマイツに尋ねた。
「ターマイツさん。確かにこれらの品が革新的なものなのはようくわかった。だがねぇ、俺がこれから戦いに行くのは、おそらく個人火力最強の魔法使い、カラト=フェイケンだ。うちの上司からは、奴に対抗できる武器をあなたからもらえと言われたのだが」
「口が軽いぞ、子モグラ。ちゃんと用意しておるわ」
ターマイツはそう言うと、机の下から最後の発明品を取り出して、モールに渡した。
「新式魔杖、『クラウド・アロー』。見た目はステッキだが連射性能がある発射装置だ」
「待ってた。こういうのだよ」
モールは杖を拾い上げると、持ち手の部分の毛皮を剥いだ。
ステッキの皮を破り捨てて、魔矢発射装置がモールの手に納まる。
「十秒間に十発の魔矢を叩き込める。魔矢には魔石と炸裂魔方陣が仕込まれていて、着弾後、直径三メートルに爆炎を広げる。これを二十発用意しておいた。使い込むなよ。一発で真珠一個分の値段が飛ぶからな?」
「それは上の命令かい? 現場の苦労を知らないから連中は……」
そう言うと、モールは施設の隅に向かってトリガーを引いた。
バシュ! という音と共に、矢が放たれる。三十メートルほど離れた地下施設の壁に、それは深々と突き刺さって、ポウ、と一瞬だけ光った。
「……炸裂するんじゃなかったのか?」
「予算の無駄遣いはワシの施設以外のところでやっておくれ。そいつはただの火矢だよ」
「へいへい」
モールは肩をすくめると、ターマイツに言った。
「ところで、あんたが言ってた、暗視ゴーグルと、集音帽子、それに対精神干渉マフラーは、いったいどこにあるんだ?」
「それについては、私から説明しよう」
モールとターマイツの背後から声がかけられた。声の主は、二人の直属の上司だった。モールは目を細めて軽口をたたく。
「将軍から潜入許可をもらってくるだけってのに、厄介な仕事も一緒に連れてきましたね? ボス」
「我々の仕事が」
上司の男がにたりと笑って言う。
「簡単だったことがあるかね。モール」
小粋なジョークにモールもニンマリとする。上司の男は、崩した顔を戻して、作戦を話し始めた。
「さすがにお前とこの装備とを一遍に、メテライトへ入国させるのは困難だ。目立つ可能性があるからな。
そこで、今回は、現地で装備を整えることにする。
これらの特殊装備は、あらかじめメテライト王国の協力者の元へ送っておく」
上司はそう言うと、一枚の紙を手渡した。
「それは、メテライトの協力者たちの住所だ。モール、お前は入国後、彼らの元を訪れて、これらの装備を集めて来い。わかったな」
「なるほど。いい考えですが、また癖のある任務だことで」
嘆くようなモールのセリフをからりと笑って、上司はさらに指示を出した。
「今回はお前に案内役を一人つけることにする。ヴューレットだ。たびたびメテライトでの諜報活動をしている彼女となら、任務も少しは大味になるだろうよ」
「それは助かる」
モールは頷くと、渡されたメモを、丸めて空に放り投げた。そして、制止する間もなく、持っていた発射機を構えて、火矢を撃つ。火矢に撃ち抜かれたメモは、煙になって、空気に消えた。
「うん。いい精度だ」
満足げなモールに、ターマイツは頭を抱え、上司の男は鼻で笑って見せた。
メテライト王国内での物資調達と、カラト=フェイケンの処理という任務を抱え、モールはヴューレットとともに入国を果たした。
案内役のヴューレットが、モールに話しかける。
「それで、これからどうしますか?」
「装備を整えようか」
モールはヴューレットに指示を出す。
「まずは、対精神干渉のマフラーを調達する。住所はコッド県メイス、アテント通りBだ」
「了解しました」
二人はメテライト王国を歩き始めた。
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