2.隣国、ユンデレフト王国にて

 【ギボー少将】

 カラトが住み、セナが勤めているメテライト王国の西には、ユンデレフト王国という国がある。

 メテライトも、ユンデレフトも、かつては血みどろの衝突を繰り返してはいたが、近年は貿易などが盛んになり、友好的な関係を築いている……ことになっている。

 平和は次の戦争への準備期間、という言葉の通り、両国は水面下で激しいやり取りをしていた。

 そんなユンデレフト王国の、将軍の一人、ギボー少将は、一か月前のある朝、秘書官から部下のレポートを受け取った。彼は年老いて額に刻まれたしわを、さらに深くしながら、そのレポートを読みふけっていた。


 次の日。ギボー少将は自分の執務室に、例のレポートを書いた男を呼び出していた。

 約束の時間きっかりに、呼び出された男は現れた。

「失礼します。ギボー将軍。諜報部二班のモールです」

「ああ、よろしく。とりあえず掛けたまえ」

 ギボー少将は、現れた男に椅子をすすめながら、内心少しだけ驚いていた。

 モールと名乗ったその男は、一目見た印象では、若々しさの残る男だった。だが、その目は湖のように落ち着いていて、年不相応な印象を受ける――ただの若造という訳ではなさそうだ。

 ギボーは昨日、この男が秘書官を通して渡したレポートを掲げながら、話を始めた。

「昨日、君からもらったレポートを見せてもらったよ。『カラト=フェイケンが根源に触れている可能性』と、書かれている」

 ギボーはじろりとモールを見ながら、少し圧をかけるようにして言った。

「モール君。私が欲しいのはおとぎ話ではなくて、事実だ。少なくとも君が私に報告するものはそうではなくてはならない」

「はい」

 モールは物怖じせずに頷いた。

「承知しております」

 ギボーは鼻で息をついて、レポートを机の上に置くと、椅子に深く腰掛けて、ぶっきらぼうに言った。

「では、説明してくれたまえ。『根源の魔方陣』などと言うおとぎ話の題材にしかならんようなものについて、君が私にレポートをよこしたわけを」

 威圧的なギボーの言葉に対して、モールは表情を変えずに頷き、説明を始めた。


 【モール】

「『根源の魔方陣』というのは、現在使用されている魔方陣とは違い、応用の効く、魔方陣であると考えられています」

 モールはそう言ってまず背景から語り始めた。

「現状、使われている魔方陣は、先人たちの努力の積み重ねによって生まれたものです。長い人類史の中で、ふと、偶然に生まれた陣について、実験と改良を重ねてできたものです。こうしていくつもの魔方陣が出来上がりました。

 しかしながら、これらの魔方陣にはつながりがありません。例に上げますと、水を沸騰させる際の魔方陣と、火を発生させる魔方陣が、同じ熱を発生させる魔方陣なのにもかかわらず、その記号に一切の共通点が見当たらないという事態が起きています。

 これはおかしい。我々は普段から魔法を使用する際に、複数の魔法を使して別の魔法に転換したり、性質を変えたりすることができるのにもかかわらず、魔方陣となると、それが一切できなくなってしまう。

 先人たちも同じように考えたのか、多くの国々で、一〇〇年ほど前まで、すべての元となる魔方陣、つまり、『根源の魔方陣』を目指して、研究が続けられてきました。

 もし、この研究が成功した場合、魔力のセンスがどうであれ、魔力の量がどうであれ、民衆も様々な魔法を扱えるようになり、国力の増大につながりましょう。

 ……ええと、ギボー将軍? ここまでよろしいでしょうか?」

「大丈夫だ。ちゃんと聞き流した」

 さらりと将軍はそう言うと、

「つまり、『根源の魔方陣』を開発すれば、いろいろ便利で、世界の覇権を握れるということだな。

 だが、確かその『根源の魔方陣』は、許されざる技術という話だった。そう、確か、研究中に不審な事故が続いたと」

「はい」

 表情を得ないようにして、モールは説明をつづける。

「おっしゃる通りです。『根源の魔方陣』の研究をしていた多くの研究所は開発に失敗。特に大きな研究所や、完成が近いとうわさされていたいくつかの研究所は、爆発事故を起こしました。

 結局、一〇〇年ほど前に研究は中止、我がユンデレフトを含めた多くの国々で研究が禁止されました」

 モールがそこまでしゃべると、ギボー将軍はため息をついた。

「説明ありがとう。よくわかった。

 だが、それで? 『根源の魔方陣』とやらは、虹のように触れられず、星のように手の届かない技術。おとぎ話のようなものだ。本来なら、こんな報告、とうにごみ箱に捨てている。

 カラト=フェイケンという名前がなければな」

 将軍は、眉間にしわを寄せて、忌々しげに語りだした。

「……メテライト王国に生まれた、若き天才魔法使い。子供のころすでに、旧式の測定装置を破壊するほどの魔力量を持ち、現状の測定装置でも、最高値を出すため実質計測不能。その後学園に進むも、早々にグランドに大穴を開け、学園側は彼に魔力の使用を禁じた」

 将軍はそこで一つ、ため息をつくと、モールの目を見て言った。

「まさにこいつこそ、おとぎ話の人物だ。話に聞いただけでは、容易に信じることはできない。奴はそう言う存在だ。

 ゆえに、見過ごせない。たとえ『根源の魔方陣』がおとぎ話のような存在であっても」

「雲をつかむような話でも、現実と共通する事項があれば、それは我々の調査対象となります」

 モールはギボー将軍の言葉を引き継ぐようにして、話の続きを始めた。

「我々のチームが彼のここ数年の足取りを調査したところ、四年前に、『フィールドワーク』という名目で我が国に旅行をしていたことが分かりました。

 彼がわが国で訪れていたのは、一〇〇年前に『根源の魔方陣』の研究がされていた研究所跡です」

 ギボー将軍の眉がピクリと動いた。

「たまたまじゃないか?」

「だといいですね」

 モールはそっけなく、将軍にそう返すと、首を振りながら言った。

「残念なことに、ありとあらゆるパイプを駆使して調べたところ、どうやら彼はその年、夏季休暇を利用して、複数の国を巡ったそうです。そして、それぞれの国の研究施設跡地をめぐっていたようであることが分かりました」

 執務室に、ちょっとした沈黙が訪れた。

 しばしの緊張の後、ギボー将軍は、ふう、と鼻から息を吐いて、一言、ぶっきらぼうに言った。

「よく調べた。モール」

 モールはきゅしゅくしたように一礼をして答えた。ギボーは、厳格な将軍そのものと言った顔になり、モールに命令を出した。

「事態は急を要する。

 後ほど君の直属の上司に指示を出す。君を、メテライト王国に潜入させるようにな。

 思う存分、カラト=フェイケンと、根源とやらの関係について調べてほしい。そして」

 ギボー将軍の目に冷たい光が走った。

「もしもの場合は、調査対象を排除しても構わない」

「了解しました」

 そう返事したモールの表情に、一切の揺らぎはなかった。

 ユンデレフト王国、第三兵団諜報部二班――つまりはユンデレフト王国のスパイであるモールは、少将に敬礼をすると、執務室から静かに退室した。

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