第四章 根源の魔方陣 1.背景
ワウとセナと、いっしょに暮らす約束をした、その一週間後のある日の朝。
新居への引っ越しを済ませた俺たちは、掃除したてのきれいな居間で、朝食をとっていた。
「いやぁ、引っ越しやらなにやらがこんなにトントン拍子に進むなんて、びっくりっすよ!」
セナがパンをほお張りながら言う。
「ああ、まぁもともとこの家に狙いをつけていたし、みんな荷物が少なかったからな。何よりも兄がポンと金を貸してくれたのは助かった」
俺はそう答えて、思わず目を細めてしまう。俺の隣では、ワウが見よう見まねでゆっくりと食事をつづけていた。まだ食べこぼしが多いが、そう遠くないうちに、淑女顔負けになるだろう。
「そうだ。今日のカラトさんとワウちゃんって、どういう予定なんすか?」
「何もない日、です!」
ワウが元気よく答えた。一緒に暮らすようになってから、セナがいろいろと勉強を教えて、言葉遣いも丁寧になってきている。
セナはその様子に顔をほころばせた後、俺たちに提案した。
「じゃあ、カラトさんに少し付き合ってほしいことがあるんっすよ。ヘヴィースミスに、いろいろと聞きたいことがありますから」
俺は思わず背筋を伸ばして、セナに聞く。
「そうだ。つい聞きそびれていたな。ヘヴィースミスはたしかに借金癖があって、現状、ミス=マイザーに多額の借金を抱えている状態だ。
だが、犯罪者ではない。お前ら王立騎士団は、ヘヴィースミスを罪人として尋問したいわけじゃないんだろう?」
「そうっす。逮捕じゃなくて、ただ単に事情聴取に来たんっすよ、私」
セナはそこで一旦息をつくと、ため息をついて、ぶっきらぼうに言った。
「王立騎士団が密かにマークしていたとある女がですね。この町に来て、ヘヴィースミスに接触したって情報をキャッチしたんっすよ。
実はその女、国家的なスパイ容疑がかかってましてね」
朝食の片づけが終わった後、俺たち三人は地下室へと向かった。
地下室の扉を開けると、ヘヴィースミスが鍛冶場の機械を整備しているところだった。
引越しをするにあたって、この町の駐在官や、ミス=マイザーの私兵から守るために、ヘヴィースミスを地下室に住まわせていた。
ヘヴィースミスをかくまうにあたって、俺は地下室を少し改造した。まず外に地下の空気を排気できるように、吸気口と、煙突を付けた。そしてミス=マイザーによって召し上げられた、ヘヴィースミスの鍛冶場道具を買い戻して、セナに頼み込んで、この家まで運んでもらった。
先日のセナの攻撃を食らって、半日後に目を覚ましたヘヴィースミスは、俺に「お前をミス=マイザーからかくまってやる。鍛冶場も取り戻してやる」と言われ、眉をひそめた。俺が本当に実行して見せると、とうとうあきれ返ったような顔になった。
その日から彼は、俺が雑に設置した鍛冶場用具を、自分にやりやすいように整備したり、鍛冶場の試運転をしたりしながら、この家で潜伏生活をしていた。。
その朝も、彼は鍛冶場の窯の調整をしていたようだ。俺たちがやって来たことに気付くと、顔を上げて、「おう、フェイケンか」と言う。
「今、時間いいか?」
と俺が聞くと、彼は頷いた。
「ああ、構わねぇけど」
そう言うと、ヘヴィースミスはレンガをいくつかまとめて持ってきて、こっちに放るようにして床に置いた。
俺とセナとワウは、彼の作業場に入って、そのレンガを拾って、簡単な台のように積み上げて座る。ヘヴィースミスも、そこらにあった作業台を引っ張ってきて、そこに座った。
まず口を開いたのは、セナだった。
「ヘヴィースミスさんっすね。私、メテライト王国、王立騎士団の団員の、セナって言います。あ、いや別に、あんたを捕まえに来たわけじゃないんっすよ。ちょっと聞きたいことがあってっすね」
「……よくわかんねぇけど、わかったよ。んで? その騎士団様が、俺に何の質問なんだ?」
「今から一か月くらい前のことっす」
セナが指を立てて質問を始めた。
「ヘヴィースミスさんのところに、見知らぬ女がやって来たことはなかったっすか?」
ヘヴィースミスは少しためらうような様子を見せた後、ため息をついた。
「ああ、あった。そうだ、俺はあの日からずっと手のひらの上で踊らされているような気がしてなんねぇんだ」
「詳しく」
セナが真剣な表情で言った。
「何もかも、すっきりするまで話してくださいっす」
ヘヴィースミスは目を細めて、一か月前に起きたことを語りだした。
「……俺は、昔はただの鍛冶屋として働いていたんだがな。独立後、うまくいかなくてな。少し危ない仕事も引き受けたが、それでも満足いかねぇ。だから、ミス=マイザーに金を借りて、利息だけ返しながら生活してた。
そしたら、一か月前に、ある女が来たんだ。『お前を救ってやる』って言ってな。そいつは俺に大金をくれた。それでミス=マイザーのところまで連れて行くと、法律の難しい話をした挙句に、借金をチャラにしてくれた。
世直しの慈善家……あいつはそう言ってた。そうやって俺を助けると、あいつは俺にこう言ったんだ。
『カラト=フェイケンの魔力量を調べろ。報告してくれればそれでいい』
ってな。
その後は、フェイケン、貴様の知る通りだ」
俺はため息をついて言った。
「なるほど? どうにかして俺の魔力量を、お前はこっそりと調べた。大方、お前の家の入り口付近に検知器でも置いたんだろう」
「ああ、そうさ。そしたら、貴様の魔力量はゼロにしかならなかった。それでお前を強請ったんだがなぁ……」
「なに言ってんっすか」
セナはため息をついて言った。
「カラトさんの魔力量は規格外っす。大方、旧式の魔力測定器でも使ったんでしょう? カラトさん、子供のころにすでにその装置ぶっ壊してますからね」
「……嘘だろう?」
「ああ、(嘘だ)。俺は魔力量が高すぎて、操ろうとすると体に支障をきたしてしまう上に、周りに甚大な被害を引き起こす。だから、簡単には発動できないんだ(という設定でやっている)」
俺がすらすらと噓をつくと、ヘヴィースミスはへらへらと笑い始めた。
「おいおい。本気で言ってんのかよ、こいつは……はは、もう、勝手にしろってんだ」
ヘヴィースミスはそう言うと、俺のことをぼんやりと眺めるようにして、しゃべりだした。
「なぁ。お前がどうして、俺に賭場を見せたのか、だんだんわかってきた気がするぜ。お前最初から、俺を破産させる気だっただろ」
俺は口を閉ざす。構わずに、ヘヴィースミスは語り続ける。
「なぁ……貴様の目的は最初からこれだったんじゃないのか? 手元に金属の加工ができる人間を置いておきたかったんじゃないのか?
ああ、そうだ。俺はもうこの町を歩けねぇ。膨大な借金を返させるために、ミス=マイザーが私兵や駐在官を使って、俺のことを探し続けてる……駐在官だぞ? あの女、どこまでも太いパイプをもってやがるんだ。仮にミス=マイザーにお前のことを話そうにも、ミス=マイザーはもう、俺の話なんか聞きやしねぇ。その犬ガキ(ワウ)も、口を割らねぇ。俺の居場所は、もうこの地下室にしかねぇ。
おまけに今になって、お前の魔力は測定器で測れないと来る」
ヘヴィースミスは、ぐったりとした様子で、俺のほうを見た。
「なぁ、貴様は一体、何者なんだ?」
俺は、何も答えない。ヘヴィースミスはため息をついて、
「いや、良い。もう貴様は俺の手に負えるような奴じゃねえ」
と言って、今度はセナのほうを向いて言った。
「なあ、セナさんよぉ。お前さん、俺の手の甲、見てみろよ」
そう言って、彼は右手の甲をセナに見せた。
「ええ」
セナが頷いて、俺のほうを見た。
「カラトさんが書いたんっすよね?」
「ああ、確かに、俺が書いた」
俺は頷く。ヘヴィースミスが気絶をしている間に、念の為書いておいたのだ。
「お前は頭がいいから、脱走なんて考えないだろうが、目がさめたときによくわからないまま暴れられたら困るから、そうしておいたんだ。いやなら消すが?」
「セナさんよぉ」
ヘヴィースミスは俺のことを無視して聞いた。
「この魔方陣、『普通の魔方陣』ってやつなのか?」
「いやぁ、初めて見るタイプっすねぇ」
セナが頭を掻いて言う。
「カラトさんはその筋を極めちゃった人っすから。私にはわかんない術とか使えるっすからね」
「……あの女が言ってたんだ」
ヘヴィースミスはぼそりと言った。
「『もし、カラト=フェイケンが、珍しい魔方陣を描いていたら教えてくれないか』ってな。後訳の分かんないことを言ってた。根源だとか、危険だとか、なんとか。」
根源、という言葉を聞いて、俺は思わずため息をついた。対照的に、セナはハッとした表情になる。
「ちょっと少佐に報告してくるっす」
セナはそう言って、地下室から飛び出していった。
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