7.関係
【カラト=フェイケン】
十数分後。俺とセナは宿で落ち合った。
部屋のベッドでは、ワウがすうすうと寝息を立てていた。体のいたるところに濡らしたタオルが置かれ、方々にできた傷には薬が塗られていた。セナが手当てをしてくれたのだろう。
自分の部屋に戻って、ワウが無事そうなのを確認した俺は、セナに感謝した。
「ありがとう。セナ。ワウを助けてもらって」
「当然のことっすよ。というか、ワウちゃんがピンチじゃなかったら、私カラトさんのこと助けませんでしたからね」
セナは、今もなお気絶をしているヘヴィースミスを柱に縛り付けながらそう答えた。ここでワウの手当てをした後、セナは先ほどの現場に戻って、さぞいやそうにしながら、ヘヴィースミスをこの部屋まで回収したのだ。
「あいっ変わらず変わらねえなぁ、お前さんは……と、言いたいところだが、仕事はちゃんとやってるみたいだな。ヘヴィースミスに用があるんだろう?」
俺がそう聞くと、セナはため息をついて頷いた。
「そうなんすよ。少佐から無茶苦茶な命令が出てっすね。なんでも、この町の駐在官たちにバレないようにヘヴィースミスを確保して尋問しろって言うんすよ。罪状なしでですよ!」
「なんでまた。お前さん天下の王立騎士団だろう? こんな小さな町の駐在官、顎で使ってヘヴィースミス確保すりゃいいじゃないか」
「ダメなんすよ。この町の駐在官、とある金貸し業者のミス=マイザーっていう女とつながってるんすよ。ミス=マイザーもこの男の行方を追ってるっていうじゃないですか」
「ああ、そうかなるほどねぇ」
俺は納得して頷いた。
「カラトさん、ちょっと質問いいですか?」
今度はセナが聞いてきた。
「ワウちゃんとカラトさんって、どういう関係なんですか? いえ、嫉妬とかではなくて」
「……雇い主と、雇われ人」
「そうすか?」
セナは容赦なく聞き返す。
「ワウちゃんは、ストリートチルドレンっすよね。確かに使い走りにすることは世の中的にはままあるっす。
私、カラトさんがワウちゃんをスリに仕立てて、ヘヴィースミスの前で手品みたいなことやってたの見てたっす。詳しくは言及しませんけど、あの曲面、結構危ない綱渡りだったんじゃないっすか?」
セナはワウのほうを見やって、話をつづけた。
「ワウちゃんもワウちゃんっす。私が手当てしている間、ずっとうわごとのように、カラトさんのこと呼んでましたよ。『逃げて、逃げて』って」
「そうか……」
俺はため息をついて、セナに言った。
「確かに、ワウには仕事を頼みすぎた。これ以上危険な目に遭わせないように、今後は控えるよ」
「ムリっすよ」
セナはぴしゃりと言った。
「ワウちゃんはがっつりカラトさんに依存しているし、カラトさんもワウちゃんに依存してるっす。
ワウちゃんをスリに仕立て上げて、ヘヴィースミスの前で小芝居をしたとき、財布の中身、どうなってました? お金、入ったままじゃなかったですか?」
俺は返す言葉がなかった。
ワウとつるんで仕事をするようになったのは、もうずいぶんと前のことになる。
貴族の家の息子として一人でやっていくために。家庭教師として、魔法をいろんな生徒に教えるために。俺はいくつもの嘘を抱えたまま人生を歩み続けている。
裏ではヘヴィースミスやミス=マイザーと犯罪まがいの取引をして、ワウを使って俺がカラト=フェイケンであるための舞台を作る。
魔力がないことをひた隠すために。生徒には一流の魔術師としてふるまった。社交界では、勉強熱心な好青年を演じた。ヘヴィースミスに粗悪品をつかまされないように警戒を続け、ミス=マイザーにすべてをむさぼられないように立ち回る。
そんな日常の中で、ワウとつるんでいる間は、楽しかった。表裏のないまっすぐなこの子に、気づけばいろんな仕事を頼んでいた。気づけば一緒に食事をしていた。一緒の部屋で寝泊まりをすることもあった。同じベッドにもぐりこんできても、押しのけなくなっていた。
間違いなく、俺はワウを、心のよりどころにしていたのだ。
「関係を、変える……いや」
俺はため息をついて言った。
「雇う雇われるという、建前を捨てるだけか」
セナは、少しきょとんとしたが、
「ま、今の状態が改善されるってことでしたら、良いんじゃないっすか?」
と言った。
ふと、ごそっと布団がこすれる音がした。ワウが目を覚ましたのか、ゆっくりと身を起こす。
「ごしゅじん……!」
「ああ、無事だ。ワウ」
俺はワウに笑いかけてあげた。半面、ワウは悲しそうな顔になって、なんと俺に謝って来た。
「ごめんなさい。わたし、ごしゅじんのいうことをきかなかったよ。それで、あいつに、つかまって……」
「もういい。もういいんだ。何も失っていやしないんだ」
俺はそう言って、ワウの頭を撫でた。ワウはびっくりとした表情になって、そのままストンと頷いた。その後、自分のことを穴のあくほどじっと見つめるセナに気付いたらしい。
「あ、あの、おねえちゃんが、わたしをたすけてくれたの?」
「そうですよー!! おねえちゃんですよー!!」
セナは頬をそめて、ばっと手を広げたかと思うと、ワウのことをぎゅうと抱きしめた。そしてついでに頬をすりすりして、さらに「ちゅー」と言い始めたところで俺はセナの服を引っ張って引きはがす。
「やめろよ。はしたない」
「ちょ、カラトさんやめてください。男が感染(うつ)る」
セナはそう言って俺の手を振り払うと、「びっくりさせてごめんにぇー」と言って、ワウから少し離れた。
ワウは目をグルグル回しながら、俺に聞く。
「ごしゅじん、このひとはだれ?」
「セナ=オシリア。王立騎士団の団員で……ええとつまり、悪い人と戦う人たちの中で、偉い人だ」
俺はかみ砕いてわかりやすく説明する。
「おふたりは、どうしてしりあいなの?」
「ああーええと、一応、婚約者?」
そう言ったとたん、ワウの顔が蒼白になった。
「え……そうなん、だ。しらなかった……」
「おい、ワウ! 顔が真っ青だぞ、大丈夫か!」
俺は傷口が開いたのでないかと慌ててしまう。
「うわ、カラトさんまじないっすわ! 女の子の気持ちぐらい察しろっす」
横でセナがつぶやくと、ワウの体をまたぎゅうと抱きしめた。
「大丈夫っすよ、ワウちゃん。私カラトさんのこと、ギリ食える昆虫ぐらいにしか思ってないんで!」
「ほんっとうに容赦ないなお前! お前に結婚する気がなくてほんとによかった!」
と俺。ワウはとうとう混乱したような様子で俺たちに聞いた。
「……ええと、こんやく、したんだよね」
「「実家がうるさいからな」」
息ぴったりに俺とセナが言うと、ワウは、
「はぁ……おとなのせかいって、むずかしいね」
と、しかめっ面をして言うので、俺とセナは思わず噴き出した。
どうにかひと段落落ち着いたようだ。
一つ息をついて、俺は布団の上にいるワウと視線を合わせるようにしゃがんだ。
ワウと、俺との関係について、そしてその他もろもろの問題について、ケリを付けなければいけない。
俺は、静かに、ゆっくりとワウに語り掛けた。
「ワウ。少し相談があるんだけど、いいかい?」
「うん」
急に口調の変わった俺の雰囲気に押されるように、ワウが頷く。
「俺はね。今から、できれば明日のうちに家を買おうかと思うんだ」
「!……いえをかう……もう、やどやでくらさない、ってこと?」
「そうだ」
ワウが寂しそうな顔になって、セナのほうを見やる。セナは慌てて、俺に聞きただし始める。
「え、家買うんっすか! それって、カラトさん、結婚するんすか! もしかして、私? 再三言っている通り、私男の人とは付き合えないんっすけど!!」
「ちょっと黙っててくれ、あとで話す」
俺がぴしゃりとセナに言うと、セナはぐう、と言って静かになった。俺はワウに話をつづける。
「とはいっても、俺の買おうと思っている家は、その気になれば四人くらいの人間が住める家だ。貴族の家にしては小さいが、ひとりに暮らすには広すぎてね。
だから、ワウを住み込みで雇いたい……ああ、そのつまり……。
ワウも一緒にすまないか?」
「……!」
数瞬固まるワウ。そしておもむろに布団の上をゴロゴロと転げまわり始めた。
「ワウ?」
「フフッ、ふへへ……」
「笑ってるのか? え、泣いてるの? 。……っくふ、わ、ワウ。笑い声が涙のせいで変な声になってるぞ」
俺が思わず吹き出しながら言うと、
「だってそうなっちゃったんだもん!」
と、ワウがこちらを向いて笑う。そしてまた布団の上でごろごろと転げまわり始めた。喜んでくれているのだろうか?
「きゃ、きゃわいい! しっぽ揺れてる……」
ワウの姿を見て、セナが悶え始めた。
「ずるいずるいカラトさんずるいっす! 私もワウちゃんと一緒にすみたーい!」
「ああ、次はその話だ。待たせたな、セナ」
俺はそう言って、セナのほうを向く。
「え! ちょっと待ってくださいっす! やっぱ私と住むってことじゃないですか!」
「結果としてそうなるというだけだ」
俺はセナに説明を始める。
「お前、ヘヴィースミスに尋問やら何やらをするんだろう? だがお前ひとりで王都まで、ヘヴィースミスの身柄を持っていくのはホネだ。だからこの町の近くの家を買って、そこにいったんヘヴィースミスの身柄を置くって言うのはどうだい?」
「ええ……合理的っちゃあ合理的っすけど、ヘヴィースミスの身柄一つにそこまでしなくても……」
「なぁ、頼むよ、セナ」
俺はセナに頭を下げた。
「俺と一緒の家にお前が住むっていうことにしておかないと、家が買えないんだ! 同棲生活の新居ってことなら、兄貴が金を貸してくれる!!」
「うーっわ! 見損ないましたよカラトさん。家を出せるだけの金がポンと出せるくらいに仕事してるって、少し見直してたところなんすけど!」
「だが、あの狭くて臭くて古い、官営の騎士団の寮から、お前は抜け出せるんだぞ!」
「騎士団のおんにゃの子たちは臭くありませんー。だから狭い女子寮は天国ですぅー」
「こっちにはワウもいるが?」
「くっ……」
セナは奥歯を噛みしめた。そしてくにゃりと表情を崩して、急にへつらうような顔になって俺に質問をした。
「へへっ、カラトさん。ワウちゃんと一緒に、その、いっしょのベッドに寝たりとかは、アリっすかね?」
「いいぞいいぞ。ワウの同意が取れればな。ワウの洋服を選ぶ権利もやるぞ。一緒に入浴もしてやってくれ? あとワウにお勉強を教えるのもな」
「くっ、くきゅう……ワウちゃんとお勉強、ワウちゃんとお風呂、ワウちゃんとおめかし、ワウちゃんとおねんね……か、カラトさん!」
セナはあんなに触れるのを嫌がっていた、男の俺の手との握手を求めた。
「世間体だけ結婚してください!」
「よし、決定!」
俺とセナは固く握手を交わす。
「ちょ、ちょっとまってよ!」
急に、ワウが心配そうに声を上げた。
「けっこんするの!?」
セナはにこりと笑ってワウの頭を撫でた。
「しないっすよ。ただ同じ家を使うだけっす。あ、それとも、お姉さんがカラトさんの家に来るなら、ワウちゃんは一緒に住むの辞めるっすか?」
「や、やめない! ごしゅじんといっしょにすむ!」
「じゃあ決定!」
セナはそう言うと、ワウの頭をわしわしと撫でた。
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