5.トリック
【カラト=フェイケン】
ヘヴィースミスをカジノに連れて行った、二日後。俺は街をぶらぶらと散歩していた。
ヘヴィースミスとは、一応、今日会う約束をしている。だが、ヘヴィースミスがすでにミス=マイザーのところまで連れていかれたのは、ワゥが彼を尾行して、情報を教えてくれたおかげで知っていた。
さて、追いつめられた彼は、多分俺のことを話すだろう。そのことをミス=マイザーは信じるだろうか。信じないならばそれはそれでいい。ヘヴィースミスは近い将来破産し、鍛冶場を失い、無一文になるだろう。
だが、もしミス=マイザーが少しでも、ヘヴィースミスのことを信じたら? 次は何をしてくるだろうか。
カランカラン、とどこからか鐘の音が鳴った。
空を仰ぐと、商店街の屋根の上に身をひそめるワゥが、ハンドベルを鳴らしながら、ハンドサインを出している。
「来たか……」
俺はゆっくりと後ろを振り返った。
雑踏に紛れて、血走った眼をしたヘヴィースミスが、こちらに向かって歩いてきた。遠くの方で、それとなくこちらの様子をうかがっているミス=マイザーと、武装した兵士が何人かいるのも見て取れた。
「やぁ、ヘヴィースミスさん。その後調子はどうですか?」
俺はひょうひょうと彼に声をかけた。
【ヘヴィースミス】
ヘヴィースミスはあっけにとられた。
「な、調子はって……」
「はい。今日もカジノに行かれるんですか?」
なおも能天気にカラト=フェイケンは彼に問う。
ヘヴィースミスは歯ぎしりをして、フェイケンに詰め寄る。
「おい……お前なぁ……」
その時だった。
トン! と軽い衝撃が二人を襲った。
「おっと、ごめんよ!」
ぶつかったのだろうか。そう言って、汚らしい格好の獣人の少女が二人の脇を走り去る。その次の瞬間。
「待ちなさい!」
フェイケンが腕を一閃させた。
その場から走り去ろうとした少女の脇から、ふわりと何かが光に包まれながら、空に向かって浮かび始めた。
「ちぇ!」
少女はそう短く言うと、その場から走り去る。空に浮かび上がったそれはまっすぐフェイケンとヘヴィースミスのほうに向かって飛んできた。
「……まったく、油断も隙もあったもんじゃありませんよ」
フェイケンはそう言いながら、空を飛んできたそれをつかんだ。ヘヴィースミスが、あんぐりと口を開けてぼそりとつぶやいた。
「財布が……」
そう、魔法が使えないはずのカラトの手に財布が飛び込んだのだ。
「ええ、」
カラトは自慢げに言う。
「こういう商店街じゃ、たまにスリが出ますからね。ま、用心に越したことは無いですよ。いくら魔法がうまいと言ってもね。お恥ずかしい」
ヘヴィースミスの顔が真っ青になった。
不意に彼はあたりを見回す。
遠巻きにして、今までの様子を見ていたミス=マイザーと護衛騎士が動き始めた。
「畜生!!」
ヘヴィースミスは一つ叫んでその場から走って逃走を図った。
「追え! 追え!!」
騎士たちが怒号を上げて、彼を追う。
町の人々は騒然とし、そして無視を決め込んだ。ヘヴィースミスと私兵は、人ごみの中へと消えて行った。
【カラト=フェイケン】
それからしばらく後のこと。
夕暮れの裏路地で俺はワウと落ち合った。
「お疲れ、ワウ。見事なスリの手際だった」
「そんなことないよ。ごしゅじん。でもうまくいったね!」
ワウはそう言ってニッと笑った。
俺はあたりを見回して、財布に仕掛けた小細工を取り外し始めた。
髪の毛のように細くて丈夫な糸と、浮遊の魔方陣、そして魔石。財布に仕込まれているのはそれだけだ。紐は俺の指と財布を結んであり、魔方陣は財布が宙に浮くように仕込んである。
最初に浮遊の魔方陣を起動させておいて、スリに扮したワウに盗ませる。ワウは少し離れたら財布を放して宙に浮かせる。俺は紐を引っ張って財布を手に入れる。
実際に離れたものを自らの手に引き寄せるのは、繊細な魔力操作が必要な難しい技術だ。とっさにできる奴なんて、この国でも指折りの魔法使いだけだろう。ともかくこれで、いろいろごまかせたはずだ。
俺は財布から、一〇サパ紙幣を何枚かとりあえずワウに渡して、成功報酬な、と笑ってやった。
だが、ワウは、体をびくりと振るわせた。
「ごしゅじん! あいつだ!」
俺はぎょっとして炉を振り向いた。
そして、思わず乾いた笑い声をあげてしまった。
振り向いた先に、目をらんらんと輝かせたヘヴィースミスが、肩で息をして立っていたのだ。
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