4.どん底

 【ヘヴィースミス】

 次の日、ヘヴィースミスはミス=マイザーの金貸し屋の奥の一室に座らされていた。新品の服を没収されたヘヴィースミスは、ろうそくの明かり一本だけの部屋の中で、ぶるぶると震えている。

 彼の周りには数人の完全武装をした騎士が取り囲んでいた。ミス=マイザーの操る私兵だ。驚くことに、国に仕えているはずの駐在官すら混じっている。その奥で、ミス=マイザーが蟻でも眺めるかのような様子で、ヘヴィースミスを見ていた。

「どうして、あなたって人は運がないんでしょうね?」

 ミス=マイザーは言葉とは裏腹に、楽しそうな声をヘヴィースミスにかける。

「も、申し訳、ありません……」

 ヘヴィースミスが小さな声を出して、背筋を丸くする。

「いや、謝られたって困るのよ。私はただ、素直にお金を君から返してくれればそれでいいだけだからね」

 ミス=マイザーはあきれたようにため息をついた。

「とりあえず、あなたの持ち家と、その下にある鍛冶場、ぜんぶもらっていくわよ、いいわね?」

 ヘヴィースミスはうなだれた。前回の借金の時は、飯の種だと最期まで執着したのだが、今はそれほどでもない。賭けで大勝ちしてから、自分の中で、なにかが変わってきてしまっているのが分かった。

 ミス=マイザーが皮肉な笑みを浮かべて、ヘヴィースミスにさらに言う。

「ところがところが、これでもあなたに貸した金額には足りないのよねぇ。どうやって返済するのかしら……」

「それは……その……賭けで……」

 ドカ!

 唐突に騎士の一人がヘヴィースミスの胸を蹴り上げた。ミス=マイザーがため息をついて、「やめなさい」と一言いう。

「うちの騎士が失礼したわ。でも、みんな純朴な人なのよ。あなたみたいな世の中を舐めた口を利く連中に吐き気がして、ついかっとなるのよ。発言には気を付けることね」

 ミス=マイザーは、そう言うと、パチン、と指を鳴らして合図をした。周りにいた騎士の一人が、どこからか何かを持ってくると、それをヘヴィースミスに投げてよこした。

 それはロープのようなものだった。パサついていて、妙なにおいがして、ところどころ紐で補修されている。

「何かわかるかしら? 人間のは初めてかもしれないわね」

 ミス=マイザーは楽しげに言って笑う。

「それはね、脊髄っていうものらしいわ。あなたの背骨の中にある柔らかい紐みたいなものよ。牛や豚のやつなら見たことあるんじゃないかしら?

 魔術の研究って大変そうよ。魔術を自在に扱えるのは、人以外いないじゃない? だから、代わりに動物を使うことができなくて、『なぜ、私たちは魔法を使えるのか。私たちの魔力がどこからやってくるのか』とかいう研究は捗らないらしいわ。研究員さんたちはいつもこう思ってるの。もし、生きたままの人間を自由に扱えたらなって」

 ミス=マイザーはにんまりと笑って言った。

「あなたの今持っているそれはね。私の元お客さんよー」

 ヘヴィースミスの顔が真っ青になった。

「ま、待て!」

 ヘヴィースミスは胸の痛みを必死にこらえながら叫ぶ。

「し、仕事! 仕事をして返すから! す、すぐに返すから!」

「だーから、あんたの仕事場もうないわよ。売り払ったの! 二束三文にしかならなかったわ」

 ミス=マイザーが軽蔑の視線でヘヴィースミスを見た。

「大体、あんたこそこそと商売するために、魔石使って鍛冶仕手るでしょ? そんな元手の大きい商売で、よくやっていけたわね。なんであんたみたいな屑なんかが、魔石なんて手に入れているんだか……」

「……ある紳士が、買ってきてくれるんだ」

 ぽつりと、ヘヴィースミスはつぶやいた。

「へぇ」

 興味がなさそうに、ミス=マイザーがつぶやく。だが、ヘヴィースミスは刹那、ミス=マイザーの瞳が揺れたのを見逃さなかった。

「……興味があるのか、俺の客に……」

 ミス=マイザーは眉をしかめた。何を言うか考えようとしたのか、一瞬だけ沈黙が舞い降りる。ヘヴィースミスは、最後の最後で賭けに出た。

「情報だ!」

 暗い小部屋に、ヘヴィースミスの声が響いた。

「情報を売る! ある紳士の最大級の秘密だ。二つの秘密だ! 両方売る。その代わり俺の借金をチャラにしてくれ!!」

 ミス=マイザーは鼻で笑った。

「はぁ? あんたみたいな存在に……そんな大それたこと……」

「カラト=フェイケンだ!」

 ヘヴィースミスが大声で叫んだ。

「奴には魔力がない!」

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