2.喧騒は潮騒のように

 【ヘヴィースミス】

 ヘヴィースミスは、その日、見たこともないようなベッドの上で起きた。ガバと跳ね起き、あたりを見回す。ほぼ正方形に近いようなベッドの上に、彼は一人で寝ていた。両脇にほかの人が寝ていたような形跡。そこで彼は、昨日何があったのかをだんだんと思いだしてきた。

 そうだ。昨日、俺はフェイケンとカジノに行って、めちゃくちゃに稼いで、そのあと女を二人囲って、高級な宿屋に連れて行って、抱いて……。

 そこまで考えたとき、彼のベッドの脇に一〇〇サパ紙幣が小山になって放置されているのに気が付いた。慌てて飛びついて数える。

 そこに残っていたのは二〇〇〇サパと少しだった。酔いのさめない頭で、昨日の抱いた娘たちとの豪遊を思い出した。カジノを出たときはたしか五〇〇〇サパほどあったのだが、まぁ、あれだけ激しく遊べば妥当かもしれん。

 とにかく娘たちが金を盗んだわけじゃないとわかった彼は、ため息をついて、ベッドから降り、服を着替えて、フロントへ向かった。


 彼は宿屋から出ると、まだ着慣れない服をがさがさいわせながら、彼の家までたどり着いた。

 ドアを開けて、彼の目の前に広がったのは、貧相な作業場だった。時代遅れの鍛冶場に、保存のきくものしか置いていない食糧棚。鍵が壊れてしまっている金庫の中には、三五〇〇サパが入っているが、これほどのフェイケンとの大型取引は、半年に一度、あればよい方だった。

 昨日の賭けで得た金を、金庫に入れようとして、ポケットから取り出す。鍛冶場の空気にさらされた二〇〇〇サパの紙幣の束が、ヘヴィースミスに、昨日の出来事を思い出させる。

 耳の奥に、潮騒のように、昨日の喧騒が響き渡った。

 賭ければ賭けるほど倍額になるチップ。周りの、「そろそろやめた方がいんじゃねえの?」というはやし声も無視して、自らの直感を信じて、カードを引きまくった。稼ぎまくった。

 ヘヴィースミスは知っていた。よくゲームの途中で大いに儲け、欲をかいて勝負をした挙句に、大負けして金をすべて失う人間がいることを。だが、ヘヴィースは違った。昨日の賭けの途中で、心の中の自分がささやいたのだ。「これ以上賭けをすると負け始めるぞ」と。素晴らしい自制心で、彼は勝ちのまま勝負を引き上げることに成功した。本来ならば、もう少し稼げたかもしれないが、この辺の見極めは今後学んでいけばいいだろう。

「大事なのは、俺に自制心があるということ……ほかの一発屋の連中とは違う、負け始めるタイミングを嗅覚で読み取るだけの才能があるということだ。昨日の最大の収穫はそれだろう」

 ヘヴィースミスは、誰もいない鍛冶場で一人そうつぶやくと、笑みを浮かべた。

 今日も、カジノに行こう。稼ぐ目的ではなくて、自らの才能を伸ばすため。もっと嗅覚を訓練させて、ぎりぎりまで稼ぐため。

 数時間後、彼はすでに商店街に繰り出していた。時は昼間。まだカジノが開くには早すぎたが、彼はカジノの店の前で、じっと待つことにした。

 そんな彼を、遠くから、隠し切れない笑みを浮かべてみる男がいた。その日の仕事を終え、研究室から宿に戻る途中の、カラト=フェイケンだ。

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