第三章 裏切り 1.ヘヴィースミス

 【カラト=フェイケン】

 ある日のこと。研究室あてに、兄から手紙が届いていた。開けてみると文面は以下の通りだ。


「親愛なるカラトへ

 独身生活はエンジョイしているかい? 姉も、兄も、私も、お前が宿屋暮らしを続けていると聞いて、心配をしている。家を買う金がないなら、頭金くらいなら貸すぞ。

 そうそう。お前の婚約者が、どうやらお前のいる町に仕事で来るらしい。関係は良好と聞くが、結婚するならあの子のためにも早い方がいいと思うぞ。

 兄より

追伸

 お前の婚約者が、男性恐怖症っていう噂があるんだが、本当かい?」


 俺は思わず苦笑をして、ひとり呟いた。

「男性恐怖症ってだけならよかったんだけどなぁ」

 そして、ため息をついた。

 もし、俺に魔法が使えたなら、すぐにでもいい娘と結婚して、家を買い、そこそこ裕福な暮らしができていただろう。

 ところが、魔力が生まれつきない俺は、ほかの人と違って、町から町への移動に、『飛行魔術』だの『健脚千里』だのと言った魔法が使えない。家庭教師として高収入バイトをしている今、遠くの町に行くには前日入りが必須だし、そうなると、賃貸にせよ、持ち家にせよ、持たない方がずっと気楽なのだ。効率が悪いのは重々承知の上で、宿屋暮らしが続いてしまう。

 ため息の理由はそれだけではない。どうやら俺と婚約をしているあの女が、仕事でこの町に来るらしい。

 こうなると、野暮用は早めに済ませてしまったほうがいいだろう。

 俺はまたため息をつくと、研究室を昼に切り上げ、こっそりとヘヴィースミスの家に向かった。


一時間後には、俺はヘヴィースミスの家の扉をノックしていた。いつもの如く、ヘヴィースミスは覗き穴から俺の姿を確認し、鍵だけ開ける。俺は素早く扉を開け、体をヘヴィースミスの工房に滑り込ませた。

「今日は何の用だ」

 ヘヴィースミスはぶっきらぼうに俺に聞く。俺は頭を掻きながら、注文をした。

「俺専用の特殊キット三五個」

「三五個?」

 ヘヴィースミスは眉をくいとあげた。

「いや、俺は構わねえが……キット一つにつき、二〇〇サパ。合計七〇〇〇サパだ。値引しねえぞ?」

「構わん」

 俺は簡単に言って見せたが、内心は痛い出費でため息でもついてやりたい気分だった。

 ヘヴィースミスに今回注文した特殊キットというのは、俺が普段着ているオーバーに仕込む、防御魔法を発動させるためのものだ。

 魔力のもたない俺は、防御魔法一つ張るためにも、魔石に頼らなければならない。魔石と、防御魔法を発動させるための魔方陣と、それらをコンパクトに固定して効果的に発動するためのフレーム。それら一〇〇個余りを普段着に縫い付けて固定すれば、魔法でできた甲冑の出来上がりだ。何もしなくても攻撃を受けたら防御を張ってくれるが、値段が高いうえに消耗品だ。闇ルートを駆使しても一着二万サパくらいかかるのだ。おまけに攻撃を喰らったら、その分だけ仕込んだ防御魔法は消費されてしまうので、そのたびに使い切った魔石を交換してやらなければならない。

 今までは、これでもうまくやっていたのだ。学生の扱う魔法など、たかが知れている。だが、サリーは違った。あの娘の小手先の魔法で、俺の防護服は七〇個の魔石を消費し、そのうちの三五個はフレームごと破壊されていた。

 本当に凄まじい奴である。

 本来ならもう少し金がたまったら、ヘヴィースミスに注文しようと思ったのだが、婚約者が来る前に、こういう野暮用は済ませたかった。おかげで俺の口座はカツカツだ。

 俺は内心の複雑な気持ちを押し隠すようにして、ヘヴィースミスに、魔石を十個と、以前使わなかった魔動爆弾のフレームをヘヴィースミスに渡した。

「燃料用の魔石と、材料だ」

「助かる」

 ヘヴィースミスはニンマリと笑いながら言った。珍しい。普段は俺を煩わしそうに扱うのに、なぜだか親しげだ。

 いや、違うな……。俺は心の中で首を振る。ヘヴィースミスの顔が、先ほどから強張っている。まるで目の前で小鹿を見つけた、そんな肉食獣のような目だ。

「いや、助かるよ。本当に」

 ヘヴィースミスは、何かを誤魔化すように俺に話しかける。

「俺みたいな人間は、鉄の材料を持ってくることもできねぇ、煙がたっちまうから、他の鍛冶屋みたいに大量の巻をくべることもできねぇ。お前さんが持ってきてくれる魔石が頼りでね」

 俺は何も言わずに頷いた。ヘヴィースミスが何かを企んでいることには気づいたのだが、その正体を掴み損ねていた。

「だが、どうしても俺にはわからないことがあるんだ」

 ヘヴィースミスは、とうとう額から脂汗を流し始めた。そして、俺を糾弾するかのように、勝利を宣言するかのように高らかに吠える。

「どうしてお前みたいな魔力なしの腑抜けが、社交界の花形みてぇな顔して町を歩いていやがるんだ、ええ? カラト=フェイケン!!」


……ふらふらする。頭に血が行ってないんだな。そんなことをぼんやりと思った。おもわずひざを折りそうになりながら、俺は最期の気力を振り絞るように、空威張りを始める。

「俺が……カラト=フェイケン? あは、あほらしい」

 声を絞り出すと、不思議と自分が落ち着くのが分かる。ゆっくりと頭が回り始めるような感じがして、俺は不敵に笑って見せた。

「カラト=フェイケンね。思い出した思い出した。あの人当たりのいい、この国一のカリスマ家庭教師で、魔力の腕も一級品。いやー同じ男としても悔しいけど、なんせ顔もいいからなぁー」

「自画自賛が過ぎて気持ち悪いぞ、お前」

 ヘヴィースミスはあきれたようにして言った後、目を吊り上げてまくしたてた。

「俺の眼はごまかせねぇよ。商店街の婆が、素顔のお前を見て、イケメン家庭教師のカラト=フェイケンだとほざいてやがった」

「……わかったよ」

 俺は一つため息をついて見せた。

「それで、なにが望みなんだ?」

 ヘヴィースミスは汗のかいたデコを拭って笑った。

「決まってんだろ? 金だ金。手始めに一万サパ、もらおうか?」

 俺は首を振った。

「無茶を言うな、どんな大金だと……」

「おいおい、カリスマ家庭教師のあんたなら、そんなんはした金だろ? 聞いてるぜぇ、女遊びも酒も大人しいから、相当ため込んでるって評判じゃねえか、ええ? 俺がお前が魔力の持たねえ腑抜けだってことを町の連中に吹いて回ったら、お前さん一体これからどうなるだろうねぇ」

「……千サパ。それが限界だ」

 俺はヘヴィースミスに懇願するように言った。

「それ以上銀行から引き下ろすと、当局に怪しまれるし……」

「チッ、しょうがねぇなぁ」

 ヘヴィースミスは一仕事終えたような、晴れやかな笑みになった。

「じゃあ、俺を町に案内してくれよ。社交界の花形ってやつを、少しは体験させてくんねぇか?」

「ええっと……」

 俺はひきつった笑みを浮かべながら言った。

「もちろんですよ。つまり、町を案内して、私がその、お財布係をすればいいんですね?」

「そうそう、話が早くて助かるぜ」

 ヘヴィースミスは満足げにうなずいた。


 俺は、ヘヴィースミスを商店街まで連れてきていた。昼下がりの穏やかな陽気の中で、多くの人でにぎわっている。人ごみの中を縫うようにして、俺とヘヴィースミスは商店街を歩く。ヘヴィースミスは俺の影に隠れるように歩いていた。

「ヘヴィースミスさん、あまり町は慣れていないんで?」

「え、お、おう。いや、んなわけねぇだろ」

 ヘヴィースミスはそう言い返したが、小声だった。俺は奴をなるべく刺激しないように、丁寧に言った。

「ヘヴィースミスさん。まず初めに、服を見繕いましょう。この先に、イかした店があるんっすよ。もちろん、俺が払いますよ」

「お、おおう」

 ヘヴィースミスは、虚勢を張るように、へどもどと答えた。

 俺は、お世辞にも小ぎれいとは言えないヘヴィースミスを、最寄りの服屋に引っ張っていった。

「いらっしゃいませー」

 高級志向を売りに出している服屋の店員は、俺たちの姿を見て、目をぱちくりとさせた。俺は、にこりと笑って言った。

「この方に合いそうな服を見繕ってくれないか? サイズは気にしなくていい、今とりあえず用意してほしいんだ」

 女性店員は、はぁ、と愛想笑いをすると、よそよそしい態度で、

「では、こちらにどおぞ……」

 とヘヴィースミスを案内し始めた。


「これが……俺……!」

 十数分後、こぎれいな服を着せられた彼は、鏡の前で、新しい自分の姿に感激をしていた。俺は店員さんに向かって、小声でこう言った。

「どうもありがとう。実は、ああ見えてもあの人は私の恩人なんだ」

「まぁ、そうだったんですね」

 店員さんは、なんとか納得したように頷く。俺は懐から服の値段の二倍の金を出すと、こっそりと彼女に渡した。

「ただ、この辺のことが表ざたになると、ちょっとまずいから、この辺のことを詮索したり、外に言って回ったりはしてほしくないんだけど……」

 彼女はにこりと笑って金を受け取ると、

「もちろんですとも! 今後ともごひいきに!」

 と答えた。俺は一つ頷くと、まだ鏡の前でポーズをとっているヘヴィースミスに向かって声をかけた。

「そろそろ次のところに行きませんか? 晩御飯のついでにちょっと運試しといきましょうよ」

「うん? ああ、そうだな」

 すっかり機嫌がよくなったヘヴィースミスはにこにこ顔で、鏡から離れた。

 服装が整い、すっかり自信がついたのか、ヘヴィースミスは胸を張って店から俺と一緒に出た。とたんにヘヴィースミスが下品な笑顔を作って、俺に絡む。

「なぁおい、あの服屋のねぇちゃん、生意気なおっぱいつけてたなぁ! ケツ突いたら『へぁあん!』 ってか?」

「はは……」

 俺は思わず乾いた笑い声をあげてしまった。先が思いやられる。俺は猥談を遮るようにヘヴィースミスに提案をする。

「まぁまぁ、では、次のところに行きましょうか? ご飯のあるところまで案内を……」

「なんだぁ、てめぇ。急に元気に偉そうになったじゃねぇか」

 急にヘヴィースミスが目を三角にして俺に詰め寄った。

「自分の立場、わかってるよなぁ?」

「すみませんすみません。調子乗りました」

 俺は慌てて恐縮して頭を下げる。周りにいる人たちが、情けなく頭を下げる、俺の姿を凝視している気がする。背中に冷や汗が流れる。

 頭を下げる俺の姿を見て、満足したのか、へヴィースミスはひひっと笑って、

「まぁいいだろう」

 と言って見せた。

「で、飯のあるところに案内してくれるんだよな?」

「はい。飲み食いしながら遊べるところですよ」

 俺は奴がまた気まぐれにすごまないように、卑屈な笑みを浮かべながら、そう答えた。


 陽が沈み、夜のとばりが空をおおいはじめた。この時間帯になってくると、店内に明かりをともせるだけの資金力のある店以外は閉じてしまう。高級志向の食堂や居酒屋がランプの明かりをともし始めた商店街は、落ち着いた雰囲気であふれていた。

 その中で、少し場違いなほどに騒がしい店が一つ。ランプの光をらんらんとともし、中から囃子声が響き渡る。

 ヘヴィースミスはその異様さに息を飲んで、つぶやいた。

「な、なんだここは」

「賭場、つまりはカジノです。軽食や、飲酒もできますよ」

 俺はそう答えた後、ヘヴィースミスにささやいた。

「へヴヴィースミスさん。ここからは、少し芝居をしていきましょう。ヘヴィースミスさんは私の恩人、私はその恩に報いるために今日あなたをご招待したと」

「は? なんでてめぇに合わせなきゃ……」

「見てください、駐在官がいます」

 俺はヘヴィースミスの言葉を遮って、町の治安を守る駐在官の姿を指した。

「連中に怪しまれると、俺たちまずいんです」

「まずいのはお前だけだろう? なんたってお前は……」

「はい。私のことがばれますと、ヘヴィースミスさんが俺を脅したこともバレますよ。私から服を『プレゼント』されたことも……」

 ヘヴィースミスは、鼻を鳴らした。

「わーった。今日のところはそういうことにしといてやろう」

 ヘヴィースミスはため息をついて、やっと頷いた。

「ありがとうございます。といっても、私のことを秘密にしていただいているので、恩人というのは本当のことなんですけどね」

「はははッ、そうかもなぁ?」

 俺は上機嫌なヘヴィースミスを伴って、店に入っていった。

 入り口を抜けた途端、俺たちはより一層の喧騒に包まれた。たくさんの卓の上で行われるギャンブル。きわどい露出のウェイターがミツバチのように食べ物を配って回り、神殿のようにところどころに立つ柱の影には、重武装の警備員が目を光らせている。

 ここはカジノ。貴族から庶民まで、ここでは金さえあればすべての人間が受け入れられる。そこでは今晩の夕食代から、人ひとり分の人生を狂わせるほどの現金がやり取りされる。毎夜毎夜、一部の人々は少しだけお金持ちになり、それ以外の大部分の人が少しだけ金を失い、決して少なくない人数の人が、人生の谷底に落ちていき、行き交うサパ紙幣のほとんどは、このカジノをより立派に飾り立てる調度品に姿を変えるのだという。

 その異様な光景に、ヘヴィースミスは声も出せない様子で固まってしまっている。

 俺は、近くを通り過ぎたウエイターに向かって手を上げて、飲み物の注文をする。

「ウイスキーをショットで、」

「かしこまりました」

 ウエイターは、優雅にお辞儀をして、厨房へと向かって行った。その様子をヘヴィースミスがぼんやりと見ていた。俺は笑みを浮かべて、ヘヴィースミスにこう言う。

「こんな感じで注文をするんです。基本的に『ウイスキーをショットで』って言っとけば間違いありませんよ」

 ヘヴィースミスはそれを聞くと、恐る恐る頷き、ウエイターを呼び止めた。

「う、ウイスキーをショットで」

「かしこまりました」

 ウエイターが恭しく頭を下げて、ヘヴィースミスの下を立ち去った。ヘヴィースミスは、なにかに飲み込まれたかのような顔をしている。

「簡単でしょう。後はしばらく待っていれば、飲み物を持ってきてくれます。こんなふうにね」

 先ほど注文したウエイターさんが、俺に酒を持ってきてくれた。同じタイミングで、ヘヴィースミスの下に酒が届けられる。ウエイターは俺たちに木札を渡すと、蠱惑的な笑みを浮かべて立ち去った。

「食べ物なら、腸詰め、カナッペあたりの注文がいいと思いますよ」

 そこまで言うと、俺はポケットから、五〇〇サパほどの金を取り出して、ヘヴィースミスに握らせた。

「これをもって、賭けに行きましょう。ブラックジャックなんかがおすすめですよ」

「お、おう」

 俺はヘヴィースミスを連れて、ブラックジャックの卓まで連れて行った。

 単純かつ、小細工が聞かないと思い込まれているブラックジャックの卓は、いつでも盛況だ。群がる群衆に紛れて、俺とヘヴィースミスは今行われている賭けを覗き込みにいく。

 その時だった。

「ひっ、」

 とヘヴィースミスが短く悲鳴を上げて、身を縮こませた。何事かと思い、あたりを見回すと、なんとそこには、ミス=マイザーがいた。いつも俺が金を借りている例の金貸し女だ。彼女はよく、このカジノに姿を現す。俺もたまにこの場で顔を合わすが、今まで正体がばれたことはない。まさか金の貸し借りをしている仮面の男が、この俺、カラト=フェイケンだと、ミス=マイザーも気付いていないのだろう。当のミス=マイザーは心底不愉快そうに、ヘヴィースミスのことを睨んでいる。

 ヘヴィースミスも、たかが女一人にびくつくなんてと思ったのだろう。ヘラリと笑うと、ミス=マイザーのほうを睨み返した。ミス=マイザーは興味を失ったかのように、そっぽを向いた。

 俺は、あえて二人の反応に気付かなかったかのように、ヘヴィースミスにブラックジャックの説明を始めた。

 何回かゲームを見せているうちに、ヘヴィースミスは完全にこの場に飲み込まれたらしい。ウエイターを呼ぶ仕草や、見物の様子が堂に入って、悪く言えば、ギザったらしくなっていった。

 この様子なら、この場でも急に下品なことを言って浮いたりはしないだろう。ほっと息をついた時、ちょんちょんと肩を叩かれた。

 振り返ると、そこには、ミス=マイザーが私のことをなんとなく睨みつけるようにして立っていた。

 まさか、バレたのか? 俺はすっと酔いがさめるような気分になったが、ミス=マイザーはやはり俺のことには気づいていないようだった。

「初めまして、カラト=フェイケン様でしたっけ? 私、マイザーというものです」

「はぁ……」

 俺はすっとぼけて答えた。

「お初にお目にかかります」

 ミス=マイザーは俺を品定めするような目線を投げかけながら、こう言った。

「あなたとあの男――ヘヴィースミスとはいったいどういう関係なのかしら?」

「いえ、たまたま縁があっただけですよ」

 俺は適当にうそをつくことにした。

「彼は最近田舎からやって来たお上りさんらしくてですね、金には困っていないが遊びたいそうなんですが、ここ、カジノでしょう? とりあえず見張ってあげようかな、なんて……。

 あ、でも妙ですね。ミス=マイザー。まさか彼とあなたがお知り合いとは……」

 ミス=マイザーは俺のことを呆れたように見つめるとため息をついた。

「フェイケン様。世の中にはどうしようもないほど自分の身の回りの整理のつかない男もいるのでございますよ。そういう男に手を差し伸べたって、一切の無駄ですわ。その男が裕福になった分、ほかの人が不幸になり、そしてあなたが助けたはずの男も自らの力で身を滅ぼしますからね」

 そう言うと、ミス=マイザーはツン、と顔を上げて私に背を向けてどこかへと去ってしまった。

 俺は思わずにやけてしまった。なるほど、彼女は俺が親切心でヘヴィースミスを助けてやっていると勘違いしたらしい。その上俺を心配して、あんな忠告をしたのか。あの金貸し女さえ優しいおばさんにしてしまうなんて、俺いい男すぎでは?

 いや、違うか。

 俺は即座に心の中で首を振った。あの女がそんなことでほだされるわけがない。

 しばらく考えて、ようやく合点のいく考えに至った。ヘヴィースミスは、ミス=マイザーから借金をしていたのだろう。

 噂でしか聞いたことがないが、ミス=マイザーの借金の取り立ては、苛烈極まりなく、駐在官すら味方ににつけ、いっちょ前の暴力団のように、私兵を率いて家に押し掛けてくるのだという。借金を返せなかったものは、彼女に見つからないように、町に息をひそめて暮らすしかない。そう、ヘヴィースミスのように。

 まったく情けない。俺は思わずため息をついた。ヘヴィースミスが俺の秘密の何もかもを知ったのは、外に出て俺を尾行したからだ。どうして外に出られるようになったのか。それはミス=マイザーに借金を返済したから。ではどうやって借金を返済したのだろう。答えは簡単。俺が奴にいろいろ商品を注文したからだろう。まとまった金を手にしたヘヴィースミスはミス=マイザーに借金を返済。ミス=マイザーは、利息だけを吸い取ってせしめてやろうと思っていた相手が一気に満額返済してしまったのだから。

 ヘヴィースミスには口止め料込みで、闇取引とはいえかなり値の張るのやり取りをしていたのだが、まさかそれが自分の首を絞めるとは。

 ただまぁ、ここで面白い事実が分かった。ヘヴィースミスはどうやら借金癖があるようだ。それも、ミス=マイザーに、自己管理ができないといわれるほどの。

 俺はついほくそえんでしまった。

 ヘヴィースミスはブラックジャックの卓に見入っている。俺がミス=マイザーとしゃべっていたことに気付いてすらいないようだ。

 俺はこっそりと、人ごみに紛れてすこしずつ移動し、卓のディーラーの背後に回った。彼の尻ポケットに札束を滑り込ませ、低くささやく。

「新品のサイズの合ってない服を着た男を接待してやってくれ。今日だけでいい。明日は好きにしろ」

 ディーラーはうんともすんとも言わなかった。俺は何事もなかったかのように、ディーラーから離れる。

 数ゲーム後、咳が一つ空いて、ディーラーがヘヴィースミスに声をかけた。

「おや、お初の方ですかね? この町は初めてですか? ゲームに興味はおあり? 結構。少し私らと遊んでくれませんかね?」

 ヘヴィースミスは巧みな話術と共に、緊張気味に、ブラックジャックの卓についた。


「……すげぇな。ここ」

 ヘヴィースミスは、茫然自失といったような表情で、手の中に納まっている大量のサパ紙幣を見ていた。

「……いやぁ、なんていうか、信じられませんねぇ」

 俺は、呆れたような風で、ヘヴィースミスに言ってやった。

「こんなに儲ける人、そして勝ちのままこの店を出た人なんて、初めて見ましたよ。お客さんもびっくりしてましたねぇ」

 さりげなく、そうおだてると、ヘヴィースミスの口から隠し切れないほどの笑みが広がった。

 果たしてディーラーは、俺が尻ポケットに突っ込んでやった分だけの仕事をしてくれたのだ。ヘヴィースミスは毎回毎回勝負に勝ち続け、儲けを倍、倍にしていった。周りの客はおこぼれにあずかろうと、ここぞとばかりにはやし立て、ますます賭けは白熱して言った。

 最終的に、ヘヴィースミスはこの晩、元手の金を一〇倍にしたところで正気に戻り、店を出たのだ。

「すごいですねぇー。私が差し上げた分を差し引いても、その四倍の金を稼いだってことですからねぇ!」

 俺は本当に興奮をしているかのように、声を上ずらせて、彼を褒めたたえた。

 ふと、二人連れの女性が、俺に向かって振って、近づいてきた。厄介なのが絡んでくるな。俺は思わずしかめっ面をしたが、意外なことに、女性たちが声をかけたのは、ヘヴィースミスの方だった。

「ヘヴィースミスさん。お疲れ様です~」

「私たちとの約束、覚えてますかぁ~」

 驚いてヘヴィースミスのほうを見ると、彼は肩をすくめてこう言った。

「賭けの途中に、二人に誘われちまってよ。ちっさいほうがアンで、でっかいほうがデイジーだ」

「いやん。どこ見て言ってるんですかぁ?」

 派手な身なりの女性二人は、そう言うと身をくねらせてけらけらと笑った。

「そうですか。では、私はお邪魔ですかね」

 俺はそう言って、ヘヴィースミスと別れることにした。

「すみません。私、明日はその、仕事があって、手が離せないんですよ。『例の相談』は、明後日でもいいでしょうか?」

「おうよ。勝手にやってこい」

 ヘヴィースミスはそう言うと、女性二人を伴って夜の街へと消えて行った。

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