5.ハンナの行方

数日後。俺たち家族は大波乱に見舞われたが、何とか落ち着きを見ていた。

 その日、俺の部屋に、二人の兄と、姉が酒をもって遊びに来た。集まった理由は簡単。

 俺の失恋を励ます会だ。


 例の決闘があった次の日、二人の兄が俺に謝って来たのだが、その時にサイト兄が、言いづらそうに俺に耳打ちをしてくれたのだ――ダドリーの寝ている保健室のベッドで、ハンナ先輩が献身的に看護して、プライドの傷ついた彼を励ましていた、と。

 俺は信じられなかったし、ダドリーがハンナ先輩に絡みに行っているだけだ、と言い返した。サイト兄は何も言わなかった。

 翌日。学校に行った俺は、手をつないで、ダドリーに慈愛に満ちた笑みを投げかけているハンナ先輩を見つけてしまった。

 その日、俺はいつもの待ち合わせの場所にはいかなかった。念の為、遠くから待ち合わせの場所を確認したが、そこにはハンナ先輩はいなかった。

 こうして、俺の初恋は終わったのだ。


「いやー。女ってもんはわからないもんだなぁ」

 サイト兄が言う。

「性格にしろ度胸にしろ魔法にしろ……いずれにせよ、カラトの方が上だろうに」

 だが、ハルト兄と姉は首を振った。

「いるんだよ。まれによく、傷ついた男子の方に惹かれる女っていうのが」

「あら、私だってその娘の気持ちがわからないわけでもないわ。ここまで極端なのは初めて見るけど、まぁ、まれによくそういう女の子いるわよ」

 サイト兄は年上の二人の兄弟に置いて行かれたのが悔しかったのか、分析するように言った。

「つまり、ハンナは『規格外』ってもてはやされて、少し自信を無くしていたカラトに魅力を感じて、カラトがそのおかげで魔法の才能を開花させてダドリーを吹っ飛ばすと、今度は傷ついたダドリーに魅力を感じてとうとう付き合い始めた……ていうことは、ハンナは、『傷ついた人を支える自分に魅力を感じる』タイプの女だったってことか!」

「いや……そういうことでも……」

「ないのよねぇ」

 サイト兄の主張に対して、またもハルト兄と姉はまた悩ましい表情で返した。

「もうどうでもいーよ、もう」

 俺は水で三倍に薄めたワインを傾けながらぼやく。三人の兄弟は苦笑いをした。姉がやさしく俺の背中を撫でてくれる。

 姉は機嫌がいい。と、言うのも弟である俺が学園で『規格外』の大暴れをしたおかげで、行き遅れになりかかった姉に、魔法の才能の血が見いだされ、いい縁談がたくさん持ち上がったらしい。なんとも現金な話であるが、結局姉は、学園時代、後輩だった男と婚約を結び、三か月後に式を挙げる予定となった。この騒動の最後の勝利者となった姉は、諭すように、俺にやさしく言った。

「そうね。ハンナさんはもしかしたら、難しい女の子かもしれないわね。

 ハンナさんは優しい人ともいえるでしょ? 学園で少し戸惑っていたあなたに声をかけて、傷ついた学友を救ったんだから。でもハンナさんは物がよく見えていない人かもしれないわね。下級生に因縁をつけるような男に寄り添っていってしまったのだから」

 俺は、姉の言葉をよく考えた後、俺はぼやく。

「姉さんの言っていることはただしいけど……先輩はそれだけの人じゃなくて……その……」

「そうだな。人ってのは、単純じゃなくて、少しの言葉じゃ言い表せないさ」

 ハルト兄が冗談めかして言う。姉はハルト兄の言葉にうなずく。

「そうね。確かにハルト兄さんの言う通り。

 でね、カラト。あなたにどうしても教えたいのは、この件を通して、ハンナさんや、それ以外の女の子のことを、わからないやつだと見下したり、神秘的な奴だとむやみに崇拝したりしないでねってこと。難しいけどね」

 姉の言葉は、アルコールと一緒に溶けるように、俺の脳味噌にしみこんでいくような感じがした。  

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