4.はじめてのばくだん
【カラト=フェイケン】
それから二日、俺は学校をさぼって、父の書斎から借りた本をむさぼるように読みながら、必死に魔方陣の描記と、工作をしていた。『魔方陣・装置の基礎と展開 熱・爆発編』……仰々しい題名であるが、平たく言えば、これは魔石を使った爆弾と、ロケットの作り方が書いてあったのだ。
その本は、いわゆる専門書のようなもので、十二歳の学生が読めるようなものではない……だが、ハンナ先輩に普段から勉強を教えてもらい、家でも勉強を進めていた俺は、ある程度は理解することができた。
決闘に、魔石を使った装置を使用することに、俺は何のためらいもなかった。むしろ、ハンナ先輩に教わり、ハンナ先輩のために勉強したことが、この装置を作り、ひいては勝負に生かせることに、ちょっとした運命すら感じていた。
ちなみに、魔石は父の書斎から持ってきていた。父の部屋から貴重な魔石をくすねるのは気が引けたが、「なりふりかまうな」という父の言葉を思い出し、二十個ほど持ってきた。
一日目の午後に、爆弾を完成させた。いわゆる手榴弾という奴だ。試しに、私有の、今は使っていない土地で放り投げてみると、着弾したとたん、大音響とともに地面をえぐった。さらに三個ほど試作して、実験し、俺は爆弾に関しては問題なさそうだと判断した。
その夜、俺はロケットの研究を始めた。流石に魔法を放つふりをしながら手榴弾は投げられない。できれば袖のあたりから、手榴弾を付けたロケットを発射して、それを相手に打ち込もうと考えた。だが、これがうまくいかない。当然のことながら、まっすぐ飛ばないのだ。当たり前である。空力学の複雑な計算式を行った上に、精度の高い工作が必要なのだ。
二日目の午後、俺は解決策を出した。精度よくロケットを飛ばすのはあきらめる。代わりに、手榴弾を時限式の爆弾に。発射については、とりあえず前に飛ぶくらいの装置を作って、調整をすることにした。発射後、決まった時間に爆発するように仕込めば、まるで魔法を撃ったかのようにみせることができる。
二日目の日が暮れる前に、俺は五回目の実験に成功した。
時限式の弾頭を持った、腕に仕込めるタイプの発射装置を作り上げたのである。
決戦の時が来た。
運動場に、俺と兄、対するようにしてダドリーが立っていた。
そして運動場の外にはたくさんのギャラリーが集まっていた。思ったよりも大ごとになっているではないか。俺は思わず小声で兄に聞いてしまった。
「決闘って、こんなに人気出るもの?」
「まぁ、『規格外』のお前が戦うからじゃね?」
兄はとぼけるように小声で返した。
ダドリーは先ほどから、俺のことを見ていない。彼はじっと兄の様子を見ていた。そう、ダドリーにとって俺との戦いは簡単に取れる前哨戦。問題は兄との方で、彼の戦いぶりによっては、ハンナ先輩だけではなく、この学校での名声を得ることができるかもしれないのだ。
そんな視線に、兄は気づいているのかいないのか、さて頃合いだ、とでもいうように、俺とダドリーとを交互に見ながら言った。
「じゃあ、そろそろ『訓練』を始めるか。まずは、カラトとダドリーの対戦だ。二人ともがんばれよ」
兄はそう言うと、運動所の外へ、走っていった。
その様子を見て、ギャラリーたちが色めき立つ。
ふいに、ダドリーが両手を広げて大声で言った。
「さて、これから、俺たちは戦うわけだが……先攻は君に譲ろう。どこからでも、好きなタイミングで始めたまえ。対戦よろしく!!」
いいぞー! ダドリー! 外野からそんな声がかかり、ギャラリーはいっせいに盛り上がる。
「わかりました……対戦よろしくお願いします」
俺は静かに、戦いの始まりを宣言した。そして、発射装置と爆弾を仕込んだ右腕をダドリーに向ける。
俺の作戦はとってもシンプルだ。できもしないちょっと大きめの火力の魔法を詠唱しながら、とりあえずダドリーに向けて、爆弾を発射する。これは当たっても当たらなくても構わない。とりあえず前に撃った爆弾は時限式で、ちょうどダドリーに届くか届かないかくらいのところで爆発するよう計算されている。
そして打った瞬間、爆発と共に、俺は力尽きたように地面に倒れる。これは魔力の過剰使用で体調不良になるという演技だ。こういうことは、時々あることらしい。
爆弾によって、かなり大きな爆風をまき散らして、俺が倒れこめば、決闘はそこで終了。俺は大きなポテンシャルを秘めていることを大々的に宣伝し、メンツを守る。ダドリーは見せ場なしで兄との対決となる。
俺の作戦は、完璧だった。その作戦を遂行できるだけの、行動力も、俺には備わっていた。
足りなかったのは、俺の学力だ。
どうやら計算違いしていたらしい。具体的に言えば桁違い。
俺の爆弾は、計画していた十倍の火力を積んでいた。
俺の右手から発射された爆弾は、計画通り、ダドリーの近くまでいったところで起爆し……計画の十倍の破壊力で、ダドリーを吹き飛ばした挙句、運動場に大きなクレータを作った。
ギャラリーは唖然とし、俺は爆風に巻き込まれるようにして、その場にへたり込んでしまった。
その後、俺はいったん保健室に、ダドリーと一緒に連行をされた後、教師から注意を受けた。
ダドリーは無事だった。防護服が耐久値を超え、ぶっ壊れてしまったが、本人は無傷で済んだのだ。ダドリーと俺は一緒に怒られ、防護服を折半して弁償することになった。
その後、俺は兄を学校に残して屋敷に帰された。
母やら姉やらに心配され、俺は仕方なくベッドに一時撤退。人目を見計らって、書斎に父の本を返し、右腕につけたままの発射装置や、爆弾作りの痕跡などを隠滅して、ベッドに戻った。
ベッドに戻って、目を瞑ると、今日の光景が思い出される。
あのギャラリーの中に、教師はいただろうか。魔法にたけた先輩はいただろうか。下手をしたら、その内の誰かに、俺が道具を使って対決をしたことがばれたかもしれない。
じわじわと、そんな思いに苛まされ、俺は目の前が真っ暗になるような感じがした。
しばらく、本当に眠ってしまったらしい。俺は、トントンとドアをノックする音で、ベッドから起きた。
「どうぞ」
声をかけると、俺の部屋に、勝負に付き合ってくれたサイト兄と、今は終活をしているはずの長男のハルトが、にこにこ笑顔で部屋に入って来た。
「兄さんたち、どうしたの?」
俺は二人のにこにこ顔の表情の意味が解らず、思わずそう声をかける。
二人の兄はにんまりと笑うと、俺のベッドの上に札束をポンと置いた。
「すげえだろ、ぜんぶで三五〇〇サパあるんだぜ」
サイト兄がにやにやしながら言う。
「いったいどうしたの、サイト兄さん」
俺が戸惑いながら聞くと、サイト兄が得意げに言った。
「今日のお前の勝負の賭けでね」
俺が大体の意味を察して絶句する中、サイト兄が得意げに説明する。
「いやね。お前がダドリーにケンカ吹っ掛けられているのを見た時、ふと、霊感がささやいてな。お前のケツを持つように、名乗り出てみたんだ。
するとどうだ。周りのやつら、俺にも聞こえるような声でこうささやきだした。『兄貴が出てきたってことは、規格外フェイケンも大したことないようだな』ってな。
だが、俺はお前の魔力量がぶっ飛んだもので、ダドリーなんかに遅れとらないことはよーく知っている。となるとまぁ、俺の凡庸な脳味噌も金のにおいを感じ取って、我が敬愛する兄、ハルト兄様に相談しに行ったわけよ。賭博の開催のやり方をな」
得意げなサイト兄の後を引き継ぐように、ハルト兄が説明をつづけた。
「卒業試験を控えて大人しく寮で引きこもっていた俺に、サイトがそんなふうな面白い話をしてくれてな。俺は父さまから教わった金銭テクニックを駆使して、学生を対象に闇賭博を開催したわけだ。裏から賭けを開催して、たくさんの学生が賭けるように宣伝、なおかつダドリーが余裕でカラトに勝つ、という風説が飛ぶようにする工作、いやはや、サイトと一緒に働いても、忙しい三日間だった」
俺は息を止めるほど絶句した挙句、それはそれは大きなため息をついた。
「兄さん……もう、何やってんだよ、ほんと」
「まぁまぁ、そう怒るなって」
サイト兄が慰めるように言う。
「俺とハルト兄さまが稼いだこの三五〇〇サパ。最大の功労者のお前に、二〇〇〇サパほどやろう。残りはハルト兄さまと俺とでひもじく分け合うさ……」
その時だった。
ドン! と大きな音がしてドアが開けられた。
「すべて話は聞かせてもらったわ、この馬鹿息子ども!!」
稲妻のような怒声に二人の兄はびくりとする。
ドアの向こうから、堪忍袋の緒が切れた母と、怒りの表情の姉が飛び込んできた。
「ち、違うのです母上!!」
ハルト兄がオオカミ狽しながら言う、
「これは賭けではなく商売といいますか……」
「弟を売る商売がありますか!」
ハルト兄は母に連行されていった。サイト兄も姉に弁解をする。
「こ、これは弟の実力を信じた私たちの得たお金。つまり兄弟愛の結晶であり……」
「んなわけあるかぁ! このアホ!」
最近、婚活がうまくいかず、とげとげしくなった姉が、サイト兄を連行した。
俺の部屋には、三五〇〇サパと、嵐の後の静寂が残された。
俺はため息をついて言う。
「これで一件落着かな……」
「そんなわけないだろう。この愚息!」
俺はぎょっとする。
顔を真っ赤にした父親が半開きになったドアから飛び込んで、バタンと閉めた後、俺のいるベッドまでどかどかとやって来た。
俺は、父に慌てて言い訳を始める。
「いえですねお父さま。その……なりふり構わずやった結果です。つまりですね……」
「ふん! 大方、貴様は爆弾を使って、ダドリーなる学生を吹き飛ばしたんだろう」
「はい……その、すみません」
父はため息をつくと、目に怒りの炎を宿しながらこう言った。
「まったく。まあいい。よくはないが、それが一番の問題ではない。一番の問題は……」
「なんです?」
「値段だ」
父はそう言うと大きく振りかぶって、魔法を帯びた拳で俺を思いっきり殴りつけた。俺は窓まで吹っ飛ばされて体を叩きつけられる。父は部屋の外まで響くんじゃないかという声で、俺を怒鳴り始めた。
「お前、魔石一個いくらすると思ってんだ! 一六〇サパだぞ(昔は今の二倍くらいの値段したのだ)ええ!? それをお前、私の部屋から二十個もとった挙句、使い果たしただろう。三二〇〇サパ、どうしてくれる!」
俺は慌てて悪い兄たちが稼ぎ出した三五〇〇サパを父に差し出した。
「お父様、これを。私のなりふり構わずの結晶です」
「足らんわ馬鹿者!」
父は俺の差し出した三五〇〇サパをひったくりながらも、俺を怒鳴りつける。
「お前、防護服を吹き飛ばしたことを忘れたんじゃないだろうな! あれ一着で、一〇万サパだぞ!」
「あ……え……?」
思わず間抜けな声を出してしまった俺に、父は頭を抱えながら怒鳴りつける。
「半額の支払いで、我が家から五万サパの出費だ、畜生。せっかくマリーの婚約が進んでいたのに……」
「え、姉様の結婚……?」
俺が思わぬ新情報に絶句する。姉の結婚がうまくいかないと聞いていたが、まさか……。
「ああ、そうさ! 持参金でな!」
父は身もふたもないことを叫んだ。
「庭園の手入れも、屋敷の改修も、町の祭りの協賛費も、恥を忍んで少しですませたというのに……」
父はがっくりとうなだれ、俺は申し訳なさで、身を縮こませた。
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