3.学校にて
【カラト=フェイケン】
魔力測定で、測定器をぶっ壊した奴がいる。
我ながら、短文のくせに、妙なインパクトがある。学園に通う、お年頃の少年少女が、このフレーズに大いに感化されたのは造像に難くない。
魔力測定が終わった数日後、俺とクラスメイト達は、学校が開くパーティーに参加することになっていた。
貴族として魔法を学ぶ、偉大な門出。少年少女たちには不釣り合いなほどの、豪華な食事が立食形式で用意された会場で、クラスメイト達は気おくれしそうになりながら、パーティーに参加をしていた。
パーティーのクライマックスで、上級生たちが特別ゲストとしてやってきた。学校側に選抜された彼らは、舞台上で、見事に調整された美しい魔法を披露して見せた。
上級生たちのエキシビションに見とれるクラスメイトの輪から少し離れて、俺はやりきれない思いで舞台を眺めていた。
本来、俺はここにいるべきじゃない。このパーティーは魔法が使える人が、魔法を習うことを認められて、参加することを許されているのだ。
そう思うたびに、俺は周りのクラスメイト達が、違う次元にいるような気がしてならなかった。無力さと、後ろめたさが入り混じった感情が、胸の奥底で焦げ付くような感じがした。
その時だった。
ポン、と唐突に後ろから肩を叩かれた。首をひねって振り向くと、頬にふにっとした感覚が走った。
「たそがれてるねぇ」
俺の頬をつつきながら、その人は柔らかい声でそう言ってにこりと笑った。
初めて見る女の人だ。俺と同じくらいの背で、学園の制服を着ていた。
「えと……先輩、ですよね」
「うん。そうだね。私は君の先輩。さっきまで舞台で魔法を見せていたんだけど、見てくれてたかな?」
俺は、ぼんやりとみていた先輩たちのエキシビションの中で、水を変幻自在に操り、アートを作った人がいたのを思い出した。
俺がはい、と言って頷くと、先輩はおかしそうに、
「ほんとぉ? 君ってば、さっきからずっとぼんやりとしているじゃない。心配になっちゃったよ」
俺は、慌てて首を振った。
「ち、ちゃんと見てましたよ? 水を宙に引き上げながら、少なくとも四回のベクトル付与を行ったんですよね?」
俺がそう言うと、その人は目を丸くした。
「すごいね、君。おうちで習ったのかい?」
「いえ、ひとりです。父の書斎に本がいっぱいありましたから」
俺の言葉を聞いて、先輩は不思議そうな目で俺を見ていた。と、ふいにからりと笑って、俺の頭をポンとたたいた。
「魔法はね、君が思っているよりも、ずっと奥深くて、ずっと素敵なものなんだよ。きっと君を飽きさせない。もし、今みたいに、君が詰まらないような気分になったら、私のところにおいで。いろんなことを教えてあげる」
そこまで言うと「じゃあまたね」と先輩は俺に背を向けて、人だかりの中に溶けて行ってしまった。
不思議と、俺の心の中の、焦げ付いたような気持ちが解けていくような気がした。
パーティーが終わり、俺は馬車で屋敷に戻ることになった。ちょうど授業が終わった次男のサイト兄が同乗していた。
馬車から流れる景色を見ながら、俺が物思いにふけっていると、サイト兄がにやにやしながら、俺に話しかけてきた。
「ハンナと仲良くなれてよかったなぁ、カラト」
なぜかよくわからないが、サイト兄の言うハンナというのが会場で会った女の先輩のことだと、俺はすぐに分かった。
「へ、へぇー。あの先輩、ハンナって言うんだ。フーン」
俺がわざと興味ないふりをしてそう返すと、なぜかサイト兄はけらけらと笑った。俺がなぜ笑われたのかよくわからず、戸惑ってしまったが、サイト兄は構わず、ハンナ先輩のことを話してくれた。
「ハンナはお前の二つ上のやつだよ。すごくいい子だぞ。話しやすくて、朗らかで明るいくせに、男友達みたいにフランクだし」
サイト兄のセリフを聞いて、俺は、なるほど納得、というような気分になった。
今思えば、これが俺の人生初のギャップ萌えという奴だったのだろう。ふんわり明るい茶髪を肩につかないくらいの短さにして、まるで男の先輩のような口調を、柔らかい暖かな声で、小さくて果物のような唇から紡ぎだす。時折笑みを浮かべるとき、頬を赤く染め、少し幼いようなイメージを受ける。
馬車の中で、俺はハンナ先輩のことを思い出し、顔が赤くなっていくのが自分でもわかるほどだった。サイト兄がにやにやしている。
俺は、「今日は暑いなー」とか何とか言いながらごまかすことにした。サイト兄は腿をつねって、笑うのをこらえるようにしながら、俺にアドバイスをした。
「ハンナは本当にいいやつだ。仲良くなって損はないぜ」
「……兄さんがそう言うなら」
俺はそう言って顔をパタパタと手で仰いだ。とうとうサイト兄は吹き出した。
そんなこんなで、俺の学園生活は始まった。
授業が始まったばかりの、ある休み時間。
俺が周囲の好奇の目線にさらされながら、廊下を歩いていると、突然、一度聴いたら忘れない、あの声が聞こえた。
「おいおいおいおい、『規格外』のカラト=フェイケン君ていうのは、君のことだったのか!」
振り向くと、ハンナ先輩が俺に手を振って、すごい勢いでこちらに向かってくるところだった。
「ええ、まぁ」
再開の挨拶もそこそこに、俺は煮え切らないような返事をした。そして、ごまかすように、
「とはいっても、魔法はあまり使っちゃいけないみたいです。どうやら体が魔法になじんでいないと」
と付け加えた。実際、俺は魔力をあまり使わないようにと、教員に釘を刺されていたのだ。
「そっか」
先輩は短く答えた。
「はい。だから、なるだけ座学の方でいい成績修めないと……」
そう言ったとたん、先輩の顔が晴れやかになった。
「だったら、私が教えてあげよう」
「え?」
「大丈夫だよ。こう見えても、私学年十位だし。教えるのにも結構自信があるんだよね」
先輩に申し訳ないと思って、俺は慌てて、
「だ、大丈夫ですよ、先輩のお手を煩わせるわけには……」
と言いかけたが、
「決まり!」
とハンナ先輩はぴしゃりと言った。
「今日から放課後、図書室においで。そこでいろいろ教えてあげるから! じゃあ、またね!」
ハンナ先輩はポンと俺の肩を叩くと、くるりと回ってどこかへ行ってしまった。
あっけにとられてしまう俺に、どこから見ていたのだろう。いつの間にか背後から兄ひょっこり現れて、呆れたように言った。
「カラト。お前すげえやつだな」
「兄さん」
俺は、兄に助けを求めるように聞いた。
「どうしよう。俺、何もしてないのにハンナ先輩と仲良くなっちゃってるみたいなんだけど!」
「そうだな、カラト、一発殴らせてくれ」
「なんでさ!」
兄はあきれたような様子から、投げやりな様子になった。
「はぁーあ。何にもしなくても女の子と仲良くなれんなら、もうそのまま流されていきゃあいんじゃないですかねぇ」
「いじわる言わないでくれよ、兄さん!」
俺は、すがるように兄に言った。
兄は一つため息をつくと、少しまじめなアドバイスをしてくれた。
「いいか? ここまでのお前は、確かにとても順調にやっている。だが、もしここで問題が発生するとならば、ハンナがお前のことを、かわいい後輩、つまりはペットのような印象を持っている可能性があるということだ。その場合、仮にお前がなけなしの勇気を絞って告白をしたとしても、『え……わたし、君のこと、良い子だとは思うけど、恋人とは……ちょっと違うかな、うん。あ、でも君は誠実な子だから、私よりいい子とすぐに付き合えるよ』という返事で終わる。だから、な」
兄は、ものすごい実感のこもったセリフで俺に言った。
「絶対に状況に甘えるようなことはするなよ。さりげなく、自分が相手に気があるようなアピールをするんだ。もしマンネリしたような気がしたら、すぐに行動を起こせ。いいな?」
「わかったよ、兄さん」
俺はなぜか涙目になっている兄に、ストンと頷いた。
それからというもの、俺はハンナ先輩と、同じ時間を過ごすことが多くなった。放課後になると、約束していた待ち合わせの場所に、俺は走る。
「おっすー。授業終わったかい?」
走ってくる俺を、そんな言葉で先輩が出迎えてくれる。先輩は、大体俺よりも早く、待ち合わせ場所にいる。
「はい、おそくなりました」
俺はいつも、そんなふうな下手な言葉をかけながら、先輩に挨拶する。
先輩は、良いのよ、とかそんな言葉をかけながら、いざなうように、図書室に入っていく。
ハンナ先輩は、確かに優秀な先輩だった。俺が授業で新しい分野に入ったときなど、目を輝かせて教えてくれたものだ。教えるのがもとより好きなのだろう。
俺は、ハンナ先輩にいいところを見せたくて、張り切って勉強をした。ハンナ先輩が驚くような顔が見たかったのだ。俺の学力はどんどん伸びていった。
「すごいねぇ、カラト君」
そんな俺に、ハンナ先輩は思わず戸惑うような表情で俺をほめてくれた。
そんな日々が続いた、ある日のこと。
その日、馬車に乗って学校から屋敷に戻る道中、ぼんやりと車窓を眺めていると、なにかしら、威圧するような声と、それをなだめるような声が聞こえた。なだめるような声の方が、ハンナ先輩のものだと気づいた俺は、思わず馬車から身を乗り出す。
ハンナ先輩は、男の先輩と向かい合っていた。その男の先輩のことを、俺はなんとなく知っていた。聞いたところによると、彼はハンナ先輩の幼馴染らしい。かなり苛ついている様子の男の先輩を、ハンナ先輩は困ったような顔でなだめていた。
次の日。いつもの勉強会の待ち合わせは、俺のほうが早かった。
「ごめんごめん」
ハンナ先輩は遠くの方から走ってくるようにやってきて、俺にこう、声をかけた。
「いえ、大丈夫ですよ。むしろ、いつも待たせてしまっているので……」
その時だった。遠くの方から、昨日、ハンナ先輩に突っかかっていた奴が、俺とハンナ先輩のことを見ていた。俺はそいつのことを一睨みして、先輩に声をかけた。
「じゃあ、入りましょうか、先輩」
「え、あ、うん」
俺は少々強引に、先輩と図書館に入った。
遠くの方で、例の男が真っ青な顔で、俺のことを睨んでいた。
次の日の放課後のことである。
俺は廊下でぐいと肩をつかまれた。
振り払うようにして、肩をつかんできた主を睨む。
やはり、そいつは例の男だった。
「やぁ、『規格外』フェイケン君」
そいつは俺に威圧をするように、そう、言葉をかけた。
「初めまして、先輩」
俺も負けじと固い声を上げる。
「何か御用ですか」
先輩は俺の言い草がカンに障ったらしい。俺にもわかりやすいくらいに顔を曇らせると、張り付けたような笑みを浮かべて言った。
「いやね。一先輩として、君に稽古をつけようか、と思ってね。実戦形式で」
「は……?」
俺は絶句した。
先輩の言いたいことはよくわかった。稽古というのはただの名目で、俺に焼きを入れてやろうと思っているのだろう。
学園では、防護服を付けた状態での、魔法を使った戦闘訓練というのは認められていた。防護服は、体から魔力を通すことで効果を発揮するタイプのものだ。攻撃を受け続け、使用者の魔力が尽きたら、戦闘終了。敗戦となる。
これさえ着ていれば、学生レベルなら、どんな無茶をやってもけがをすることはない。なので、なにかのケジメをつける際に、訓練と称した決闘で学生がケリをつけることが、暗黙の了解として認められていた。
なお、これは魔力を持つ学生に限った話である。
そう。魔力がゼロの俺がこの服を着たところでただの服である。
もし決闘に持ち込まれたら、確実に死ぬ。
真っ青になった俺を見て、男は得意げな顔になった。
「ん、どうする? 辞退する? フェイケン君。君、思ったより女々しい奴なんだねぇ」
……俺は、思わずこの男に殴り掛かりそうになった。
こんな奴がハンナ先輩にちょっかいをかけていると思うと、吐き気を催した。だが、魔力がゼロの俺には、こいつに目に物を見せてやることも、せいぜいひっかいてやることもできない。
そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけて、人がわらわらとよってくる。『規格外』フェイケンが先輩と張り合っていると、周りから囃子声まで聞こえてくる始末。俺は身動きが取れなくなってしまう。
その時だった。
「話は聞かせてもらった!!」
さっそうと響く聞きなれた声。
「その勝負、私も加勢させてもらおう!」
「誰だ、てめ……いや、どなたです?」
毒気を抜かれた様子の男。声の主は、俺の背後にすっくと立つと、はきはきした声で名乗った。
「私の名前はサイト=フェイケン。我が愚弟、カラト=フェイケンの兄である!!」
兄貴! 俺は思わず快哉の声を上げそうになった。サイト兄は俺のピンチを察して、駆け付けてくれたのだ。
「あ、どうも……ダドリーです。いや、ええと」
先ほどまで俺に絡んでいた男――ダドリーの方は、明らかに狼狽している。サイト兄の方がダドリーよりも学園が上だからだ。戦闘能力も兄の方が高い。
いいぞ、兄貴、そのままこの決闘をうやむやにしてくれ! 俺は心の中でガッツポーズをしながら、サイト兄に希望を託した。
だが、兄は何を考えたのか、ニヤリと笑うと、こう、言った。
「まず初めに、カラトと、ダドリー君の勝負といこう。その次に、勝ち残ったダドリー君と、私が勝負をする、というのはどうだろうか」
え……俺は思わず絶句をしてしまった。何を言っているんだこの兄は。勝負を回避してくれるんじゃなかったのか。
「まぁ、良いでしょう。三日後に……」
ダドリーが兄の案に了承した。なんてこった。ダドリーは兄に負けてでも、俺に一泡吹かせたいらしい。
「では、こうしよう。三日後、運動場にて、三人で訓練。うむ。楽しみにしているぞ!」
では戻ろうか、我が弟よ。兄はそう言いながら、くるりと背中を向けて、その場から離れる。俺は兄の後を追うように、一応ダドリーに一礼して、その場から逃げるように去った。
ふと、遠くの方でハンナ先輩がこちらを見ているのに気が付いた。ハンナ先輩は俺が目をそらすよりも先に、俺から目をそらした。
それから数分後、俺と兄は馬車に乗って屋敷へと戻っていく。
馬車の中で向かい合って座る俺は、兄に、ひとまず謝ることにした。
「ごめん、兄さん。面倒事に巻き込んでしまって」
兄は器用に片眉を上げると、にんまりと笑って言った。
「いや、いいんだいいんだ。どうせハンナがらみのいざこざだろう?」
多分。と俺が頷くと、兄はニッと笑って言った。
「いいかカラト。この勝負は、いわゆる女の取り合いという奴で、ダドリーの言い分は、『俺の目をつけていた女に手を出すな』ということだろう。まぁ、これについては仕方がない。事故みたいなもんさ。
いくらお前がバカ高い魔力を持っているからと言って、学年違いのダドリーには勝てん。だが、メンツだけは守れ……具体的に言えば、せめて惜敗……いや、少しぎょっとさせるくらいでいい」
兄は目をつぶりながら、考えるようにして言った。
「おそらくダドリーは、先攻をお前に譲る。お前の攻撃を難なく受け止めた後、瞬殺をする、という感じだろう。じゃないとダドリーのメンツが持たない。
だから、お前は少なくとも、完璧に受けられたうえでの瞬殺だけは回避するんだ。それだけで、逆にダドリーのメンツは保ちづらくなる。そして、満を持して、俺がダドリーを瞬殺する。するとどうだ。ダドリーにはハンナに声をかけるほどのメンツはなくなり、フェイケン家としてもメンツが守れ、ハンナはお前と付き合う」
兄はキメ顔になっていった。
「カラト、俺はいつかお前にこう言ったな……『女との付き合いの中で、行動を起こすべき時がある』と……今がその時だ!」
兄はそこまで言うと、急に馬車を止めて、ひらりと地面に降りた。
「兄さん、どこに行くの?」
「野暮用だ。数日家を留守にして、勝負の日には帰ってくる。カラトは家で戦闘魔法の勉強でもしていたまえ」
兄はそう言うと、どこかへ消えてしまった。
最悪だ。俺は走り始めた馬車の中で、頭を抱えてしまった。兄に実は魔力がないことを打ち明けようとしたが、その機会をも失ってしまった。
瞬殺だけはされるな――兄は俺にそう言った。だが、同じ瞬殺にしても、俺の目の前で待ち受けているのは、命を失うほうの瞬殺だった。
俺は一人、到着した馬車から屋敷へ、死人のようにふらふらと戻っていく。
本当に気分は死人の様だった。今なら医者に見せても病気と判断されるに違いない。何なら決闘の日は、うまい具合に病気を口実に逃げてやろうか。だが、それでは、ハンナ先輩があの男の手に落ちる……。
救いを求めるように、俺は父の書斎まで歩いて行った。だが、ドアが半開きになって明かりのついていない書斎を見て、俺は、父がちょうど出張に行っていたことを思い出した。
ため息をついて自分の部屋に戻ろうとしたときに、書斎の本棚にある一冊の本が視界の端に留まった――『魔方陣・装置の基礎と展開 熱・爆発編』。
俺は吸い寄せられるように、父の書斎に入った。
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