3.魔力なしの家庭教師

 【カラト=フェイケン】

 俺は、日の沈んだ薄闇の中、サリーと戦った荒れ地で、使わなかった遠隔式爆弾を掘り返す作業を始めた。

 オオカミ譲りの嗅覚で、仕掛けた爆弾の位置に、ぜんぶ印をつけてくれたワウは、俺の横で、楽しそうに、その作業を見ている。可能性は低いが、何かのはずみで爆発するかもしれないので、爆弾を掘り返すのは俺がやるのだ。

 神経を使うが、単調な仕事が続き、俺は何とはなしに今日のことを思い返していた。

「『うちの娘、女のくせに、魔法にこっちゃって……』」

 そんなことを、夫人は俺に言った。よき妻となり、夫と共に生涯を生きる。そんな人生観の夫人から見れば、サリーの魔法のセンスは、きっと要らないものなのだろう。

 夫人の言葉を思い出すたび、俺はなんだかやるせない気持ちになった。もし、サリーほどのセンスが、俺にもあったなら、なんて。世の中うまくいかないもんだ。

 だが、夫人の思惑がどうであれ、サリーはきっと、とんでもない魔法使いになるだろう。

 もし、そうなったら、サリーはどんな目にあうだろうか。先輩の魔法使いにいじめられて不幸になるだろうか。では、サリーがさらにさらにすごい魔法使いになったら……ほかの魔法使いがひざを折るほどの魔法使いになったら、それこそ国を揺るがすほどの魔法使いになったら……。

「ごしゅじん、なにかいいことあったの?」

 ワウが突然、こう話しかけてきた。

「ん? ああ、今俺、笑ってたか?」

「うん!」

 俺の問いに、ワウは嬉しそうに答えた。

「すっごくたのしそうだったよ!」

「そっか」

 俺はつい、顔をほころばせながら、ワウに言った。

「変なことを考えてたんだ。天才少女を俺好みに育てることができたら、なんてね。あ、変な意味ではなく」

「うーん」

 ワウは難しそうな顔をした。

「ごしゅじんのいうことは、ときどきむずかしい」

「そうかもな」

 そんなことを言っているうちに、俺はぜんぶの遠隔起動式の爆弾を掘り出した。

 爆弾はその場で解体する。と言っても、爆弾のフレームから、魔石を取り外すだけだ。

 爆弾のフレームは、持ち運ぶのもあれなので、一旦どこかに隠して、別の機会に闇鍛冶師のヘヴィースミスに渡しに行く。魔石は回収して、売るか、そのまま持って帰る。

 爆弾のフレームを、近くの森の茂みに掘った穴に埋めて俺は、ワウに声をかけた。

「よし、今日の作業は終わりだ、ワウ」

「おお! おつかれさまだね、ごしゅじん!」

 ワウはそう言って諸手を挙げた。

 俺は、懐から封筒を取り出した。残金は二一〇〇サパ。ここから、ワウへの給料を出さなければいけない。

「じゃあ、ワウ。今からお金を払うが……」

 俺がそう話しかけると、ワウは少し寂しそうな顔になった。

 いつものことだ。俺は、仕方がないな、と言うふうにため息をついて、封筒をしまった。

「そうだな、今日のところは現物支給と行こうか」

「ほんと! やったぁ! 一緒にご飯だね!」

 ワウは嬉しそうにしっぽを振る。

 月明かりの中を俺とワウは、町へ向かって歩く。

 町は先ほどとは変わって、朗らかな雰囲気で出迎えてくれた。魔力ランプをともしたり、ロウソクをたてたりできる余裕のある食堂が、この時間は開いている。

 ほんのりと明るい町を、俺とワウは歩く。ふと、途中で、魚の看板のかかった店を見つけた。看板の前で、穏やかな声で店員が呼び込みをしていた。

「本日、生きの良い鮭が入りました。鮭のムニエル、一〇サパからのご提供でーす」

 俺とワウは、顔を見合わせた。

「魚でいいか?」

「だいこうぶつです!」

「よし、じゃあ、入ろうか」

 俺とワウは、朗らかな明かりにいざなわれるように、店に入っていった。

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