2.カラト=フェイケン視点で、サリーとの戦いを振り返る

【カラト=フェイケン】

 二週間前のこと。

 俺は勤めている鉱石学研究室あてに、一通の手紙が届いているのを見つけた。

 送り主は、アンライン伯爵とその夫人。なんでも娘が優秀すぎて、魔法を教える先生がいないのだという。 

「サリー=アンラインお嬢様か」

 俺が研究室でつぶやくと、

「どうしたカラト。まさか、アンライン家の戦闘姫にカテキョの依頼か」

 と、研究仲間のラントンが話しかけてきた。俺がラントンに、

「そう、カテキョの依頼だが?」

 と返すと、

「そうか。質屋から喪服引っ張り出さなきゃな」

 とラントン。

「いったいどういうことなんだ?」

 と、俺が聞き返すと、ラントンはニヤリと笑って、俺を驚かせるようにして言った。

「サリー=アンラインには今まで二人の家庭教師がついたことがあるんだがね」

「おう」

「二人とも初日で地面に埋まったらしい」

「は?」

「で、お前が三人目ってわけ」

「は?」

「で、俺は喪服を用意するってわけ」

「は?」

 ……ラントンの話ではこうだ。サリー=アンラインは、アンライン家の生んだ天才令嬢で、特に魔力の扱いに長じているらしい。本人もそれを知っていて、それをひけらかし気味で、彼女の通う学園の先生たちは、逆に頭を抱えるほどだそうだ。心配した彼女の家族は、天狗になった娘を何とかぎゃふんといわせて、おしとやかな淑女にしようと考えた挙句、家庭教師を雇ったが、なんとその家庭教師が、タイマンを仕掛けて返り討ちに遭うという結果に終わったらしい。地面に埋まって。

「なるほど、そんなこんなで、俺のところにカテキョの依頼が来たわけか」

「そういうこったろうな」

 ラントンはうんうんと頷くと、ニヤリと笑みを浮かべた。

「ま、カラト先生はこの国一の家庭教師様だからな。生意気なご令嬢なんかに負けるわけないだろう? ん?」

「あ、ああもちろん」

 俺はひきつった笑みを浮かべながら、上の空で返事をした。

 

 ラントンからかうように言ったが、俺はたしかに世間から、この国一の家庭教師という評判があった。おかげで俺は、自立しつつ、自由な生活を送っている。

 いまさらこの評判を落としたくはない。

 そこから二週間。俺は死ぬ気で準備を始めた。

 まず初めに、とにかくサリー=アンラインの情報を集めまくった。幸運なことに、サリー=アンラインの評判は、結構有名であったため、三日で大体のことが分かった。情報をもとに綿密な作戦を立てた後、俺はアンライン家に家庭教師を引き受ける手紙を書いた。

 そして俺は行動を開始する。

 まず初めにミス・マイザーに、癪なことだが、無担保で六〇〇〇サパを借り入れた。次に、今度は真っ当な店に行き、魔石を購入する。

 魔石と言うのは、魔力のこもったエネルギーの塊のようなもので、これを利用すれば、人の手を使わずに、明かりをともし続けたり、爆弾を作ったりということが可能になる。何よりも、使用者に魔力がなくとも魔法を扱うことができるのがこの石の素晴らしいところだ。

 俺は純正品の魔石を、五〇個、合計四〇〇〇サパで購入した。

 魔石を買い込んだ俺は、真っ当じゃない鍛冶屋、ヘヴィースミスの店の扉をたたいた。一二〇〇サパの前金を払い、魔石を使用した、遠隔操作で起動する爆弾を五〇個制作してもらう。

 数日後、ヘヴィースミスは、五〇個の遠隔起動式の爆弾を作り上げた。

全ての準備が整ったと判断した俺は、俺はすぐさま、ワウを呼んだ。

 五〇個の爆弾を抱えて、俺とワウは、アンライン家の近くにある荒れ地に足を運んだ。サリー=アンラインにタイマンで叩きのめされた家庭教師は、皆ここでサリーと戦ったという情報を手にしていたからだ。

 そして、俺とワウは、穴を掘って、遠隔作動式の爆弾を、戦いの場となる荒れ地に四〇個仕掛けた。残りの一〇個は、荒れ地の近くにある崖に。オオカミの獣人であるサリーが身軽に崖によじ登り、すべて仕掛けることに成功した。

 

 そして、サリー=アンラインに遭う当日を迎える。

 いや、まったく、サリー=アンラインは、本当に規格外な娘だった。

「初めまして、サリー様」

 初顔合わせの時、俺は自他ともに認める、まじめさを残すイケメンフェイスに笑顔を見せて、サリーをほだそうとした。

「初めまして、お名前はお聞きしております。フェイケン先生」

高圧的な感じがあるが、サリーは少なくとも、俺に悪いイメージを持たなかったようだ。何とかなるかな、と俺が考えた、その瞬間だった。

サリーは俺のティーカップにチョンと触れると、俺の紅茶を突沸させたのだ。

――待て待て待て待て! 聞いてないぞ、こんな化け物。ちょい冷め切った紅茶を触れただけで沸騰とか、どんなエネルギー譲渡したんだよこの娘! 

 心の中のリトル・カラトがちびりそうになりながらそう叫ぶ中、表情を一切崩さなかった俺を誰かほめてほしい。

「おや、見事なものですね。瞬間で紅茶の温度を沸点までもっていきましたか。かなり勉強しておられる」

 そう言って見せた俺を、サリーは意外そうな顔で見ていた。

 そう、強い魔力の持ち主と言えど、サリーはまだ子供なのだ。思ったことが顔に出てしまう程度には、子供なのだ。

 ならば見せてやろう。大人の空威張りと言う奴を。

 俺はサリーを挑発するため、ティーカップの上に手をかざした。

 そして、ティーカップの上で、ボォッと炎を出してみせた。

 液体である水は、火をつけても燃えることはない。水が水である限り、温度は一〇〇度以上には上がらない。だが、水が気体となり、水蒸気となると、炎を上げて燃やすことができる。俺がやって見せたのは、ティーカップに立ち上る水蒸気の燃焼……と言うのが建前。実際は左腕の袖に隠した木炭のカスを、紅茶の上に振りまきながら、小粒の魔石で発火させて炎を出しただけなのだが。

 だが、サリーお嬢様は、ものの見事につられた。

 こうして俺は、サリーを俺の遠隔起動式爆弾の大量に仕掛けられた荒れ地に誘導したのである。


「着替えなくてよろしいんですの?」

 サリーはそう、俺に声をかける。

「ええ。大丈夫です。そんなに長い手間はかけませんから」

 俺は余裕ぶってそう言って見せた。だが実を言えば、俺が着込んでいる服には、大量の防御魔法があらかじめ仕込まれている。いわゆる防護服みたいなもので、脱がないのではなくて、脱げないのだ。

 だが、たびたび続く俺の挑発に、サリーお嬢様の目つきが変わる。おー、こわ。俺の右腕の袖に仕込まれている遠隔起動式の爆弾のスイッチが手の汗でぬれ始めた。

「対戦よろしくお願いします。いつでもどうぞ(頼むから本気でこないで)」

 俺は、がたつきそうになる足に力をこめて、サリーと相対して、戦いの準備ができたことを宣言する。俺の心の中の儚い願いもむなしく、サリーは一つ深く息を吐いた。はた目から見ても、年齢不相応の集中力を高めているのが分かる。

「……はい。対戦よろしくお願いします」

 そう言った刹那、サリーはいきなり魔法を発動した。

「『風地術、礫風』!」

 あっ、と俺が声を上げる間もなく、俺は、石や砂の波に飲み込まれる。無数の礫は、一つ一つがスズメバチのように、俺の体に突き刺さった。

「おや、見事ですねぇ(痛ったいたイタタ、いい痛……!)」

 俺は心の中の叫びをこらえながら、サリーに必死で、静かに話しかけた。

「今サリー様がやられたように、実際の魔術師の戦闘では初手で相手のけん制と視界を奪う『礫風』を使うのですよ(学生のくせに、なんて戦法とってやがるんだよこの娘! てか痛った、痛! あ、やばい。もうやばい。肌の感覚亡くなって来た)」

 何とか余裕をかまして、賛辞を述べて見せたが、もう、正直耐えられそうにない。と言うか、いつ止むのこの礫の嵐。

 先ほども言ったように、俺の今着ている服は、あらかじめ防御魔法を大量に仕込んだ手作り防護服だが、サリーの魔法が強力すぎて普通に痛いし、下手すりゃ一分と持たずに防護服が壊れそうだ。

 その時だった。サリーが別の魔法の詠唱をしているのに気付いたのは。

「……起源の長子に生物の骨子、万物の死神と……」

 おいおいおい。俺は真っ青になって心の中で叫ぶ。その詠唱『ファイヤフォール』だろう!? 軍用のやつだぞそれなんてもん使いやがんだこの娘。まずいまずい、死んじゃう死んじゃう!

 俺はもうなりふり構わないことにした。

「遅(くならないうちに卑怯な手を使うことにします。ごめんなさ)い」

 とそれっぽいことを言いながら、俺は地面に埋めた爆弾の起動スイッチを押した。まず初めは、サリーの左後ろに埋まっているやつから。

 バギャ!

 サリーの後ろであらかじめ仕掛けた爆弾が爆ぜた。

「はっ……!?」

 サリーが驚きの声を上げながら、防御魔法を使用しつつ、バックステップを取る。詠唱は中断された。ついでに『礫風』もやむ。俺は心の中で安堵のため息をついた。

 かわいそうに、サリーは後ろにできた、爆弾のクレータを見ながら、茫然とつぶやいた。

「そんな……いつの間に……」

「よそ見をしないで、どんどん行きますよ(じゃないと、俺死ぬから。ごめんね)……『空撃(からうち)』」

 俺はサリーの前に埋まっている爆弾を起動させた。

 ズギャ!

 狙い通り、俺の爆弾はサリーの目の前の地面にクレータを作った。サリーは戸惑いの表情を隠しきれない。それでも、防御魔法だけは着実に展開をするので俺は冷や汗をかきつつ、舌を巻いた。

 だが、サリーは先ほどから、俺の左手にずっと注目をしているのを見ると、考えていることは大体わかる。俺が透明なエネルギー弾を打っていると見たのだろう。仕掛けがばれそうにないことに俺は少なからず安堵して、今度はサリーの足元の爆弾を起爆させた。

「『空撃』」

「くっ……」

 サリーは、俺の爆弾に軽くおされながらも、片膝をついた。恐ろしいことに、彼女は俺から視線を切らさない。

 俺は、心の底から恐怖をした。ここまでやれば降参すると思ったのに、この娘、まだ闘志が揺らがない。

 そして、これがうかつだった。俺は一瞬だけ,攻撃の手を止めてしまったのだ。

 次の瞬間には、サリーは『ファイヤフォール』の詠唱の続きを始めていた。

「……万物の死神と手を取り、高見より飲み込む騒乱となりて……」

 俺は、慌てて、サリーの真下の爆弾の起爆スイッチを押す。

だが、作動しない。畜生、故障だ! 仕方なくサリーの右の爆弾を起動させる。

「(頼む、詠唱をやめてくれ!)『空撃』」

 サリーのすぐ右で、爆弾は爆ぜた。だが、サリーは動じずに、詠唱をつづける。

 やばい! この娘、こちらの攻撃を意に介さず、防御魔法でごり押しする気だ! まずい。もうサリーの周りには爆弾はない。

 もう、すでに、サリーの詠唱は終わろうとしている。この詠唱が終わったとき、

俺は強大な炎に飲み込まれる。もちろん俺の防御魔法の服は耐えられずに焼き尽くされる。運が良くても素っ裸だ!

「……騒乱となりて、今まさに汝を飲み込まん」

俺はもう賭けに出ることにした。

「そこまでだ!」

 俺は心の中に残った、最期の威厳を振り絞って、叫んだ。

 サリーは思わずぎょっとして、詠唱をやめた。俺は、サリーから目を離さない。目を離したら、すぐにこの子に焼かれるような気がした。

「魔法で無理をするんじゃない。死ぬぞ」

 俺はそう言いながら、最後の空威張りの一発を見せることにした。もしかしたら、また故障で動かないかもしれない。

 右手を空にかざして、パチンと指を鳴らす。と同時に、祈るような気持で小指に仕込んだひもをぐいと引っ張る。

 ドォン、

 崖の方に十個仕込んだ爆弾が起爆した。

 俺の視界の外で、岩の砕ける音が、断続的に響き渡る。

 サリーは、あっけらかんとした表情になった。

 俺はほっと溜息をついた。

その瞬間、袖を止めているボタンが飛んで、俺の上着の袖がずるりと落ちてしまった。起爆スイッチが仕込まれた腕があらわになる。

 まずい。俺は慌てて、腕をひねって、装置の仕込んでいないほうの腕の面を、サリーに見せた。

 サリーは俺の腕を見て、ぎょっとして見開いた。カモフラージュのため、装置の仕込んでいないほうの俺の腕の面には、あらかじめ腕に絵の具で、おどろおどろしい模様を描いておいたからだ。

「……私も、学生の頃無茶な魔法を使ったんですよ……幸い、魔力繊維は無事でしたが、深に耐えられず、右腕が焼けました……(という話を聞いたことがある)」

 俺は悲しそうな顔を作りながらそう言って、さっさと袖で腕を隠した。

「つい、暑くなってしまいましたね。帰りましょうかサリーお嬢様」

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