最終話

ドアを開ける。その先にいたのは、配達員の人だ。

「お届けものです」

「あ、どうも」

意外な来客に面食らいつつ戸惑いながらサインするあゆみ。

あて名は、ジュンからだった。

梱包をほどくと、顔を出したのは、リボンが可愛くほどこされた、ティファニーブルーの小箱だった。そっと開くと、きらめく指輪が輝いている。「ティファニーハーモニー」。粒が大きくてキラキラ。おしゃれなデザイン。イメージ通りのティファニーの指輪だ。


――指輪なんてシンプルでいいって言ってたけど、可愛くてキラキラしたデザインをもらうと、お姫様になった気分がするな。


あゆみは素直に嬉しい。婚約指輪を受け取る瞬間は一生に一度のことだ。昨夜のジュンとのやりとりで沸いたモヤモヤが、一気に吹き飛んだ。ここにジュンがいないのは残念だけど、会いたくても合えないこのご時世、仕方がない。


早速LINEでお礼を伝えよう。そう思ったあゆみはLINEを開く。すると、ジュンからすでにメッセージが入っている。タップしてみると、ジュンは動画を送っている。どうやら、坂宮神社で撮影した自撮りのようだ。静止画面に坂宮神社の神殿をバックに立つジュンが映っているから。


再生してみる。ジュンはあゆみを見つめて話しかける。


「あゆみへ。俺、今日坂宮神社に参拝しました。本当はもちろん2人で行きたかったけど、こういうご時世だし年末年始は帰れないから、早めに『年末詣』をしたんだ。この日しか自分の都合がつかなかったことと、実は例年の初詣のように、参拝者が多いと人の「念」や「欲望」がすごくて願いが叶いにくいって聞いたから、ガラガラの時期に一人で参拝することにしたんだ」

――そういうことだったのね。

あゆみはようやくジュンがその日を選んだ理解できた。


「それにね、今年はいつも以上に叶えたい願いがあったから。もう指輪が届いたと思うけど、去年結局できなかった入籍を今年こそやりたい。2人揃って婚姻届を提出したいということ、そして俺たちが夫婦として末永く幸せでいられるようにって、お願いしてきたよ」


遠距離の2人をコロナ禍が襲った2020年。籍を入れるタイミングを逃して1年を終えてしまった。どうしようもなかったとはいえ、悔いが残ったのは2人とも同じだったのだ。


「ティファニーの指輪を贈ったけど、喜んでくれたら嬉しいです」

あゆみの目に涙が光る。誰も見てないけど、婚約の契りの証を受け取った瞬間という、一生に一度の大切な大切な涙だ。それはきっとティファニーのどの指輪でもアクセサリーでもかなわない、輝きを放っていることだろう、とあゆみは薄ら微笑み浮かべつつ、今まさに頬をつたわる一滴の涙を讃える。


「指輪を初めて指に通すときは、ぜひティファニーの香水をつけてね。あゆみが初詣でつけるつもりだったティファニーのやつをね」


珍しく何と粋なことを言うのだろう。毎年初詣にはあゆみが勤めるお店の人気ナンバーワンの香水をつけて臨む。2020年のナンバーワンはあゆみのお気に入りでもある「ティファニー オードパルファム」。自分のお気に入りを熱心にお客さんを紹介した結果、1位に輝いた。1年の自分の頑張りを象徴した香水だ。


なのに今年の初詣にはつけていけないな…。そう思いつつ化粧箱に眠らせたままの「ティファニー オードパルファム」。まさか、今こうして身に着けることになるとは。


香水の豊かな潤いがあゆみの柔和ですべすべした手で踊る。グリーンマンダリンのトップノートが素肌におだやかに香る。そして細くつややかな指に、明るく愛くるしいティファニーリングを走らせる。


――ティファニーの香水が今年のお店のナンバーワンだなんてジュンはなぜ知ってたのかな?当てずっぽうなのかな?これは後で聞いておこう。


ふたりで行く初詣は途切れてしまったけれど、初詣のためにおまじないのように振りかけてきた香水を、しかもお気に入りのティファニーを身に着けることができた。そしてその指先には2人の前途を祝うように輝くリング。あゆみにとって、ひとりだけどジュンと一緒、の大切な年明けとなった。


リングと香水が喜びのハーモニーを奏でる左手でスマホを握りしめ、これからあゆみはジュンに「ありがとう」のメッセージを伝える。



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途切れたふたりの初詣 羽野京栄 @hano-write

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