第4話

「そういうことって?」

あゆみはジュンの目をのぞき込む。ここぞというときの目力にはあゆみは自信を持っている。普段はなかなか自分に自信が持てないあゆみが、ジュンの気持ちを確かめたいこの瞬間にだけ、ありったけのきらきらな瞳を輝かせることができるのだ。


「うん、こんな楽しいこと、毎年起きてほしいじゃない。恒例行事みたいに、年が明けたら必ずここにいる。素敵じゃない?」

「うん、素敵だよ」

あゆみは、この言葉の奥にある言葉を察している。不器用なジュンの回りくどい言い方に隠れた本心はわかっている。でも、どうしてもジュンの口から聞きたい。それは、2人にとって最も大切な記念碑的な言葉だからだ。


「5年後もいたいね」

「5年?それだけ?」

「いや、10年後だって」

「10年でおしまい?」

自分が会話のペースを握っている時、あゆみは本当に楽しい。恋人同士が一緒にいて「楽しい」と思えるポイントは人それぞれだが、他の多くの女性と同じく、ジュンが自分の手のひらできょろきょろしている時が、幸せを感じてしまう瞬間なのだ。


「いやそのあとも。20年後も、30年後もだよ」

「あ、そう…」

あゆみは、突っ込もうという気持ちが突然萎えた。ジュンをいじくるよりも、女として湧きあがってくる喜びがじわっと歩みの中で上昇して、胸の温度が急に高まってくるのを否応なく感じたのだ。


「ふ、ふ、」

「なに?」

「ふ、夫婦としてもここに来続けようね」

「夫婦、ね…」


「夫婦」という言葉が現れた。これがプロポーズの言葉なんだろうか?夫婦ということは結婚しないとなれないわけだから、ジュンは今時点で結婚の意志を伝えたことになる。「夫婦としても」ということは2人は当然結婚するんだということを、歪曲的に伝えたことになる。


―あれ、「結婚」という言葉がないプロポーズ?

あゆみは拍子抜ける。ふつうプロポーズの言葉って「結婚してください」が王道だ。プロポーズなんて、ほんの一瞬のささやきで終わるのね。そりゃあシャイなジュンに派手な演出はのぞめないけど、ほんの一言、時間にして3秒も満たない地味な一言で終わるだなんて。


「夫婦、ってことはちゃんと結婚して、ってことで…」

「う、うん」


2言目に「結婚」という言葉が出てきたが、1言目に聞けるものだと思っていたので、どうも喜びがこみ上げてこない。なんだかあまりにあっさりとしたプロポーズを参道を歩きながらあっさりと聞いてしまった。小さいころから夢見た、人生最大のハッピーな瞬間は、いともあっさりと終了した。


それから2人は会話を交わすことなく、歩いていった。ジュンにとっては一世一代の大仕事だったが、さっさと終わらせて平常の2人に戻りたかった。照れ屋を自認するジュンらしい、不器用なりにも精一杯の告白だった。


やがて2人は大鳥居にたどり着いた…


***


そんな1年前のちょうど今頃の出来事が、ひとりでパソコン画面と向き合うあゆみの脳裏に鮮やかに蘇ってきた。グーグルアース上の参道の映像をマウス片手にたどり、いつものように大鳥居に向けて進む。


―あ、このあたりで「夫婦として来よう」って言ったんだ…

プロポーズを受けた場所はこの辺りね、と一瞬マウスを止める。大鳥居へと続く道のりのほぼ中間地点だった。それからは2人とも口を開かず残りの半分を歩いたのか…


やがて画面には、何気ない平日に撮影された大鳥居の画像が映し出される。プロポーズされてちょうど1年。8年目の坂宮神社参拝は、静まり返った自室でぼんやり行うことになるとは。


そのときあゆみはハッと気づいた。「そういえば、もう『既読』になってるのかな」。


オンライン参拝に気を取られ、さらに去年の思い出がよみがえったことで、すっかりテーブルに置いたスマホのことを忘れていた。通知音がなったかもしれないけど、全然気がつかなかった。


ジュンはもう既読したかな。連絡してくれたかな。あゆみはスマホを手にとって確認してみた。







































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