第3話

それは、いつもの初詣の景色だった。2021年には忘却の彼方に去ってしまった、当たり前だと疑いもしなかった年明けの瞬間だった。


2020年1月1日。その日は、1年後には考えられないほどの賑わいと新年の希望感に充ち溢れあふれていた。


坂宮神社の大鳥居に向けて一直線に伸びる参道。ずらりと並んだ露店が賑わいを演出し、吐息が舞う人並は新年を祝福する聖地の行進を形作っていた。


あゆみとジュンは寄り添い合い、慣れた足取りで歩を進める。もう7年連続7回目だ。自分のことを地味な性格だというジュンが精一杯の明るさをまとった真っ赤なパーカーの袖を、冷たい右手できゅっと握るあゆみ。冷え性のあゆみにとって、ジュンのたくましいけどどこかゴムのように柔らかい二頭筋のぬくもりは、少しずつ全身を温めてくれ、自然と顔もほころんでくる。それは付き合い始めから変わっていない。


7年前のあのころと同じときめきが甦ってくるのだ。


「ねえあゆみ」

ジュンがゆっくりと口を開く。


「毎年初詣がここって、飽きない?」

「いや全然」

「どうして?」

「だって…」

ジュンから完全にぬくもりを補給したあゆみは、頬を赤らめる。

「ジュンが告ってくれた日に戻れるんだもん」


ちょうど7年前、この参道を歩きながら、ジュンはあゆみに告白したのだった。


「12時になって年が明けて、この道を歩いてると、あの時と同じ気持ちになれるの」

「そうだね。もう7年になるね」

「7年も、ずっと同じこと繰り返してるなんて、私たちって変ね」

「だよね。」


「だよね」はジュンの口癖だ。この言葉を聞くとあゆみはいつもほっとする。「違うよ」なんて言われるよりもずっとましだ。自分の話をまずは受け入れてくれる…。ジュンと7年間続いている最大の理由はこれだとあゆみは思い知っている。


「変だけどさ、執念深いというかしつこいというかワンパターンというか、年明けるとここ歩くのが普通になっちゃったよね」

「そうだよね」


この7年間、最寄りの駅の南口広場の時計台が2人の待ち合わせ場所だ。そして7年とも、ジュンが先に待ってくれている。広場から南へ15分ほど歩くと、そして参道入り口の青銅の鳥居にさしかかる。幅5メートルほどの鳥居をくぐったころ、時計の針は12時を刻む。不思議なことに、これも毎年図ったかのように、鳥居の敷居をまたいだころに2人は年をまたぐのだ。


年明けとともに、周りの参拝客の表情が明るさを増していく。「年を越す」とは、無事に1年を生き抜いた安心感を無意識に人々にもたらしてくれるようだ。安心であることこそが幸福なのだ。


あゆみが2年前の誕生日プレゼントにくれた腕時計に目をやると、時刻は12時15分を指していた。


しばし数分の間、周囲のざわめきを耳に入れていた2人。ジュンが沈黙を破る。


「来年も再来年もそのあとも、この時間はここにいたいね」

「…だよね…」

ジュンの口癖を今度はあゆみが返す。でもどこかぎこちない返しだった。「それって…」との思いがすーっとよぎる。


ジュンはゆっくりと歩みの方へと顔を向けた。


「うん、そういうことだよ…」








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