ブラッディスノーホワイト

城間盛平

第1話

その娘は実に美しかった。漆黒の艶やかな髪を肩までたらし、雪のような白い肌、黒曜石のような瞳、薔薇のうな赤い唇。年の頃は十五、六といった所か、あと数年経てばさらに美しい女になるだろう。領主のグレッグは娘のまろやかな頬に触れようとした。途端、自身の手に焼けるような熱さを感じた。手を見てみると、指が無かった。娘の隠し持っていた短剣で斬られたのだ。


「貴様ぁ、ただではすまんぞ、なぶり殺しにしてやるからな」


グレッグの趣味は美しい女をコレクションする事だ。自身の領地の女は言わずもがな、金にものを言わせてあらゆる所から女を連れて来た。父親や夫の妨害があれば、容赦なく斬り殺した。女が年をくったり、飽きれば娼館に売り払った。全てグレッグの思い通りにならなければならない。何故ならグレッグは金もあり権力もあるからだ。グレッグより下の者はグレッグに従わなければならない、それが理りなのだ。


この娘も、たしかスノーホワイトといったか。兄に売られたのだ、背が高く、娘とちっとも似ていない兄は、早急に金が必要だといって二足三文でこの娘を売り払ったのだ。いい買い物をしたとその時は思ったが、とんだ間違いだった。この娘はいかれている。グレッグの血が、娘の白い頬にべったりとついているのに、娘は輝くばかりの笑顔なのだ。


「誰か、誰か医者を呼べ」


グレッグが叫ぶが誰も来ない。侍らせている女たちは怖がって部屋の隅に固まって役に立たない。


「スノウ、終わったぞ」


グレッグが手を握りしめ、痛みに堪えながら声のした方に振り向くと、そこには娘を売った兄が立っていた。


「貴様ぁ、よくもいかれた娘を売りつけてくれたなぁ、わしの家来たちはどうした、早く医者を呼べ」


グレッグは痛みのためか支離滅裂な事を叫んだ。いかれた娘はさも可笑しそうにクスクス笑って言った。


「領主さんおかしな事いうのね、お医者さんを呼んでどうするの?貴方はもうすぐ死ぬのに」

「わしが死ぬわけないだろう。わしは領主だぞ、わしは選ばれた人間なのだ。死ぬのはお前だ、わしが殺してやる」

「お生憎ね、あたしは死ねないの。領主さんは殺されるのよ、貴方が無理矢理連れて来た女の人たちの手でね」


「よう、スノウ。言われた通り閉じ込められた女たちを連れて来たぜ」


グレッグのプライベートルームに新たな闖入者が現れた。大柄のガラの悪い男だ。男はグレッグのコレクションの女を抱きかかえていた。好色な手つきで女を撫でまわしている。ブロンドの巻き髪の美しいこの女は、豊満な身体も気に入って連れて行こうとしたら、夫の抵抗にあった為、夫を斬り殺して連れて来た。女は泣き喚いてグレッグの言う事を聞かないので部屋に監禁していたのだ。


「ダグ、おやめ!あたしに恥かかすんじゃないよ。あたしたちは義賊だ。依頼通り女の人たちを無事に連れて帰るんだ。汚い手でそのひとに触るんじゃないよ」


ダグと呼ばれた男は、渋々巻き髪の女を手放した。


「スノウ、言葉使いが汚い」


娘の兄が苦言を言う。


「ジュドー、お説教はたくさん。あたしが首領だよ。あたしに従いな」


驚いた事にこの男たちは、この年端もいかない娘の部下のようだ。それにしてもこのような輩がグレッグの館に侵入すれば、すぐさま警備の兵士が捕らえるはずた。家来たちがやって来ないのもおかしい。娘はグレッグの訝しむ顔に気付いたのか、艶然と微笑みながら言った。


「家来たちや兵士が助けに来ないのが不思議?この館で、あたしたちに逆らう者は殺し、降参するの者は捕縛したわ。今貴方の前にいるのは、貴方に捉えられた女の人たちだけよ?領主さんの処遇は彼女たちに決めてもらいましょう」


グレッグのプライベートルームには続々とガラの悪い男と、囚われていた女たちがやって来た。男は全部で八人、皆スノーホワイトの部下のようだ。スノーホワイトは一堂に会した女たちを満足そうに眺め、部下の男たちに指示をして、女たちに剣や斧などの武器を持たせた。


「では復讐の時間です。この領主さんが貴女たちの大切な人の命を奪ったのなら、貴女たちは領主に復讐する権利があります」


女たちの目の色が変わった。殺された父の怨み、殺された夫の怨み。グレッグが最後に見た光景は、コレクションした女たちの仄暗い目だった。




ブラッディスノウ団は義賊だ。首領のスノーホワイトを筆頭に、スノーホワイトの武器の師匠であるジュドー、元盗賊の、ダグ、ゾフ、トグサ、ミズノ、シナイ、ラムダ、モンの九人からなる。彼らは権力者たちに虐げられている弱い者たちを助けている。今回はある領地の領主の横暴を聞きつけて動いた。その領主は好みの女を手に入れる為、汚い事を平気でやっていた。その為スノーホワイトは自ら領主の館に乗り込み、ジュドーたちも館の戦力を封じる為に潜入したのだ。


「領主の館に金目のものがたくさんあったのに、ちょっとしか持ち出さなねぇんだもの。勿体ねぇよスノウ、後は女たちに気前よくやっちゃうしさ」


楽天家のモンがスノーホワイトにぼやく。ブラッディスノウ団の隠れ家は深い森の奥にあるあばら家だ。


「女の人たちは家族を殺されてこれから暮らしていくのに大変なのよ。あたしたちはお腹いっぱいご飯が食べられればそれでいいでしょ」


「あんなにいい女がたくさんいたんだから一人くらい攫ってきたかったぜ」


お調子者のダグが言う。


「あら、あたしみたいな絶世の美女がいるのに?」


スノーホワイトは可愛らしい鼻をツンとそらして言う。


「スノウみたいなチンチクリンじゃなぁ」


隻眼のトグサが茶々を入れる。


「何ですってトグサ、あんたは夕飯抜き!」

「それだけは勘弁してくれ!」


男たちの間でどっと笑いが起きる。スノーホワイトは騒がしい男たちを置いて厨房に行く。厨房ではジュドーが忙しく働いている。狩人でもあるジュドーは料理も上手なのだ。義賊の仕事の合間に、獲ってきた猪の肉と、農家で買ってきた大量の野菜が厨房に並んでいる。


「ジュドー、何する?」

「そこの野菜」

「了解」


ジュドーとスノーホワイトの会話は短い。だが直ぐに意思は伝わる。スノーホワイトは見事な包丁さばきで次々と野菜を刻んで鍋にぶち込んでいく。形なんてどうでもいい、あいつらは口に入るものと、酒さえあればどうでもいいのだ。実に食べさせがいの無い奴らなのだ。


スノーホワイトは料理をしているジュドーをちらりと盗み見る。背が高く、逞しい身体、精悍な顔立ち。ジュドーはどんどん成長していく。それに比べてスノーホワイトはいつまでも小さな少女のままだ。ジュドーはいつまでスノーホワイトの側にいてくれるだろうか?ずっと彼に側にいてほしい、だがいずれ彼はスノーホワイトの元を去っていくのだろう。スノーホワイトは物思いにふけっていると、途端左手のひらに痛みを感じた。驚いて左手を見ると、ナイフでざっくりと手を切っていた。スノーホワイトはジュドーに気付かれないように左手を隠す。


「スノウ、どうかしたか?」


スノーホワイトの不審な態度に、ジュドーが

彼女に振り向く。


「ううん、何でもない」


スノーホワイトは慌てて両手を振る。その左手に傷は無かった。ジュドーはジッとスノーホワイトを見つめた後、やりかけの仕事に目を移した。


スノーホワイトはある国の姫として生を受けた。生まれた時誰もが驚嘆した。何て美しい赤ん坊なのだろう。雪のように白い肌、黒曜石のような瞳、薔薇のような赤い唇。きっと将来は絶世の美女になるだろう。周囲の人々は口々にそう言った。スノーホワイトの父である王と、母である王妃はスノーホワイトをとても愛し、大切にした。スノーホワイトは幸せな日々を過ごした。


しかしスノーホワイトが十歳の時、悲しい出来事が起きた。王妃が病により亡くなったのだ。スノーホワイトは深く悲しんだ。だが父である王の悲しみはそれ以上だった。食事も喉を通らず、まつりごともままならない有様だった。家臣たちは国の存続を案じ、王に後添いをと日夜パーティを開き、美姫たちを王の前に並べた。その中にあの女がいた。その女はメグノマリアといった。メグノマリアは大層美しかったが、スノーホワイトからすると不気味な女だった。視線はねっとりと粘つくようで、笑顔は張り付いた作り物のようだった。


だが王は一目で彼女を気に入り、王妃として迎えた。それまで王はスノーホワイトを可愛がってくれていたが、メグノマリアを迎えてから、一切スノーホワイトに目を向ける事が無くなった。スノーホワイトは母を失い、父すらも失ってしまったのだ。スノーホワイトは一人寂しく窓から外を見ていた。そんな時、庭師の息子であるジュドーが来てくれたのだ。ジュドーの父は庭師でもあり、狩人でもあった。その為、ジュドーは森の知識も豊富だった。ジュドーはスノーホワイトの五才年上で、彼女の兄のような存在だった。


ジュドーはよくスノーホワイトを森に連れて行ってくれた。その頃スノーホワイトは誰にも相手にされていなかったので、咎められる事はなかった。スノーホワイトは森で、小鳥の鳴き声に耳を傾け、野うさぎを愛でた。ジュドーはスノーホワイトに、狩の知識や、剣や弓、短剣の指導もした。スノーホワイトは優秀な生徒だった。スノーホワイトは年を重ねるにつれ、益々美しくなっていった。十六歳になる頃には、漆黒の艶やかな長い髪に、雪のように白い肌、黒曜石のような瞳、薔薇のような赤い唇。誰もがスノーホワイトを美しさを讃えた。


そんな評判を聞いて面白くないのが王妃であるメグノマリアだ。彼女は今まで無視を決め込んでいたスノーホワイトに辛く当たるようになつた。その頃からスノーホワイトの体調が悪くなった。食事をすると、腹痛が起こり、吐き気がするのだ。そんな事が何日も続き、堪らずジュドーに相談した。



ジュドーはスノーホワイトの変わりように呆然とした。雪のような白い肌は青ざめ、目の下には黒いクマができ、唇は紫色になっていた。ジュドーは直感した。スノーホワイトは王妃に毒を盛られているのだと。ジュドーはスノーホワイトに、城内での飲食を止めさせ、森で獲ってきた食事をとらせた。スノーホワイトは次第に体調が改善していった。


安心したのも束の間、ある日ジュドーが鎮痛な面持ちでスノーホワイトの前に現れた。王妃からスノーホワイトの殺害を命じられたと言うのだ。ジュドーはスノーホワイトに一緒に城を出て逃げようといった。ジュドーの父は既に亡くなっていて、ジュドーにとって大切なものはスノーホワイトだけなのだ。ジュドーは獲ってきた猪の心臓と、スノーホワイトの長い髪の束を切って、王妃に差し出してから、二人で城を後にした。




ブラッディスノウ団のやかましくも賑やかな夕食が始まった。猪のシチューに、小麦をひいて焼いたパン。品数は少ないが、味はよく、量は膨大だ。ゾフはワインを飲みながら見るともなく新入りのスノーホワイトとジュドーを見る。スノーホワイトはパンをちぎり小さな口に運ぶ、シチューを食べる時にも音は立てない。その所作、たたずまいは貴族の娘のそれだ。ジュドーは寡黙ながら美丈夫な男振りで、すこぶる強い。この二人は当初ゾフたちの獲物だった。不用意に森を歩く二人を見つけ、娘の美しさに驚嘆した。男を殺して娘を奪おう、娘はきっと高く売れるだろう。ゾフは木の上から弓をかまえ、男に狙いを定める。しかし、男は狙われている事にとっくに気付いていたのだ。男と娘はサッと二手に分かれ、森の中に身を隠した。


しかしゾフは焦らなかった。森の中には六人の仲間が潜んでいる。いずれ男の悲鳴が聞こえるはずだ。やがてギャァという間抜けな男の悲鳴が聞こえた。ゾフはニヤリと笑った。しかし、おかしな事に悲鳴はその後も続いた、実に五回。訝しんだゾフの背後から鈴の鳴るような女の声がした。


「貴方で最後ね」


ここは木の上だぞ?ゾフが慌てて後ろを振り返ると、そこには短剣を構えた笑顔の娘がいた。六人の仲間たちは皆男と娘に昏倒させられていた。意識を取り戻した仲間たちの前で娘はとんでもない事を言い放った。あたしがあたなたちの頭領になる、と。


最初は不満げだった仲間たちだが、自分たちより男と娘が強いのは紛れもない事実であり、娘の愛らしさもあって、仲間たちの態度は次第に軟化していった。今ではスノーホワイトは、ブラッディスノウ団の頭領に収まってしまった。他の仲間は馬鹿だから仕方ないが、慎重派のゾフは不安を感じずにはいられなかった。



「スノウ、国の王が崩御された。次の王は王妃のメグノマリアだ」


ある日ジュドーが街で、国からのおふれを持ち帰って来た。スノーホワイトは見るからに動揺したが、瞳には揺るぎない決意が浮かんでいた。


「これからブラッディスノウ団は、新たな王メグノマリアを討つ。賛同する者はついて来い、城の財宝が我々の物になる。だが意を唱える者はここに残れ」


他の仲間が意気揚々とあげる雄叫びをゾフは不安な面持ちで聞いていた。




この国は賢王の統治で国民は安寧で豊かな暮らしをしていた。しかし王妃が亡くなり、新しい王妃が現れると、王は心を病みまつりごとがおろそかになり事実上王妃がが国を治める事となった。国は荒れ、国民は飢えにあえぐようになった。王が崩御し、新しくメグノマリアが王となれば、国はどうなっていくのだろう。国民たちは不安な気持ちで新王誕生の知らせを聞いた。




城には警備の兵士が大勢いた。しかし兵たちは皆生気のない人形のような表情をしていた。スノーホワイトは城に攻め込むにあたり、部下たちにキツく言いつけたのは、城内の兵士の命は極力奪わないという事だ。矢で足元を狙い、捕らえるのだ。ゾフはジュドーには遠くおよばないが、得意の弓で兵士の足元を狙い、弓に倒れた所を六人の仲間が拘束し、着実に城の兵力を減らしていった。




この国の新しい王、メグノマリアは浮かない表情だった。悲願の不老不死の研究が遅々として進まなかったからだ。メグノマリアは魔女だった。あらゆる魔法を駆使して若さと美貌を保っていたが、それも限界に近かった。この国の王を牢に押し込めて、王に成り代わってはみたが成果は上がらなかった。


以前にもこの国の姫、スノーホワイトに調合した不老不死の薬を飲ませたが、殺害を指示した狩人にあっさり殺されてしまった。薬は失敗だったのだ。早く不老不死の薬を作らないとメグノマリアは老衰で死んでしまう。そんな時、一人の兵士がメグノマリアの玉座の間に走りこんで来た。城に侵入する輩がいるというのだ。メグノマリアは億劫そうに玉座から腰を上げた。兵士はメグノマリアにそう報告すると、その場にバタリと倒れた。


その後から一人の娘が入って来た。その娘は大層美しく髪は短いが漆黒の髪をして、肌は雪のように白く、黒曜石のような瞳、薔薇のような赤い唇をしていた。まるでメグノマリアが昔に殺害を命じたこの国の姫、スノーホワイトのようだった。娘はメグノマリアをキッと鋭い瞳で睨んだ。


「お義母さま、あたしの顔をお忘れですか?」


言葉遣いこそ丁寧だが、娘の瞳は憎悪に燃えていた。娘の背後から、殺害を指示したはずの狩人が現れた。メグノマリアは合点がいった、狩人は姫とグルだったのだのだ。だが奇妙な事に姫は姿を消した時と同じ、愛らしい十六歳の姿を保ったままだった。メグノマリアの薬は完成していたのだ。


メグノマリアは歓喜の雄叫びを上げた、これでメグノマリアは永遠の美と命を手に入れる事ができるのだ。だがその前に、目障りなスノーホワイト姫と裏切り者の狩人を始末しなければ。メグノマリアは炎の魔法で火の玉を大量に出現させ、スノーホワイトと狩人に放った。憎たらしい事にスノーホワイトと狩人は、火の玉をヒラリと避けた。狩人は巧みに火の玉を避けながら、メグノマリアに弓を射ってきた。狩人の放った矢は容赦無くメグノマリアに突き刺さった。メグノマリアは身体に刺さった矢を力任せに引き抜き、すかさず回復魔法で傷口を塞いだ。


だが、いくらメグノマリアが傷を塞いでも、狩人の放つ矢の方が多かった。そのかたわら、スノーホワイトが長剣を構えて、メグノマリアに斬りかかる。メグノマリアは空気を固めて、スノーホワイトに攻撃魔法を放った。しかしおかしな事に、いくらメグノマリアが致死にいたる魔法攻撃をしても、スノーホワイトはメグノマリアに何度も向かってくるのだ。服は裂け、スノーホワイトの真っ白な肌があらわになるが、血は出ていなかった。


メグノマリアは確信した、スノーホワイトは不老不死だけではなく、高い再生能力を持っているのだ。メグノマリアは歓喜に微笑んだ。失敗だと思っていたあの薬を調合して、早く完璧な魔女になりたい。メグノマリアは集中して二人に攻撃を放つ。その中でメグノマリアはある事に気がついた。


スノーホワイトは事あるごとに、狩人に向かうメグノマリアの攻撃を身をていして守っているのだ。どうやらスノーホワイトにとって狩人は大切な存在らしい。メグノマリアはニヤリとおぞましい笑みを浮かべた。メグノマリアは、人間が受けたら一瞬で消滅してしまう火力の炎魔法を、狩人めがけて繰り出した。案の定スノーホワイトは狩人を守る為、彼の前に躍り出た。


スノーホワイトはメグノマリアの炎魔法をまともに受けて、後ろに吹っ飛んだ。いくらスノーホワイトが不老不死の薬を飲んでいても、この炎魔法ではひとたまりもないだろう。メグノマリアは勝利を確信し、高ら笑い声を上げた。だがスノーホワイトはすくと立ち上がり、メグノマリアめがけて走って来る。


「見たかこのおぞましい姿を。貴様のせいであたしは化け物になった。どんなし死にたいと思っても、死すら許されない呪われた身体になった」


スノーホワイトは頭が半分吹き飛んで、横腹からは内臓が飛び出ている見るにたえない姿となっていた。スノーホワイトは長剣をメグノマリアの心臓に深々と刺した。いくらメグノマリアが魔女であってもこれはたまらない。メグノマリアは自分の死期を悟った、メグノマリアは今際の際に、スノーホワイトに呪いの言葉を投げかけた。


「妾が死んでもその呪いは解けぬぞ、そなたは永遠に、生きた亡霊としてこの世をさまよい続けるのじゃ」


メグノマリアはそれだけ言うとこと切れた。美しかった姿はみるみるしわくちゃの老婆に変わった。これがメグノマリアの本来の姿だったのだ。




スノーホワイトは敵であるメグノマリアがこと切れた事を確認すると、恐る恐る長剣を自身の左手のひらに押し当てた。手のひらから赤い血が噴き出したが、すぐに傷口は塞がってしまった。スノーホワイトは叫び声を上げ、よろけて倒れそうになった。駆け寄ってきたジュドーが支える、ジュドーは自分のマントをスノーホワイトにかけてやった。彼女は身体に傷こそ無かったが、衣服はボロボロに引き裂けていたからだ。


「この女を、メグノマリアを殺せばあたしの呪いは解けると思ってた。でもダメだった、あたしは歳をとらない、死ぬ事も出来ない化け物だ、殺して!ねぇ、あたしを殺して、もうこんな身体で生きてなんかいたくない!」


スノーホワイトはわめきだす。ジュドー何も言わず彼女の細い身体を抱きしめた。


「ねぇ、ジュドーもあたしの事化け物だって思ってるんでしょ?」


ジュドーはスノーホワイトを落ち着かせる為に穏やかにゆっくりと話す。


「君を化け物だなんて、ただの一度も思った事はない」

「嘘よ、ジュドーはあたしの事を持て余してる。気味の悪い、手のかかる女だって」

「スノーホワイト、君が好きだ。小さな頃から、ずっと」

「嘘よ!あたしが昔、お婿にしてあげるって言ったらジュドー嫌な顔したじゃない」


スノーホワイトは小さな頃、ずっと世話をしてくれるジュドーが好きでたまらなかった。だからお婿にしてあげると言ったのだ。だがジュドーは大層嫌な顔をした。そこでスノーホワイトは悟った、ジュドーは自分の事を何とも思っていない、この気持ちは無用なものなのだ。それきりスノーホワイトはジュドーに好意を示す事はしなくなった。


「君は一国の姫だ、俺みたいな底辺の狩人と一緒になるような器じゃない」

「あたしはもう姫じゃないわ、ただの化け物よ」

「ならば狩人の俺のものにしてもいいのか?」

「最初からずっと言ってるじゃない、貴方が好きなの」


ジュドーは泣きじゃくるスノーホワイトをしっかりと抱きしめた。


「取り込み中の所悪いが、牢に入っていたジジィを連れてきたぜ」


スノーホワイトとジュドーが声のした方に振り向くと、トグサが老人を抱え、バツが悪そうに立っていた。


「お父様」


スノーホワイトは、その老人が自分の父である事に気づき、駆け寄った。老人は娘をまじまじと見つめた。


「馬鹿なわしの姫はまだ十歳だ。そなたは随分と年上に見える」

「お父様、もう十三年もの月日が経ったんです」


娘の瞳からはポロポロと真珠のような涙がつたい落ちた。年老いた王はその娘が自身の姫だと確信した、何故ならその娘は愛する妻に生き写しだったからだ。父と娘はしっかりと抱き合った。




それから年老いた王とスノーホワイトは、失われた時間を取り戻すかのように仲睦まじく過ごした。王は、姫に王位を継いでほしいと願った。しかしスノーホワイトは、いくら悪人とはいえ、多くの人の命を奪った事には変わらないと王位につく事をよしとしなかった。その為、王の遠縁から男の子をもらい、育て王位を継がせる事とした。


スノーホワイトとジュドーは、スノーホワイトを元の身体に戻す為旅に出る決意をした。ブラッディスノウ団は解散となり、ダグたち七人の元盗賊は、城の兵士として働く事になった。旅立つ時、一番別れを惜しんだのは、意外にも二人を疎ましく思っていたゾフだった。ゾフはスノーホワイトとジュドーの手を握って、涙ながらに必ず生きて帰る事を約束させた。二人は生きて皆に再会する事を誓い旅立っていった。













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ブラッディスノーホワイト 城間盛平 @morihei

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