知らない顔

 これを読んだ方にお願いです。私を助けて下さい。

 私は現在、交通事故による後遺症で入院しております。

 一カ月前のことです。バイクに乗って会社から帰宅してところ、交差点にて横から来たバイクと衝突しました。

 相手は即死。私も病院へ運ばれましたが意識不明の重体でした。

 私が意識を取り戻したのは事故から2週間後。医者からは奇跡的な回復だと祝われました。

 しかし、意識は取り戻したものの記憶が混濁し、自分が何者かわからなくなっていました。俗っぽく言えば記憶喪失というものですね。こうやって文字も書けているので日常生活には特に支障はないと思います。ただし、自分の名前や生年月日、家族や友人の名前、出身学校や現在の仕事などの自分についての記憶の一切は全く思い出すことができませんでした。

 さらには顔面を酷く損傷しており、自分の顔を見ることができなかったため、益々自分のことが誰かわからなくなってしまいました。

 意識を取り戻してしばらく経ってから、とりあえずは安定したといことで私へ見舞いが許可されました。家族や友人、さらには恋人までもが私の元へと来てくれました。最初は相手が誰だかわかりませんでしたので戸惑いましたが、彼らの話を聞くうちに段々と色々なことを思い出していきました。

 好きな食べ物、趣味のツーリングのこと、彼女との出会い。そうしていくうちに自分が何者であるのか、何となくわかってきたような気がしました。しかし、自分の名前や生年月日については一切思い出すことができず、彼らから教えてもらった名前をなんとなく自分のものだとぼんやり思っていた程度でした。

 事故のことも教えてもらいました。事故自体はどちらが悪いということはなく、出合い頭の不運なものだったとして処理されているとのことでした。相手が即死だったということもその時に知り、私だけ生き残ってしまったということに対して罪悪感を抱きました。

 ある日、事故相手の母親を名乗る老婆が見舞いにやって来ました。本来なら面会は絶対に許されない相手なのですが、これも後で知ったことですが、事故相手は火で燃えてしまい、身分証のようなものも持ち歩いておらず、さらにはバイクも盗難車だったということで未だに誰か判明していないそうです。そのため、何も疑われず普通に入ることが出来たそうです。彼女はとても温厚な方で、事故相手である私のことも一切責めたりせず「あなただけでも無事でよかった」とさえ言ってくれました。その人が本当に事故相手の母親だったかはわかりませんが、彼女の優しさに触れて私は事故後初めての涙を流しました。

 傷も癒えてきた頃、主治医から顔の整形手術の提案を受けました。私の顔の状態は思っている以上に悪かったようです。手術には多額の費用がかかるとのことでしたが、私の家はそれなりに裕福だったらしく、家族の強い後押しでもあり、手術を受けることにしました。

 手術を終え、いよいよ家族に手渡された鏡で自分の顔を見ました。

 しかし、そこに映っていたのは全く知らない人の顔でした。医師や家族は私が自分の顔を忘れているだけだと言いましたが、私の本能がその顔が絶対に自分のものではないと囁きかけていました。そして、私が思い出しかけていた記憶の数々も酷く曖昧なものに思えてきました。

 どうか教えて下さい。私は一体誰なのでしょうか。

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