或いは災いのお守り

 3年くらい前の話です。

 街を歩いていたところ、後ろから5才くらいの女の子に「落としたよ」と古びたお守りを手渡されました。

 私はお守りなどの類は持ち歩かないので「違うよ」と断ろうとしたのですが、気づいた時には女の子の姿はなくなっていました。

 私は少々気味が悪く感じましたが、邪険に扱って何か起こるのも嫌だったので、時間を見つけて神社へ持って行こうとカバンの中にしまい込みました。

 しかし、そのお守りを持ち歩き始めてというもの、私の身の回りに奇妙なことが起こるようになりました。

 それは、事故が起き、私が間一髪で助かるということです。

 最初は帰宅と同時に雨が降り始める、自分が乗り終わった直後にエレベータが閉まる、といった些細なことでしたが、次第に目の前に植木鉢が落ちてくる、コンビニから出た直後に店内へ車が突っ込む、自分が乗る予定だった電車が脱線事故を起こす、とエスカレートしていきました。

 このお守りのおかげで助けられているのではないかとも思っていたのですが、事故があまりにも続くので、お守りのせいで事故に巻き込まれかけているのではないかと考えるようになりました。

 私は覚悟を決めて、近所の神社へお守りを持って行くことにしました。本当は元の神社へ持って行くことが正しいのでしょうが、古びたお守り袋には何も書いておらず、目印もなかったので、どこのものかわかりませんでした。

 お守りを手放すことによってこれまでの事故が全て自分に降りかかるのではないかとも思いましたが、神社に適切な手続きで納めれば大丈夫だと自分を納得させました。

 正直な話をすると、得体のしれない物を持っていることに精神的に参ってしまっていたのです。

 近所の神社は住宅街の近くにあり、それほど大きくもなく有名ではありませんが、いつも年老いた宮司さんがいて境内も掃除されている、言うなればきちんと運営がされている神社です。

 私は神社の社務所で宮司さんにお守りを納めたいと話しかけ、貰ったお守りを渡そうとしました。宮司さんは人当りが良く笑顔でしたが、お守りを見せた途端、一気に顔が強張りました。

「どこで頂いたお守りなのでしょうか?」

 宮司さんに言われ、私は困りました。道端の子供から貰ったなんていう突拍子もないような経緯を正直に言うべきか、それとも適当に忘れてしまったと言うべきか。

 結局、隠しても仕方がないことなので、お守りを貰ったことから持ち歩くようになってから紙一重で事故を回避するようになったことまで一部始終を正直に話すことにしました。

 一通り話を聞き終わった宮司さんはお守りを手に持って見たいと言いました。私の手から宮司さんが手へと渡った瞬間、私は憑き物が落ちたように何かすっきりしたような気分になりました。

 宮司さんは何かに気が付いたようで「今日はもう帰ってくれ!」と急に言い出しました。驚きましたが、宮司さんの鬼気迫る表情から“何か”あると思い、私は大人しく社務所を後にしました。

 とはいえ、せっかく神社まで来たのですから本殿で参拝くらいしていこうと思い、しばらく境内を歩き回っていました。

 すると社務所の方から宮司さんが駆けてきたので私は木の陰に隠れました。帰れと言われていたこともありましが、手にはたいまつを持ち尋常ではない雰囲気でした。宮司さんは私に気づくことなく、神社の奥の方へと行ってしまいました。

 私は宮司さんが何をするのか、気になりましたが、それ以上に恐怖が勝ったのでそのまま家へ帰りました。

 翌日。大学の講義を終えた私は夕方に再び近所の神社へと足を運びました。しかし、そこはいつもの神社とは全く違う雰囲気でした。黄色いテープが張られ境内は封鎖され、何より物が焦げた異臭が漂っていました。私は、黄色いテープの内側で作業をしていた人に「何かあったのですか?」と聞きました。

 すると、「昨日の晩、神社で火事があった」と教えてくれました。私は血の気が引きました。宮司さんは無事なのだろうか。もしや、あのお守りが原因だったのではないか。脳内に様々な考えがぐるぐる回りました。

 作業していた人は近所の消防団の方で神社内の火事の後片付けをしていたそうです。その人から、宮司さんは火傷を負ったが今のところは命には別条はないと教えてもらいました。

 それからしばらくして、神社は修繕されて火事の痕跡もなくなりましたが、宮司さんの姿はそこにありませんでした。年も年だったので引退したとのことです。

 結局、お守りが何だったのか聞くことはできませんでした。しかし、あのお守りを手放してから3年になりますが、あの頃のように頻繁に事故に巻き込まれかけることはなくなりました。

 災いに会いやすくなる時期だったのをお守りが守ってくれていたのか。

 それとも災いを与える悪いお守りだったのか。

 どっちだったのでしょうか。


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