河川敷の箱

 私が中学生だった頃の話です。

 私の住んでいた街の近所に大きな川があり、そこの河川敷へ同級生の友人二人――仮にAくんとBくんとします――とよく遊びに行っていました。特に大雨の後は上流からから流されてきた様々なものを漁っては遊んでいました。

 それを見つけた日も台風が去った翌日のことでした。いつものように三人で何か面白い漂流物を探していました。

 巨大なトタン板、自動車のタイヤ、交通標識。比較的大きな台風の翌日だったので沢山の大物が流れ着いてきており、ワクワクしながら宝探しをしていたことを覚えています。

 Aくんがそんな漂着物の中で大きな木の箱を見つけました。その箱は二人がかりでようやく持ち運べるくらいの大きさで、しっかりと蓋がされていました。また、流されてきたわりに穴や目に見えるくらいの傷もなく、きれいな見た目をしていました。

 私たちは、とりあえずその箱を他の人の目につかない木の陰まで運ぶことにしました。箱は見た目以上に重く、大柄で力自慢だったAくんでも持ち上げられず、結局三人がかりで引きずることになりました。

 私たちは箱を開ける前に、中に何が入っているのか予想しました。昔の小判じゃないか。テレビで紹介されるような骨とう品が入っているんじゃないか。怪しい組織のお金が入っているんじゃないか。だったら中身はみんなで山分けだと。そんな他愛もない話をしていました。

 いよいよ開けようとしたところ、箱は思った以上にしっかりと閉じられており、結局河川敷から一番近くに住んでいたAくんが家から工具を持ってきてようやく蓋を動かすことが出来ました。

 私たち三人の掛け声でいよいよ箱は開かれました。中には……何も入っていませんでした。

 結局はただの空き箱。私たちは心の底からがっかりしました。たとえゴミだろうと中に何か入っていればそれだけで私たちの冒険心の少しは満たされるはずでしたが、空では何の感情も抱くことはできません。

「川に捨てちまえ」

 Bくんがそう言いました。Aくんも、私も、それに賛同しました。少し乱暴ですが、こんな何も入っていないような箱でも川に流せば少しは遊びになるだろう。そう思ったのです。

 私たちは箱の蓋をしっかりと閉じて再び箱を引きずりました。台風の翌日で川の流れは未だ激しかったので、川に浮かべると、箱は勢いよく流されていきました。

 三人でそれをゲラゲラ笑いながら見送ったことを鮮明に思い出せます。

 しかし、箱を流すときに片づけをしていた大人に見つかってしまい、「台風の後で増水しているから危ないぞ!」と怒鳴られたので、私たちは逃げるようにして河原を去り、その日はそのまま解散になりました。

 翌日。学校へ行くと朝一番で生徒指導室へ呼び出されました。当時の私は悪戯好きのちょっとした問題児だったので、どのことかとびくびくしながら生徒指導室へ行くと、生活指導の教師と昨日一緒に河原へ行ったBくんが既に椅子に座っていました。

 ああ昨日のことがバレたんだな。私は叱られる覚悟を決めましたが、教師は怒ったようでもなく静かに、ポツリと話しかけてきました。

「昨日お前たちは三人で遊んでいたそうだが、Aのことを知らないか?」

「昨日は夕方までは一緒に遊びましたがその後はみんな家に帰りました」

 てっきり叱られるとばかり思っていた私は教師の要領を得ない質問に戸惑いながらも正直に答えました。

「実は昨日の晩からAが帰っていないらしい。もう一度聞くがAの行方を知らないか? どんな些細なことでもいいんだ」

「汚れたからさっさと帰って風呂帰りたいって言ってたから寄り道とかはしてないはずっスよ。それにあいつ力あってデカいから誘拐とかされないと思うし」

 Bがそう言うと私も頷きました。

「話はわかった。お前たちは教室に戻っていいぞ。何か思い出したら担任でもいいから話してくれ」

 教師に促され、私たち二人は教室に戻りました。その途中の廊下で私たちは「Aのことだから大丈夫だろう」と楽観的に話していました。

 しかし、放課後。私たちは再び生徒指導室に呼び出されました。そこには生活指導の教師のほかに警察官が二人いました。教師は先ほどに比べてあからさまに顔が強張っていました。

 Aが何らかの事件に巻き込まれた。私たちはすぐに気づきました。警察官のうちの一人が淡々とした口調で話しかけてきました。

「先ほど。〇〇川の下流にて、Aくんの死体が発見されました」

 その川は、昨日私たちが遊んでいた川でした。

 警察官はテーブルの上に現場と思わしき写真を並べ始めました。写真を見て、私とBは絶句しました。そこには昨日三人で遊んでいたあの木の箱が写っていたのです。

「Aくんはこの箱の中に入って流されていたようです。目立った外傷などはありませんでしたが、箱の中でそのまま息絶えていました……何か心当たりはありませんか?」

 私はBに小声で「正直に言おう」と話しかけました。Bもそれに頷き、私たちは一部始終を話しました。木箱で遊んでいたこと。木箱を川に流したこと。その時に三人でいたことを見ていた作業の人がいたこと。

 一通り話すと、警察の人は電話をかけて何やら話し始めました。

 電話を終えると警察の人は再び私たちのことをじっと見つめてきました。その表情があまりにも怖かったので、私はこの時、人生で初めて他人に対して恐怖というものを感じました。

「河川敷でがれきの撤去作業していた人から君たちが三人でいたという情報は得ています。残念ながら、それがその箱を流した後かどうかはわかりません。今一度、詳しい話を聞きかせてもらえますか?」

 それから私たちは親を呼ばれて何度も同じ話をさせられました。しかし、箱を流したという事実と証人が誰もいないということからなかなか信じてはもらえませんでした。

 何より困ったのがAくんの父親です。Aくんの父親は私たちがやったと決めつけ、私たちが息子を殺した不良と吹聴して回ったのです。その結果、私たちは学校での居場所がなくなり、Bくんはとうとう自宅のあるマンションの屋上から飛び降りて死んでしまいました。

 私は学校へ我慢して通っていたのですが、次第に周囲からいじめられるようになり、さらにはどこかから聞きつけてきたマスコミに追いかけられ、結局は引っ越すことになりました。

 ふと、あの時に箱を川に流そうと言い始めたのはBくんだし、BくんがAくんのことを箱の中に入れたんじゃないか。箱を三人で見送ったのは気のせいで、あの時にはもうAくんの姿はなかったのではないか。そう思うこともあります。

 事件からもう10年近く経ち、Bくんもこの世にはいないので真相はわかりません。

 しかし私はBくんも、私自身も、Aくんのことは殺していない。そう信じたいのです。

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