安心してお怖がり下さい

六波羅清昭

カタミオクリ

 冥婚というものを知っているだろうか。

 未婚で亡くなった者を弔うために生者と結婚をさせるというものだ。

 結婚と言っても形は様々で、人形を棺に入れるもの、故人にまつわる物を封筒に入れて道に置き拾った者と事実上の結婚をさせるもの、そして遺族が結婚相手として選んだ相手を殺して死後の夫婦とするものまである。

 主に東アジアで多く見られる風習であるが、日本でも架空の婚姻相手を書いた絵馬を奉納するという文化が一部地域で今でも行われている。

 さて、今回は私の祖母から聞いたカタミオクリと呼ばれた冥婚の話をしよう。特定されては困るので細部は変更していることを予めご了承願いたい。

 これは、ある山奥の集落に伝わる風習である。

 未婚で亡くなった者が出ると、翌朝にその者の未婚の異性を対象としてくじ引きが行われる。本人がくじを引く場合もあるし、弔問に訪れた家族が代理で引くこともある。

 くじが当たった者は死者の婚姻候補とされ、カタミと呼ばれる。カタミは遺族の手によって殺されて先に亡くなった者と夫婦として一緒に埋葬されることになる。

 ここからがこの風習の変わったところで、カタミになった者にも拒否権があるのだ。

 カタミやその家族のほとんどは殺されることを当然拒否する。そこで、カタミを殺せるのはその日のうちだけで、翌日の太陽が昇るまで逃げ切れば婚姻は無効となるというルールが作られた。生死をかけた鬼ごっこのようなものと思ってくれればいい。

 拒否権があると言っても、ほとんどの場合においてカタミは殺されてしまったらしい。なぜならば、カタミの家族以外の者たちは遺族側に付くというきまりがあるため、カタミがいくら隠れようとも人数の差ですぐに捕らえられてしまうのである。ちなみにカタミを殺す権はあくまで遺族だけにあるので、他の者たちは捕らえることしかできない。

 実は私の祖母もこのカタミに選ばれたことがあったらしいが、集落を出て上京をしたために逃げ切ることができたそうである。祖母は集落の外に住む親族の手引きでトラックの荷台に乗せられて駅まで運ばれ、そこから汽車の車掌に話を通して貨物車に隠れたとのことだ。実際、カタミに選ばれた者が集落を出ることは、その頃には常套手段と化していたそうである。

 もっとも、風習はしっかりと行われていたそうで、遺族たちを含む村の者たちが正気を失った様子でトラックへ近づいてきたことの恐怖は、上京してしばらく経っても忘れることはできなかったと語っていた。

 さて、その集落は今ではいわゆる限界集落であり、住人も高齢者が数人残るばかりで未婚の者もいない。それに、さすがに現代の倫理観の下、このような風習が行われることはないだろう。

 そして、無関係な人を不条理に殺していたという内容からその記録は戦後まもなく破棄されたと聞く。

 当時を知る者たちも高齢化し、積極的に語ろうとしないため、この風習も忘れられていくことになるだろう。

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