慶長19年9月大坂(その1)

紀州街道から左に折れて木津川沿いの道を行くと、大坂城を目指す牢人たちが列をなしてぞろぞろと歩いていた。

めいめいが葛籠を背負い、長短はあれ槍を肩にして、どこか意気揚々と歩いている。

・・・それも当たり前か。

十余年前の関ケ原の合戦で東軍に敗れた西軍の大名は廃され、主家を失った家来たちはみな貧しい牢人となった。

それが今や、お手当をもらって公然と東軍への意趣返しができ、乾坤一擲の勝負に勝てば元のまっとうな侍暮らしにもどれるのだ。

堺奉行の長谷川藤広に押しつけられた弟子だか従者だかの服部左門之助は、着かず離れずにあとをついてくる。

・・・牢人者たちの列が止まった。

その先に大きなひとの輪ができていた。

輪の中ほどから抜け出した髭面の大男が、ふらふらと千鳥足でやってきた。

「おお、宮本どの」

「山賊どの、か」

門司ケ関からの便船に岡山から乗船してきた五人ほどの山賊のような牢人者の頭にここで会おうとは・・・。

やがて現れた四人の子分たちが、無三四を見てぎょっとして立ちすくんだ。

子分どもも腰が抜けたようにふらふらと立っていた。

「宮本どの、山賊呼ばわりはちとひどすぎる。これでも、親にもらった猪熊弥次郎という名もある。豊臣家を助けようと播磨から駆けつけたのじゃ」

堺で下船してはじめて、じぶんたちが無謀にもあの宮本無三四に立ち向かったと誰かに聞いたのだろう。

ひとの輪を見ると大きな菰樽が三つも四つも道端に置かれて、大勢の牢人者が柄杓で好き放題に飲んでいた。

「秀頼さまのふるまい酒じゃ」

酔いで酒呑童子のように顔を真っ赤にした山賊の親分は、馬のような歯並みを見せて大声で笑った。

「新品の刀も武具もいただける」

「刀や武具だけではない。竹流し金までいただけるんじゃ」

横の子分たちがまぜかえす。

「なんじゃ、それは」

「なんでも千枚分銅とかいう金塊を溶かして竹筒に流したものだそうだ」

「ひええ、・・・金塊まで頂戴できるのか」

「もっとも、馬に乗れるやつだけらしいが」

別の子分が得意げにいう。

「いやいや、それだけではないぞ。妻子持ちは住まいも与えられる」

「ほほう。ならばお主は、播磨から女房と子らを呼び寄せんとのう」

「独り者には、女郎屋に出入り勝手じゃと」

「なら、昨夜の女郎にまた会えるぞ」

山賊のような牢人者たちは、昨夜は堺の女郎屋で夜を明かしたようだ。

「なんと、秀頼さまは女郎屋まで・・・。ならば妻子は呼び寄せん」

しこたま飲んだ酒の勢いなのだろう、大坂での夢のような暮らしを囃し立てて山賊の子分どもは笑い転げた。

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