慶長2年1月但馬(その3)

ふたりは、傾きかけた天道の光を追うようにして、山あいの街道をたどった。

あと少しで作州というところで、弁之助は騎馬が地面を叩く地響きを遠くに聞いた。

地響きは次第に近くなった。

「待てい!」

と叫ぶ声に続いて、五騎ほどの騎馬武者が現れ、ふたりを取り囲んだ。

「有子山城の手の者か?」

弁之助の問いには答えず、騎馬武者は馬上から槍を突き入れた。

かろうじてかわすと、背中を次の槍が襲った。

『これは秋山小兵衛を倒した儂への、有子山城の小出勢の意趣返しか?』

それを確かめる間もなく、槍が次から次へと襲ってくる。

日が尾根の向こうに落ち、辺りが急に暗くなった。

・・・それが弁之助に幸いした。

道下の藪に飛び込み、さらに反転して素早く杉木立の陰に身を隠した。

あちこちの藪を槍の先で突き回していた騎馬武者たちは、暗さを増す街道を見やってあきらめたのか、引きあげにかかった。

弁之助が街道に這い上がって見やると、騎馬武者たちの後ろ姿は次第に小さくなり、暗闇の中へ消えていった。

・・・が、捨丸の姿がどこにもない。

「捨丸!捨丸!」

呼びかけながら、弁之助は街道のこちら側と向こう側はもちろん、行きつもどりつ地べたを這うようにして捨丸を探した。

が、すでに日が落ちて漆黒の闇に覆われた山あいに、捨丸を見つけることはできなかった。

・・・弁之助は、肩を落として宮本の構えにもどるしかなかった。

暗闇に包まれた屋敷の門前に立つお吟が、一目散に駆けてきた。

「捨丸はどこじゃ?」

お吟は弁之助の背後に捨丸をさがした。

「捨丸はどうした?」

胸にむしゃぶりついて問いただすお吟に、弁之助は天を仰ぐしかなかった。

・・・数日して、無二斎が城詰の交代とかで、もどって来た。

弁之助は、回国武者修行の手始めに但馬の有子山へ出かけ、秋山小兵衛に勝つには勝ったが、追いかけてきた小出の騎馬軍団に捨丸を奪われ、すごすごもどってきたと正直に話した。

無二斎は、秋山小兵衛の話など聞いてはいなかった。

怒りにまかせて殴られる、と覚悟した弁之助だが、

「有子山城に連れていかれたか。・・・これはまずい」

以外にも、無二歳はぼそっとつぶやいたきり、黙り込んでしまった。

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