戦国の兄弟~宮本無三四戦記~

藤英二

天正12年10月美作(その1)

山あいの道を、冬の残光が赤く照らしていた。

その残光を背にして、ふたりの女が坂道を下りて来た。

ひとりは市女笠をかぶり、金紗の打掛に顔を埋め、杖を突いていた。

もうひとりの女は姥なのか、鼠色の厚地の道中着姿で笈を背負い、こちらも杖を手にしていた。

『この女だ』

無二斎は、街道の傍らの竹藪に身をひそめた。

『それにしても、大殿もとんだ無茶振りをしたものよ』

主君の新免伊賀守宗貫が京の茶屋で遊んだ折、気に入った白拍子を竹山城に連れ帰ったのがまちがいのもとだった。

この白拍子に腑抜けとなった伊賀守は、治世を忘れ酒色に溺れた。

国衆は離反し、いちどは殲滅したはずの毛利方の草刈与次郎の遺臣に赤田城を奪還される始末だった。

「このままでは新免家は滅びます。あの売女を京へ追い払ってくだされ」

諫言した重臣の本位田外記を逆恨みした伊賀守が、無二斎に上意討ちを命じた。

・・・無二斎は悩んだ。

美作一円では並ぶ者のない剣術使いだが、宮本村の一介の土豪でしかないじぶんを家老にまで取り立ててくれた伊賀守には、恩義があった。

一方、外記之助は竹山城での同輩であり、また無二斎が創始した当理流の師範代でもあった。

情と理に悩んだ末に、無二斎は外記之助を討つかわりに、白拍子の寵姫を追放するのを条件とした。

意外なことに、伊賀守はこの条件をあっさりと受け入れ、

「今さら京へ追い返すには忍びない。いっそ殺害せよ」

と、無二斎に命じた。

卑怯な謀りごとをもって外記之助を泣く泣く討ち果たした無二斎は、竹山城を追われた白拍子を街道で待ち伏せすることになった。

小さな祠にさしかかった女主従の前に両手を広げて立ち塞がった無二斎は、

「主命によって成敗いたす!」

と言うより早く、腰の長刀を抜きざまに寵姫を袈裟に斬った。

女は一瞬虚空をつかみ、そのまま仰向けに倒れた。

稲刈りが済んで干からびた田圃へ逃げようとする姥の襟首をつかんで引き倒して太刀を振りかぶると、

「子ができたからとて、愛妾を殺す非道な伊賀守に七生まで祟ってやる」

後ずさりしながら喚いた。

『さては、大殿は、子ができたから寵姫を殺せと儂に命じたのか!』

白拍子の着物の裾が、黒い水で濡れていた。

這い寄った姥が、裾を開いた。

秘所から赤黒いものが覗いていた。

無二斎が、脇差で秘所を縦一文字に切り開いた。

と、・・・拳ほどの赤ん坊が転がり出た。

臍の緒を切り、女の小袖でくるんで抱き上げると、赤子は勢いよく啼いた。

「おお。男の子じゃ」

四つん這いの姥が呻いた。

辺りを見回すと、田圃いちめんに夕闇が音もなく舞い降りていた。

女の懐に手を差し入れて綾織の巾着袋を奪い、黒髪をひとつかみ切り取った。

巾着袋の中身は、伊賀守からの殺しの褒賞だった。

「なんと非道な!」

女にすがって喚く姥に、振り向きざま太刀を振った。

その額に血筋が走った。

だが、無二斎はそれを見ずに背を向け、赤子を小脇に抱えて一目散に駆け出した。

・・・もうこれ以上、おのれのおぞましい所業を見たくはなかったのだ。

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