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 気を取り直して。とりあえず突き止めた依頼主がそれであったという前提で、且つ正しくないという結論を出した、というところまでを改めて説明した。


「今日のゾンビ騒動の時も同じような予想を立てましたね、そういえば」

「だったら何でさっきハラキリしようとしたんだよ!」

「いやぁ、つい」

「つい、じゃねーよ!」

「あ、それと、切ろうとしたのは喉です」

「どうでもいいよ! そもそも流れるように自害しようとするのやめてくれる!?」

「中の人、話を進めてもいいか?」

「あ、はい。すいません」


 怒られた。正確には別に怒っても叱ってもいないが、ベス的にはそういう感じであった。とはいえ、気を取り直した割に即蒸し返したのだから言われても仕方ないと言えば仕方ない。


「んでも。マリィちゃんとこの家になすりつけた、ってなるのはいいけどさ。肝心のその相手が分かんないんじゃ意味なくない?」

「アップルトン家は男爵だ。最高位の貴族ならば容易く出来るだろうな」

「だったら……ん? 最高位?」


 フィリップの言葉に、ベスが首を傾げる。何だか引っかかるぞその言い方。むむむと首を捻っていたので、いい加減引っ込みなさいとエリーゼによって彼女は押し込められた。

 そうして表に出てきた彼女は、まあつまりそういうことよね、と彼等を見る。その問い掛けに頷きはしたが、しかしそこから先は難しい表情を浮かべていた。


「あら、その顔をするということは、結局証拠は出ていないのね」

「それはそうだろうね。あのマクスウェル翁がそんなヘマをするとは思えない」

「……いや、違う」


 エドワードの言葉を否定するかのようにフィリップは言葉を紡いだが、しかし表情はそのまま。証拠があるのならば一体何が問題なのか。若干ついていけない面子はそんな疑問が湧き上がっているが、ある程度ついていける面子と理解した二人はその言葉に小さく溜息を吐いた。勿論ベスはついていけない側なのでマリィと一緒に傍観サイドだ。


「では、それを使って公爵家に殴り込みと行きましょうか」

「リザ」

「このまま向こうが本当の証拠を出すまで待つとでも言うつもり?」

「……腐っても王族だからな。こちらは動けん」


 苦々しい表情でフィリップはそう告げた。グレアムも何とも言えない表情で彼の言葉を無言で肯定しているし、エドワードも仕方ないとばかりに肩を竦めている。王子が、宰相の息子が、高位の貴族が。確たる証拠もなしに、最高位の貴族であるマクスウェル公爵家を糾弾することなど出来はしない。乗り込んで暴れるなど論外だ。


「そもそも、俺は前も言ったはずだ。君が本当の死体に戻るのは耐えられない、と」

「わたくしが信じられない?」

「一度首が落ちているからな」

「成程。……それは、失態ね」


 顎に手を当て考え込む仕草を取る。そこで知るかボケと単身乗り込むような真似をしでかすほど仕上がってはいないらしい。そのことに少しだけ安堵し、しかし油断はならないと気を引き締める。

 そんなフィリップを見ながら、エリーゼは少しだけ口角を上げた。ところで、と彼に尋ねた。


「禁呪の方は、どうなのかしら?」

「どう、とは?」

「とぼけないで頂戴。エドワードの馬鹿についていたものとの関連性はとっくに調べたでしょう?」

「エドワードの残っていた禁呪と令嬢達にまとわりついていたものに、関連性はほとんど見られなかった」

「……それは、確かなのね?」


 念の為グレアムにも尋ねる。同じように肯定の返事が来たのを聞いて、エリーゼは拍子抜けしたように目を瞬かせた。次いで、証拠がないとかもったいぶった割にそれか、と言わんばかりに目を細めた。

 そうして、彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「では、それを使って公爵家に殴り込みと行きましょうか」

「コピペかな?」

「ベス」

「しゃーないじゃん。あたしそっちが何言ってんのか分かってないんだもん!」

「自慢げに言うことではないぞ中の人」

「わたしも正直良く分からないんですけど」

「大丈夫。マリィには俺がきちんと説明するから」

「そこ! 胡散臭い方の王子! あたしにも説明しろー!」


 ちらりとベスを見た。そうして再びマリィに視線を向けると、彼女がコクリと頷く。まあいいや、と肩を竦めたエドワードは、フィリップとグレアムに一応確認をとった。説明は自分で問題ないか、と。


「ああ。お前がどれくらい理解しているか教えてもらおうか」

「無駄に偉そうだね兄上」

「兄だからな」

「そこ以外に誇れるものがないのかい?」


 あぁん? と再び睨み合う。いいからさっさとしろ、とエリーゼがそんな二人にチョップをかましていた。


「いたた……。まったく……まず、大前提として、禁呪はその名の通り禁じられた技術だ。だから普及は当然していないし、簡単に使われないよう管理者がいる」


 マクスウェル公爵家がその役目を担っていたのは承知の通り。そして、その立場だからこその大きな責任も存在する。

 もう一つ、重要なことは。


「現在の公爵家はその管理者という血筋を重視せずに己の力を示しているけれど、当然それで禁呪の管理がなくなるわけじゃない。現当主のマクスウェル公爵は、そのためにこれまでとは違う方向に舵を取った」

「それが、使われた禁呪の回収、だ」

「人の説明を途中で取るのはやめてくれるかい愚兄」

「あはは。……あ、つまり」


 マリィがぽんと手を叩く。そういうことか、と頷く。禁呪の使用者が公爵家である証拠としては使えなくとも。


「使われた禁呪の報告と称して向かえばいい、ということだね。ただ、俺に使われたものをその方法に使おうとすると厄介なことになるから、言い方は悪いけどそこまで家格の高くない令嬢達の物を使うことになるけれど」

「共通点があまりないからこそ、というわけですわね」


 だからこそ、『それを使って公爵家に殴り込みに行く』なのだ。自身の発言の説明をそうして終えたエリーゼは、口元を三日月に歪めた。勿論、それが相手の想定外ということはないだろう。あの狸爺は、それも踏まえて、むしろ呼び込んでいる節すらある。男爵家を犯人に仕立て上げようとしたあからさまな罠。そして、こちらに来いと言わんばかりの禁呪の並び。どこをどう持っていっても、予想外にはなりそうにない。


「だからといって。行かない理由はないもの」


 動く死体となった時に、体に宿った得体の知れない魂と会話した時に。間違いなく自分は告げたのだ。

 こうなった相手に、ちょっとした仕返しをしてやると。だからそれを違えるつもりなど毛頭ない。たとえ相手がなんであろうと、だ。







 随分と久しぶりな気もする、とエリーゼはその館を見ながら呟く。断罪され牢生活をしてからだから、おおよそ半年ぶりくらいだろうか。一度帰ってきているらしいと話は聞いたが、その時は物言わぬ死体。だからその感想は至極当然。

 王都の端にあるそんな巨大な屋敷は、マクスウェル公爵家の別邸だ。自領から王都へと仕事をするのに使っている場所であり、禁呪の管理空間の意味合いもあるそこは、間違いなく彼女達にとっては獲物を待ち構える魔物の大口。


「本来ならばここにいるのは現マクスウェル公爵だが」

「あら、父さまはいないの? まさか母さまが一人でいるはずもないし」

「分かっていて聞くなエリザベス」


 はぁ、とグレアムが溜息を吐く。はいはいとそれを流したエリーゼは、それで何故いないのだと目で問うた。その視線を受けた彼は再度溜息を吐き、少なくとも命の危険に陥ってはいないと答える。


「それはそうでしょう、わたくしを殺したのだから。そこから父さまや母さままで消したら公爵家そのものが立ち行かなくなるわ」

「分家筋から跡継ぎを」

「そんな拘りのないことを考えられるのならば、父さま達がお祖父様の意に沿わない時点で始末されて正しい公爵家の後釜が出来ているわ」

「うへぇ」


 同じ口からベスの呟きが漏れる。それを承知だからこそ今の公爵はそれを続けたのであるし、それを理解しているからこそエリザベスを爺に対抗出来るよう鍛え上げた。そこには確かに親の愛があり、そして間違いなく前当主と同じ外道の血が流れている。


「まあ、その辺りを逆手に取られてわたくしは処刑されたのだけれど」

「負けてんじゃん」

「そうね。だから、仕返しよ」


 ベスの言葉にそう返し、エリーゼは楽しそうに口角を上げた。はいはい、とフィリップは苦笑し、グレアムは肩を竦める。

 そうしながら、では乗り込むメンバーを決めようかと馬車の中にいる連中に視線を向けた。王家の用意した大型馬車には前回の会議に参加していた面々が揃っており、約一名を除いてその表情には何の驚きもなく発言を受け入れているように見える。

 この大型馬車も、わざと目立つように移動していた。訪問自体を『なかったこと』にされないために、である。何かしら大規模な工作をしなければならないようにという搦め手の一つである。

 ともあれ、その馬車の中の約一名だけは真っ青な顔で全力で首を横に振っていた。アンデッドであるエリーゼの数倍は顔色が悪いであろうその一人、レオニーは、お前は不参加と言ってくれるまでやめないとばかりに拒否をしている。


「とりあえずケイス伯爵令嬢は残留組だとして」


 あからさまにホッとした表情になった。だろうな、とそこにいたニコラスもアシュトンも、マリィですらそう思う。ここに彼女を連れて行ったら、もし何の障害もなく目的を達成したとしても死体になっていそうだったからだ。当事者である本人は、なっていそう、ではなく間違いなくなると確信している。


「なら、僕も残る。流石に直接対抗する気力はないからな」

「じ、自分は……! ならば、この馬車の、護衛を」

「わたしは勿論行きますよ」


 さらりと言ったニコラスに対し、アシュトンは何かしら葛藤しているようであった。言っていることは間違ってはいないが、それは果たして少し前の宣言に相応しい発言だったのか。それを悩んでいるように見えた。勿論他の面子は気にしていない。

 マリィは平常運転である。


「マリィが行くなら俺も行くよ」


 そしてエドワードも平常運転である。兄弟揃って色ボケとか大変だなぁ、とベスは大分不敬なことを考えながら門の前に立つ面々を見た。フィリップ、エドワード、マリィ、そして。


「あれ? グレアムさん来ないの?」

「俺の担当は外からのサポートだ。纏めて絡め取られるのは避けたいからな」

「王子がダブルで乗り込む時点でアウトじゃない?」

「王家の世継ぎが同時に失われることをマクスウェル翁も良しとしないだろう。少しでも可能性を上げるためにはそれもありだ」

「そんなもんかねぇ」

「そんなものさ。それよりも中の人。お前こそ心配だぞ」

「へ? あたし?」


 ああ、とグレアムは頷く。現状彼女についてこちらが分かっているのは、自称異世界転生者の魂だということくらい。ここに存在する原理も理由も経緯も不明なのだから、向こうの意図した方法で定着しているのならば、向こうの思うように付けたり剥がしたり出来るのならば。


「乗り込む面子で一番消される可能性の高いのは中の人、お前だ」

「マジカヨ!?」

「あらベス、怖気付いたの?」

「いや逃げたくともエリーゼの体だからどうしようもないんだけどね! ……つってもまあ、逃げるつもりもないけどさ」

「ほう、意外だな」


 フィリップがそんなことを呟き、ベスは何だとてめぇと彼を睨む。確かにこちとら別段何の取り柄もない魂だけど、とそのまま口にした。


「ここまで来て友達見捨てて逃げるほど人でなしでもねーのよあたし」

「……」

「んだよ? 文句あんのかエロ王子」

「ベス嬢、その理由でここについていく決断をする時点で、貴女は立派な変人だよ」

「胡散臭い方の王子! それ褒めてねーよ!? 嬉しくない!」

「ふふっ、いいじゃないの。ベス、あなたの考えはよく分かりましたわ」


 嬉しそうに、本当に楽しそうにエリーゼが笑う。マリィもそれにつられたのか、あるいは元々ベスの発言が原因だったのか。とても満足した笑顔でありがとうございますと答えていた。


「では、行きましょうか。あの糞爺のすました顔面に拳をねじ込みに」

「死ぬぞ、マクスウェル翁」

「あら、知らないのフィリップ。お祖父様はね、殺しても死なないのよ」

「ここまでの経緯を知っているとうっかり信じそうな冗談はやめろ」

「殺しても死ななかった孫娘がいる時点で、冗談でも何でもなさそうだけれどね」

「そうですねぇ」


 ご武運を、とばかりに手を振る四人に見送られ。フィリップ、エドワードの王子兄弟、誰かさん曰く乙女ゲームのヒロインだとかいうマリィ、悪役令嬢だのなんだのと言われたエリーゼ。そして。


「ま、とりあえずぶっ倒せばいいんでしょ。いけるいける」

「あら、ベスも中々言うようになったわね。感心感心」

「あたぼうよ。なんせあたしは、エリーゼの相棒だかんね」

「自惚れもいい加減になさいな」

「辛辣ぅ!?」


 その彼女の中にいる奇妙な魂、ベス。四人と中に一人は、そうして迷うことなく屋敷の門を潜り抜けた。伏魔殿の中へと、足を踏み入れた。


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