首と体

 ぴくりとエリーゼが何かに反応した。どうしましょうか、というマリィの言葉に返事をすることなく、彼女はベスへと問い掛ける。首が無くとも、続けられるか、と。


「分からん!」

「じゃあ試しましょう。雌豚、わたくしの首を持ちなさい」

「はい」

「え?」


 流れるようにエリーゼの首が落ちる。ほいっ、と彼女の首を持ったマリィは、別段驚くこともなく体だけとなったベスに視線を動かした。当然エリーゼも同じである。ついていけないのはレオニーのみ。


「く、首が……っ!? エリザベス様の、首っ!?」


 そしてリアクションを取るのも当然レオニーのみだ。目を見開き、顔を真っ青通り越して真っ白にしたままぶっ倒れた。まあ普通の令嬢なら当然だな、と思いながら、そうなるとアシュトンこれと同レベルじゃん騎士としてどうなのと純粋な疑問が湧いてくる。そんなベスに向かい、余所見をするなとエリーゼは文句を述べた。


「それで? どうなのかしら?」

《あー、うん。やれなきゃよかったんだけどなぁ……》

「大丈夫そうね。ならば、引き続き頼むわよ」

《へいへーい……。ん? でも、何で?》


 靄を使って文字を視認しつつ作業を再開しようとしたベスであったが、それが気になった。別にただ書くだけならば分離する必要はない。逆に言えば、分離する必要があるということで。

 マリィも気付いていたのか、先程から言葉を発さず屋上への出入り口を睨んだままだ。エリーゼとマリィのそんな様子を確認したベスは、つまりこれから面倒なことが起きるわけだと溜息を吐きたかった。顔がないので心の中で吐いた。


《邪魔にならないように気絶した連中運んで遠くに行ってるね》

「ええ、そうして頂戴」


 首がくっついていなくともエリザベスの体のスペックが落ちるわけでもなし。使いこなせないので真価の百分の一を発揮出来るかも怪しいが、とりあえず令嬢を運ぶくらいは出来る。ひょいひょいと彼女達を動かし、ベスはそのまま作業を再開した。向こうの手伝いはしない。彼女の助力が必要ならば、最初から分離などしていないからだ。


「雌豚。わたくしをしっかり持っていなさい」

「はいっ。死んでも離しません!」


 悪役令嬢の首を抱えるヒロインの図。非常にシュールだが、それを理解出来る相手がいないのでベスは流す。ちなみに普通の感性としての感想ならば共有出来るのだが、なんだかんだ普通とずれている彼女はそれに気付かない。

 ともあれ。屋上の扉を開けてやってきたのは武装した男達であった。先程見たごろつきとも違う。雇われたのか洗脳されたのかは定かではないが、一段上の戦闘慣れした集団である。


「流石にこれ以上学院に魔物は送り込めないようね」

「ゾンビみたいなタイプならまだいけるんじゃないですか?」

「そうね。だからあいつらが『そうなる』可能性も考慮しなさい」

「了解です。……あ、でも」


 そうなってない限り自分は足手まといだ。あははと苦笑しながらマリィはそう告げた。筆記の成績はともかく、彼女の実技の成績は中くらいだ。破魔呪文を持っているので対アンデッドや悪魔には特攻が突き刺さるかもしれないが、現状普通の人間だと思われる敵相手では心もとない。


「何を言っているの? これは授業じゃないの。別に、何をしてもいいのだから」

「何をしても、ですか?」

「ええ。まあ、わたくしは真正面から叩き潰すのが好みだけれど」

「知ってます。なので、エリーゼさまがしたいように、やってください」


 卑怯な手とか罠に嵌めたりとか、そういうのを使えばマリィも大丈夫なのだろうが、彼女の腕の中にはエリーゼの首がある。ならば、やることは彼女が気持ちよくなる立ち回りだ。マリィにとってはそれが最優先。

 まったく、とエリーゼは小さく息を吐いた。ちらりとマリィの顔を見ると、彼女は口角を三日月に歪める。


「雌豚」

「はいっ」


 武装した男達の目的は、おそらく生きているもの全員の始末。早い話がエリーゼ以外の殺害だ。だから、細かいことを考える必要もない。とりあえずぶっ倒せばいい。

 それとは別に、これは公爵家からの指示ではないだろうというあたりも付けた。きっと自主的に考えた結果だろう。そういう風になっているはずだ。だからこそ、ベスの作業が必要になる。倒してから、などと余計な時間を掛けたくない。


「もう一度言うわ。わたくしをしっかり支えるように」

「分かりました!」


 男達がまず狙ったのは気絶している令嬢達だ。抵抗されない連中を始末すれば、抵抗する連中に手こずってもある程度目的を達成出来る。

 そういう考えであろうことが伺えたので、やはりごろつき達とは少し違うとエリーゼが判断した。ごろつきゾンビをけしかけただけの令嬢達よりは、考えている。


「まあ、わたくしにとっては大して変わらないけれど」


 キン、と彼女のイヤリングが煌めいた。男達を真っ直ぐ見ていたエリーゼは、笑みを浮かべていたその口を大きく開く。

 そして、そこから炎のブレスを吐き出した。美少女の生首が火を吐いた。

 当然男達は阿鼻叫喚である。か弱い令嬢の持っていた美しい生首から繰り出された炎のブレスは、あっという間に彼等を取り囲んだのだから。


「ふぅ。一応相手が完全な人間であることを考慮して威力を抑えたから、こんなものかしら」

「凄いです、エリーゼさま」

《リアクション間違ってない? 火ぃ吹いたんだよ? もう人間じゃないよ? 間違いなくモンスターだよ?》

「こちらを見ている暇があったら作業を続けなさい。そもそも、別にそれ自体はおかしなことではないわ。呪文の発動箇所をそこにしただけだもの」

「手足を縛られた時とかに使うやつですね」

《えぇ……割と普通の技術なの?》

「いえ、高等技術ですよ? 学院の生徒だとニコラスくんとかああいった人しか出来ないんじゃないしょうか」

《うん。あたしの言いたかったのはそういうことじゃない》


 もういいよ、とベスは見過ぎて頭が痛くなってきたような禁呪の文字に取り掛かる。頭はないので錯覚なのだが、それくらい疲れているのだろう。とりあえず心配しなくても問題ないということだけは分かった。


「ふむ……どうやら隠し玉はないようね」

「ということは、本当にただの人だったんですね」


 判断としては令嬢の上を行ったようだが、戦力としては上回れなかったらしい。それはつまり、これをけしかけた者と気絶した令嬢達が情報を共有していなかったということで。

 協力関係ではなかった、あるいは、表面上だけの関係であった。どちらにせよ、双方ともに信用していなかったのだろう。

 す、とエリーゼが目を細める。それを合図に炎は消え去り、気絶した男達だけが眼前に広がる。色々聞き出すためには拘束したいところだけれどと考えた彼女であったが、そのための縄もないし、代用品もないと眉間にシワを寄せた。


「いっそ足を折っておこうかしら」

「待て待て待て!」

「ひぇ――こほん。そういう事柄ならば、自分に任せていただきたい」


 割と本気でそう結論付けたエリーゼに被せる声。どうやらようやく追い付いたらしいニコラスと、相変わらず活躍出来なかったアシュトンが、屋上へとやってくるところであった。







 いい加減これだけいるとフィリップの執務室では収まりきらなくなってきた。そんなことを思いつつ、部屋の拡張でも申請してみるとかと彼は思う。やるのはグレアムなのでげんなりした表情で溜息を吐いていた。


「それで? どうなったのかしら」


 合体したエリーゼがフィリップに問う。彼女の言っているのが何を指しているのかなどと聞くまでもない。学院の授業後に起きた一連の騒動についてだ。

 それを話す前に、とフィリップはぐるりと視線を動かす。ここにいるのは部屋の主である彼とグレアム、そしてエリーゼと中のベス、何故かいるエドワード、騒動の当事者であったマリィ、ニコラス、一応アシュトン。

 そしてどういうわけか頭数に入れられたので可哀想なくらい震えているレオニーだ。


「わ、わた、私、何故、こんな場所に……!?」

「……無理せず、帰宅しても構わないが」

「まあその場合、次に会う時はケイスさん多分死体ですよね」

「ひっ!?」

「脅すなマリィ嬢。だが、まあ、状況を鑑みればそうだろうな」


 真っ青な顔で歯をガチガチと鳴らしているレオニーを見ながら、グレアムもそう零す。今回の騒動で始末の対象にされていた以上、このまま無策で寮に戻れば翌日あたり行方不明になって三日後くらいにボロ雑巾のような死体で発見されるであろう。そうして伯爵家が声を張り上げ、一連の事件との結び付きが何故か発見され。


「そういうわけなので、申し訳ないがケイス伯爵令嬢と、向こうの事件を起こした令嬢達は暫く王宮預かりとなる」

「わ、分かりましたわ……お心遣い、感謝いたします」


 そう言って頭を下げるレオニーを見て、良かったですねとマリィは微笑む。現状遠慮なく縋れるのが彼女だけなのか、その言葉を聞いたレオニーは涙目でマリィの手を掴んだ。そうして彼女の背中に隠れる。


「俺としても。マリィの友人ならば助けないといけないと思うからね」

「愚弟、彼女は」

「知っているよ。だとしても。今彼女をどうこうするとマリィに嫌われるかもしれないじゃないか。兄上と違って、俺は好きな人に嫌がられたくない」

「まるで俺がリザに嫌がられて悦んでいるような言い方はやめろ」


 フィリップの眼光にもエドワードはどこ吹く風である。何度目かの盛大な溜息を発したグレアムは、話を続けていいだろうかと二人に述べた。


「そこの二人は、どうする?」


 そうして彼が紡いだ言葉は、傍観者を貫いていたニコラスとアシュトンに向けてだった。正直自分はどちらでもいい、と割と投げやりな言葉を告げたニコラスは、そうは言ってもと肩を竦める。


「どうせ巻き込まれるのだろうから、僕としては情報だけでも欲しい」

「懸命だな。では、そちらはどうだ?」

「自分は……現状、足手まといだと理解しています」


 アシュトンは静かにそう述べ、そして、ゆっくりと頭を下げた。それでも、ここまで来たのだから手伝わせて欲しい。そうグレアムに、否、ここにいる面々に懇願した。迷うことなく、自身のプライドをかなぐり捨てた。

 だが、エリーゼはそれを見て少しだけ楽しそうに笑った。そういう行動こそが、彼の騎士としての誇りを表しているのだ。などと彼女が思うはずもないが、何にせよアシュトンのその行動は彼女に面白いと思わせた。ついてきてもいいと感じさせた。


「堅物。そう言うからには、きちんと働きなさいな」

「承知している」

「……フィリップ、いいのか?」

「リザがいいならいいだろう」

「こいつ……」

「兄上は本当に」

「エドワード殿下、言っておくがそちらも大概だぞ」


 似た者同士だなぁ、とベスは思う。こういう場ではぶっちゃけ話に参加しても意味がなさげなので、彼女はニコラス達よりも更に傍観者であった。禁呪の文字も提出したし、自分の出番は終わった、とそう結論付けていた。

 そんな彼女の予想を現状裏切ることなく、話は進む。生きているごろつきからは情報は皆無、ゾンビは言わずもがな。そして、後からやってきた武装した男達は無実を主張していた。学院でとある令嬢を殺害しようと企んでいた賊の討伐だと、依頼主からは教えられていたと口を揃えて述べたのだ。


「だが、それが誰かは分からない、と」

「本人達も不思議そうだったからね。恐らく、これまでと同じように何かしらされていたんだろう」


 報告書を読んでいたフィリップの言葉をエドワードが繋ぐ。なんだかんだこういう時は兄弟なんだな、と誰ともなしに考えた。

 そういうわけで、とエドワードが視線を向ける。その先にいるのはエリーゼだったが、当の本人は素知らぬ顔。つまり、彼が見ているのは彼女ではなく。


「ベス嬢、あの兵士達からは何か感じなかったかな?」

「うぇ!?」


 急に話を振られたベスは思わず変な声が出る。それを聞いてグレアムは吹き出し、エリーゼが自分の体で間抜けな行動をするなと咎めた。はい、すいませんと素直に謝ったベスは、それでなんだっけかと首を傾げる。


「捕らえた兵士達に禁呪の痕跡があったかがどうか、だけれど」

「えっと? そういやエリーゼに言われてたから一応見たけど、特に何もなかったなぁ」

「そうね、文字は見えなくともあるかどうかはわたくしにも分かるわ。あの連中にはその痕跡はなかった」

「二人が言うなら間違いない、か」


 ならば連中が嘘を吐いている。そういう可能性も考えられるが、しかし。

 多分違うな、と述べるのはフィリップだ。グレアムもそうだろうなと頷いている。


「ニコラス。すまないが、自分にはどういう理屈でそう考えたか分からない。説明をもらえるか?」

「まあ、アシュトン先輩は僕より情報が少ないから当然だろうけど。僕も大まかな予想だから、詳しくは向こうに聞いてくれ」


 頷いたアシュトンに向かい、ニコラスが言うには。黒幕は相手の操作を禁呪だけに頼っていない。むしろ、それ以外の方法で場を動かしている節がある。だから恐らく、兵士達は普通に騙されたのだろう。そういうことらしかった。


「だが、ただ騙されたにしては随分とお粗末な」

「その通りだ」


 アシュトンの言葉にフィリップが頷く。あの連中、どうやら脛に傷を持っている輩ばかりで構成されていた。そう言って彼は目を細めた。


「あ、じゃあごろつきに毛が生えた程度の人達だったんですね」

「マリィの言う通り。とはいえ、一応兵士としての練度はあの連中の方が比べ物にならないほど上だけどね」

「傭兵くずれって感じですか?」

「そういうこと」

「……エドワードさま、近くないですか?」

「駄目かい?」

「別に、駄目じゃ、ないですけど……」


 いつの間にか彼女の隣にいるエドワードはご満悦だ。ただ隣にいるだけで、それ以外になにかしている様子もないので、他の面々は特に何も言わない。エリーゼと一緒に寝るために部屋を整えたエロ王子に比べればまだマシだと判断したのだ。

 ちっ、と舌打ちが聞こえた。誰かは考えるまでもない。


「だが、そんな連中を雇うとなれば、当事者を言いくるめてもそれ以外の痕跡は残る。だから当然、調べれば突き止められる」


 フィリップが話を続けた。続けたが、そこで彼は一旦言葉を止めた。それに気付いたエリーゼは、ああそういうこと、と肩を竦める。


「依頼主は、アップルトン男爵家ね」

「……そうだ」

「え?」


 思わずマリィは己を指差した。ここへきてまさかの自分の実家が犯人だと言われたのだ。キョロキョロと視線を動かし、聞き間違いでないことを確認し。


「分かりました。エリーゼさま、わたしは自決するので、もしよろしければ首を刎ねて――」

「ちげーよ! 素直に受け取りすぎだろ! だからその薩摩武士思考やめろや!」


 思わずベスが全力ツッコミ。フィリップもグレアムも、そしてエドワードとニコラスですら。それを予想していたのか無反応である。ついていけていないのはアシュトンとレオニーくらいだ。


「え?」

「え? じゃねーよ! どう考えてもこの状況マリィちゃんとこの家を犯人にする仕掛けでしょうが! 噂になってんでしょ!?」

「エリーゼさまが断言したので、わたしてっきり」

「あのねマリィちゃん。エリーゼはエリーゼでポンコツなとこあるから、全部鵜呑みにしちゃ駄目だよ?」

「失礼ですわね」


 グレアムが吹いた。笑うな、とフィリップがたしなめたが、彼も若干肩が震えている。まさかこいつにそんな評価をぶつける奴がいるとは。そんなことを言いながら、二人揃って笑みを浮かべてしまう顔を手で覆い隠した。


「フィリップ、クソ眼鏡。……あなた達も、覚えてなさい」

「ははは、いいじゃないかリザ。君とは相性のいいパートナーだろう?」

「お前の体の中の人にはぴったりだな」


 ジロリと二人を睨んだが、長い付き合いである二人には当然のごとく通じない。そうして暫し落ち着くまで、真面目な話は一時中断と相成った。


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