転生者ですが宿主が無茶振りします

 さて、どうしたものか。そんなことを思いながらマリィは目の前の惨状を見た。屋上にたむろしていたゾンビは九割方浄化され、残るは向こうの元取り巻き令嬢を守るよう指示したらしい数体が残るのみ。あんなのに護ってもらって嫌にならないのだろうか。至極どうでもいいことをついでに考えた。


「というか」

「どうしたのですか?」

「これって、何をどうすると解決になるんでしょうか」

「……」


 マリィの疑問に、レオニーは口を噤んだ。そういえばそうだ、と彼女も思い至ったらしい。ゾンビを殲滅させたところで何か変わるわけでもない。強いて言うならば令嬢達を始末することであろうが、流石にマリィは実行出来ないししたくもない。


「あ、それ以前に。あの人達は何をどうするとこんなこと出来るようになるんですかね」

「そういえば、そうですわね。私と一緒にいる時にはそんなこと一言も」

「出来るって言ってたら、やったんですか? こういうの」

「いざ実際に目の辺りにした今ならやらないでしょうけれど、それまでの私では分かりませんわね」

「案外素直に認めるんですね」

「取り繕っても不利になるだけだもの」

「成程」


 ふむふむ、とマリィは頷く。嫌がらせをしてきた相手なのでマイナススタートだったが、彼女としてはこの手の性格は嫌いではない。やらかしたのは向こう側であるし、成り行きとはいえ共に行動しているのだから、少しは便宜を図ってもいいかもしれない。こっそりとそんな結論を出し、改めてあちらの令嬢を見た。

 とりあえずふん縛っておけばいいかな。かなり雑に結論付けた。


「そうと決まれば」

「何をどう決めたのか分かりませんが、大丈夫ですの!?」

「あ、確かに。ロープとかないですよね?」

「え、ええ。普通ロープを常備する令嬢はいませんもの」

「となると……どうやって捕まえましょう」

「……ここは屋上ですし、出入り口を封鎖しておけばいいのではなくて?」


 おお、とマリィが手を叩く。その言葉を聞いた向こうが逃走を図ろうとするよりも早く、彼女は屋上へと続く扉の前に陣取った。慌ててゾンビをけしかけた元取り巻き令嬢であったが、てい、という軽い調子で張られた破魔呪文でそれらが浄化され顔を青くさせた。流石に今のは悪手だろう、とレオニーですら思う。


「あの人達、割と単純な頭してましたし、しょうがないんじゃないですか?」

「貴女、中々言いますわね……」

「いやぁ、それほどでも」

「褒めてませんわ!」


 この短時間ですっかりツッコミ担当となったレオニーが吠える。そうしながら、コホンと咳払いを一つした。表情を戻すと、彼女はじりじりと後ずさる元取り巻き令嬢達を真っ直ぐに見やる。

 もうやめましょう。そう言って、彼女は眉尻を下げた。少しだけ寂しそうなその顔のまま、微笑んだ。


「貴女達がどうしてこんなことをしでかしたのか、私には分かりません。ですが、貴女達は私の友人、理由を話してくれさえすれば、力になれると思うの」

「……レオニー様……」


 令嬢の一人が、呟く。本当に、そう思っているのか。そんなことを、そんな思いを込めた瞳で、彼女を見返す。

 レオニーの微笑みを見た。その顔を見て、ああ、そうかと彼女達は思った。あの人は、嘘偽り無く、自分達を助けようと考えているのだ。本気でこちらを友人だと思っているのだ。

 ふふ、と令嬢達は笑った。そうか、そうだったのか。何かに納得し、そして、何かを諦め。


「申し訳ありませんでしたレオニー様」

「いいえ。過ちは誰にでもあるもの。反省し、償っていけば、それで」

「反省してない嫌がらせの主犯が言うと説得力が無いですね」

「おだまりっ!」


 余計な茶々を入れたマリィを睨む。そうしながら、反省していないわけがないだろうと反論をした。このほんの僅かな時間ではあるが、マリィと関わって、言葉を交わして。

 こいつはそういう普通の令嬢とは違うからやるだけ無駄だ、という結論に達したのだ。果たしてそれは反省と言えるのか分からないが、ともあれ敵対しないと決めたのだ。


「レオニー様は、もう、彼女に危害を加えないのですね……」

「え、ええ。私も反省をしました。ですから、貴女達だって」

「はい。ありがとうございますレオニー様」


 そう言って笑顔を見せた令嬢達は、そのまま屋上の端まで迷うこと無く進む。え、とレオニーが目を見開く中、彼女達は笑顔を崩すこと無く言葉を紡いだ。


「では、私達は償いを行います。ごきげんよう」

「え? ちょ、っと、貴女達……何を」


 予感がした。予想をした。違っていて欲しいと思いながら、それでもレオニーは足を前に動かした。マリィも、目をパチクリさせた後走り出した。

 が、少し遅い。笑顔を浮かべたまま、令嬢達は躊躇うこと無くその身を投げる。屋上から飛び降りて、そして自分がどうなるのかなど、分かりきっているのにも拘らず。

 まるで、これから自室にでも戻るような軽い調子で。ひらひらと手を振っていた。


「ま、って。待って! いや! どうして! いやぁ! やめて! お願い! やめてぇ!」

「ダメですっ、これ、間に合わないっ!」


 伸ばした手は空を切った。令嬢達は既に落下している。後数秒もしない内に、何かが潰れる音が響き、地面に可愛らしかった令嬢だった肉塊がぶち撒けられる。それが分かったら、レオニーは魂が抜けたような顔でへたり込んだ。

 そしてマリィも、思わずそこから下を覗き込んで。


「――へ?」


 そこで、見た。校舎の壁を駆け上がってくる、ハニーブロンドの美少女を見た。


「ベス! しっかり掴んでおきなさい!」

「いやちょっとだったら下ろしてから階段行こう!? 何でわざわざこれ持ったまま壁登り決行したん!?」

「だって、面倒でしょう?」

「面倒じゃねーよ! あたしの集中力的にこっちの方が数百倍面倒だよ!? ああちくしょう! 絶対落とすなよ骨ぇ!」


 3Dモデルのデフォルトポーズのまま――マリィにはその知識がないので十字架のようなポーズのまま――で落ちた令嬢を抱えたスケルトンが、壁を駆け上がる美少女の傍らに追従している。その途中途中でころころ表情が変化しているが、それでも左目の輝きは変わらないことから察するに、どうやらどちらも前に出ずっぱりらしい。

 そのまま屋上まで上りきった彼女は、端にいた二人を飛び越えると屋上に着地した。スケルトンも同じように固定ポーズのまま令嬢をゆっくりと屋上の床に。


「うおっ!? なにこれ!? スケルトン消滅した!?」

「あら、破魔呪文じゃない。……雌豚、邪魔だから消しなさい」


 置く直前に魔法陣に触れてしまったらしく、結果としてどさどさと投げるようになってしまったのはご愛嬌である。







 鈍い音がしたが、命に別条はないだろう。気絶している令嬢達を見下ろしながら、エリーゼは小さく鼻を鳴らした。それで、これは一体どういうことだ。そんなことを呟き、視線をマリィへと向ける。


「え? 分かりませんけど」

「使えないわね、雌豚」

「あはは、申し訳ありません。でもとりあえず、わたしの嫌がらせの問題は解決したと思います」

「そう。……まあ、それはどうでもいいわ」

「素直じゃねーなぁ」


 エリーゼの口から飛び出るベスの茶々に、彼女は不快さを隠さず目を細めた。もうお前の出番は終わりだから下がってろ。そう言わんばかりに、無理矢理ベスを奥に押し込む。


「それで、雌豚。この連中は何故身投げを?」

「わたしにも分かりません」

「状況は?」

「ゾンビを倒したらいきなり、ですかね」

「本当に使えないわね」

「あはは」


 苦笑しながら頭を掻く。言われてもしょうがないが、しかし実際に分からないものは分からないのだから仕方ない。彼女にとって突然襲撃されて突然身投げされたのは事実で、そこに何か理由を考える時間などなかったからだ。

 そんなエリーゼとマリィの間に入るように声が挟まれる。ん、と視線をそこに向けると、茶色掛かった金髪の少女が恐る恐るといった様子でこちらを見ていた。


「あ、あの……エリザベス様、です、か?」

「他の誰に見えるというの?」

「い、いえ! 滅相もない! ……ご無事、だったのですか……」

「首を落とされたのを見ていたでしょうに」


 はぁ、と溜息を吐いたエリーゼ相手に、見ていて気の毒になるくらい下手でレオニーは謝罪を行う。それはもう土下座せんばかりに。だから、彼女のその返しに疑問を持たない。持つ余裕がない。


「まあいいわ。今のわたくしはエリーゼ。あなたの知っているエリザベス・マクスウェルは死んだのよ。それで、いいわね?」

「は、はい!」

「よろしい。それで、――小物。あなたなら、この雌豚に代わって説明出来るかしら?」

「はい、え?」

「ケイスさん、やりましたね。エリーゼさまに固有認識されましたよ」

「だからマリィちゃんの基準点何なん……?」


 思わず呟いたベスの言葉は、幸いにしてレオニーには聞かれていなかった。ベス、という短いエリーゼの言葉に、はいはいと彼女は素直に引っ込む。

 それで、どうなのだ。そんな質問の眼光に、レオニーはビクリと姿勢を正した。が、正直その質問の意図が分からない。今回のことについての経緯ならば、いつものようにお茶会をしていたはずが、今日に限って早めに切り上げ、今日に限って少し余った時間でふらりと散歩を行い、今日に限ってマリィと出会い、今日に限って。


「成程。もういいわ、ありがとう」

「え? は、はい! 恐縮ですわ!」

「エリーゼさま、何か分かったんですか?」

「少なくとも、意図的に状況を作らされたというのは確実でしょう」


 ちょっとした細かな指示と糸の手繰り寄せで、ポッカリと空いた空間を作り上げた。そこに思考誘導を使用したかどうかは定かではないが、極々軽い程度の、エドワード達に行ったものより更に弱い構成ならば。

 ふむ、と視線を倒れている元取り巻き令嬢達に向けた。マリィに、彼女達に何かしたのか問い掛け、そっちはノータッチであることを確認すると、少しだけ難しい顔を浮かべる。


「……あの糞爺は、余程わたくしに見られたくないようですわね」

「どうしたんですか?」

「そういえば雌豚には言ってなかったかしら。今回の件、禁呪が使われているわ」

「……公爵家前当主様の仕業なのがほぼ確定ですね」

「ひっ……」


 今物凄くマズイ会話が聞こえた。それを理解したレオニーは短く悲鳴を上げたが、もう遅い。視線を再度動かしたエリーゼが、クスクスと怪しく笑っていたからだ。


「ねえ小物。あなた、そこの雌豚に嫌がらせをしていたわね」

「は、ははは、はい……」

「それは、誰の指示?」

「え? い、いえ、指示など受けては――」


 言葉を止める。エリーゼの眼光が恐ろしかったというのもあるが、必死で記憶を手繰り寄せた結果、ふと引っかかることがあったからだ。

 あれは、誰だったか。公爵令嬢の婚約者にあのような平民上がりの下級貴族がまとわりつくなど。そう言っていたのは誰だったか。今の今まで、それはエリザベスが呟いていた言葉だと思っていたが、よくよく考えると違う。そもそも、自分は公爵家の派閥ではあったが、彼女にはそこまで近付かなかった。


「ケイス伯爵家は、どちらかといえばお祖父様の派閥でしょう?」

「……はい。ですので、私はエリザベス様とはそこまで面識が」

「そうね。学院でこちらと話すことはあっても、それ以外では殆ど接点もなかった。だから、わたくしがそこの雌豚に何かをしている時も、その場にはいない」

「はい。その通りですわ」


 だから、エリザベスが実際マリィに何をしたかは、伝聞でしか知らない。自分達がやったような嫌がらせと、それをエスカレートさせ一線を越えたもの。あの場で断罪されたその事柄と。

 荒唐無稽な、嘘のような。直接エリザベスがマリィを始末しに掛かっているという、噂と。


「あ、れ? じゃあ、私は何故……」


 直接指示を受けたわけでもない、近くにいてエリザベスの機嫌を取ろうとしたわけでもない。彼女が実際にやっていたこともはっきりと知らない。

 それで何故、自分達は嫌がらせをしようと思ったのか。エリザベスがマリィを気に入らないから、そういう大義名分で自分達の不満をぶつけようにも、その大前提を知る由すらなかったのに。

 何より。そうだ、これが一番大事なことだが。レオニーはゆっくりとマリィを見た。どうしたんですか、と首を傾げる彼女を見た。


「私、貴女と会話をしたのは、今日が」

「初めてですよ。嫌味を言って去っていくだけを会話を言うなら違いますけど」

「そう、ですわね」


 生意気にも、こちらの忠告に口答えをした。ただ、わたしは仲良くしたいだけなのに、酷いです。そんな言葉を、彼女が述べた記憶が。そう言っていたと、それを聞いたと、誰かが。

 だから、そんな女が彼等にまとわりつくのが許せない。そう言ったのは。


「私、は……?」

「ベス」

「あたし!? ちょ、急に表に出すなっつの!」


 頭を押さえてうずくまるレオニーを一瞥し、エリーゼが短く指示を出す。指示とも言えないそれを聞いたベスは瞬時に目を見開き、左目がぎゅんぎゅん唸るのも気にせずそこにへたり込む少女を見た。


「うっげ何だこれ……。いっぺん書いたノートの上からまた板書写したみたいになってやがる」

「当たりのようね。そこの小物の文字と、向こうで倒れている連中の文字、それらを書き写しておきなさい」

「無理!」

「やりなさい」

「いや無理だから! エリーゼも少しは見えるんでしょ!? あたしじゃ無理無理!」

「わたくしが分かるのはそこにあるということだけよ。お祖父様ったら、念には念を入れているのだもの」

「意味分かんないんですけどぉ!」

わたくしエリーゼには分からないようにしてあるのよ」


 傀儡となった、死体人形となったエリザベスには分かるようになってるのでしょうけれど。そう言って微笑んだエリーゼを言葉を聞いて、ベスはこんちくしょーと頭を抱えた。アンデッド部分を担当する魂が向こうの意図する制御をぶち壊した以上、それが出来るのはベスだけだということを、彼女の頭でも理解したのだ。


「間違ってても苦情受け付けないかんな!」

「何を言っているの? 文句を言うに決まっているじゃない」

「じゃっかましいわぁ! 異世界転生しただけの大学生に何を期待してんだよばっきゃーろー!」

「前回も聞いたわ。いいから口より手を動かしなさい」

「うわぁぁぁぁん!」


 半泣きになりながらエドワードの時よりも難易度と量が跳ね上がったそれを必死で書く。ひたすら書く。目が段々と死んでいくが、書く。

 マリィがレオニーを介抱しながら、時折楽しそうにエリーゼの顔に変わるベスを見て小さく黙祷を捧げていたが、勿論白目を剥きながら書いている本人には分かるはずもない。


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