とっくに何かやらかしてた

 学院の敷地を駆け抜けるエリーゼに、ベスは同じ口で問い掛けた。元よりその程度で疲れるような体ではないのだろうが、現在彼女は死体である。その辺りとは無縁だ。


「あの二人、置いてきてよかったの?」

「気にすることはないわね。ヒョロガリはあれでも魔導師としてはちゃんとしているもの」

「何かめっちゃ死亡フラグなセリフ喋ってたけどね」


 とはいえ、ごろつきとごろつきの成れの果て程度にやられるほど雑魚でもあるまい。うんうんと頷きながら、ちなみにもうひとりの方はどうなんだとベスは続ける。

 語るに値しない、と言わんばかりの沈黙が返ってきた。さもありなん。


「んで、マリィちゃんの居場所は分かるん?」

「適当に走り回れば、と言いたいところだけれど」

「そこは言っちゃダメなやつね」

「そう。ではベス、あなたが調べなさい」

「はえ?」

「そういうの、得意でしょう?」

「初耳ですね!」


 思い切り抗議したが、勿論エリーゼ相手には無駄である。彼女は自身のアンデッド部分はベスが担当していると考えている節があり、そのためそれに関連する時は基本ベスに丸投げする。振られた方はたまったもんではないのだが、いかんせんやってみたら案外出来てしまうので、彼女としても断り辛かった。

 そんなわけでベスは何となくイメージを行う。こういう時って大抵同じアンデッドの気配とか感じ取れちゃったりするんだよなぁ。愚痴りつつ、意識を周囲に集中させて。


「来た方向に何かある気がする、のは……あ、消えた」

「先程ヒョロガリが相手をしていたものですわね」

「と、いうことは。それと同じようなのが他にも、あれば――」


 視線をグリン、と動かした。エリーゼと同じ体なので、当然彼女もその方向を向く。視界に映るのはとある校舎、視線は真っ直ぐから上へ。そこか、とエリーゼは足に力を込める。爆発するようなダッシュで、その校舎へと突入せんと駆け抜けた。

 もうちょい先、というベスの言葉に、階段を上がりかけたエリーゼの足が止まる。紛らわしい、と舌打ちすると、彼女は直線上にある別の校舎へと足を進めた。


「そういやさ」

「何かしら」


 その途中、ベスが少し気になったことを口にする。ニコラスが魔法を使う際に使用していた腕輪、あれがひょっとして魔法使いの杖みたいなものだったのか。そんなようなことを問い掛けると、まあ無知なのは仕方ないかしらと肩を竦められた。


「魔導師に限らず、魔法を使うには触媒が必要よ。基本的にはああいった腕輪ね。杖を使う人は今はあまりいないと思いますわ」

「マジかぁ」


 まあ杖も最近だと大分小さめのイメージだったし、そんなものか。一人納得しつつ、それならば、ともう一つの疑問を口にした。

 エリーゼは、魔法を使わないのか、と。


「どういう意味かしら?」

「腕輪とか持ってないし、基本的に物理でゴリ押ししてたから、どうなのかなーって」

「はぁ……。まったく、何を言い出すかと思えば」


 やれやれ、と再度肩を竦める。そうしながら、彼女の質問が使えないのか、ではなく使わないのかであったことにも気が付いていた。とりあえず忘れたわけではないらしい、エリーゼは小さく笑う。


「いいこと? 先程わたくしは、基本的には腕輪だ、と言いましたわ。話題に出たのだから、杖も当然触媒の種類の一つよ」

「うん。それは分かるけど」

「触媒は特化仕様のものもあるわ。ヒョロガリの持っていたモノクルもその一つ」

「ああ、そういやあん時魔法使ってたっけ。いや関係なくない?」

「そうかしら?」


 そう言ってエリーゼは髪を掻き上げる。サラリとハニーブロンドが流れ、そこに隠れていた耳に付いている水晶のイヤリングが軽く揺れた。


「……へ?」

「あら、どうかしたの?」

「え? それ、そうなの!?」

「そうよ。左右一対の、わたくし専用に誂えた特注品」


 キン、と何か澄んだ音が聞こえた。疑うのならば、とエリーゼが笑みを浮かべ、目的地の道筋にいた首の折れ曲がったごろつきだったものに狙いを定めた。

 右手を振るう。そこから生まれた風の刃が、あっという間に首が曲がっていたかどうかすら分からなくさせた。ボトボトと細切れになったごろつきだったものを一瞥し、視線をその横に向ける。手の甲を下に向けた状態で、軽く指だけを上に曲げた。

 地面が爆発し、土砂と共に別のごろつきだったものが空中に投げ出された。空中で爆散したそれは、地面に落ちた時には土なのか肉片なのか分からないほど混ざり合っている。


「こんなところかしら」

「あ、はい。そっすね」

「一応種明かしをしておくけれど。このイヤリングは通常の触媒に備わっているある程度の制御補正を無効にすることが可能なの」

「ちょっと何言ってるかわかんない」

「普通、魔法は扱いやすいように触媒が制御を行うのだけれど」


 エリーゼのイヤリングは、一対の触媒を両方起動させることによってその制御を無効に出来るらしい。そうすることで何の補正も無い魔法を直接ぶつけることが可能になるのだとか。当然細かいコントロールなぞ出来るはずもないので、その辺りの被害は威力の犠牲となる。水鉄砲を使うのと、バケツをぶちまけて的を狙うのと。どちらがより的だけを濡らせるのかと考えれば一目瞭然であろう。


「…………」

「言いたいことがあるなら言いなさい」

「馬鹿なの?」

「無効に出来るだけよ。常にそうじゃないわ」


 だとしても、普通はやらない。何が問題かって彼女は補正が無くても実力で制御出来るからとかそういう考えではないからだ。しかも切り札とか奥の手とかやむを得ず使う手段とかそういう感じではないからだ。こいつは普通に被害が酷かろうが平気でぶっぱする、そういう発想だからだ。


「あ、でも制御切ってもさっきの威力だっていうならまだ」

「ええ。慣れればちょっとした動きだけで発動可能な、子供でも使える初級魔法よ」


 きちんとわきまえているでしょう、と柔らかく微笑むエリーゼ。鏡を見なければその表情を見ることは出来ないが、とりあえずベスにとってはどうでもよかった。


「……信じるかんね」

「心配性ですわね。ほら、さっさと死体を処理して、向かうわよ」


 へいへい、とベスはエリーゼに促されるままいつぞやのように死体を飲み込む。そうして再度足を進めた彼女であったが、エリーゼはエリーゼで小さく溜息を吐いていた。

 人をことを言えるような状態でもあるまいに、と。







 学院の建物は、いざという時に拠点となるべく設計されている。だから強固であるし、砦としての機能もある程度は持ち合わせていた。そんなわけで、校舎の屋上には十分暴れられるスペースも確保されている。

 そこに向かう階段を上りながら、そういえば、とマリィが伯爵令嬢に向き直った。


「お名前、何でしたっけ?」

「し、失礼にも程でしてよ!」

「そう言われても。わたし、あなたと欠片も関わってなかったですし」

「……っ!」


 嫌がらせをしていたというのは関わっているに入らないだろう。それは分かる、が、社交として令嬢の名前くらいは覚えておけと言いたくなるのも性であろう。加えるならば、王族や騎士団長の息子、筆頭魔導師の跡取りなどとばかり関わっているからだ。そんなこともついでに。


「そうですね。その通りです」

「なら」

「でも、わたしはそのおかげでエリザベスさまと知り合えたので、まあ結果オーライかなって思ってます」

「……あの方々をまるで踏み台みたいな扱いにしますのね」

「あはは、そういうつもりではなかったんですけどね。というか、別にあの三人わたしにそういう感情持ってないと思うんですけど」


 素の表情でそう言い切った。隠し事をしているという雰囲気でもなんでもないそれに、令嬢も思わず目を丸くする。それは同時に、彼女自身も向こう側にそういう感情を抱いていないのを意味していた。


「エドワード殿下は、婚約破棄の騒ぎの際貴女を横に置いていましたわ」

「その辺りはきっと今回の事件に関係してるんだと、っと」


 いけないいけない、とマリィは口を塞ぐ。公爵家前当主が黒幕っぽい、という話は、そうそう誰彼構わず言っていいものではない。エリーゼ達は昨日今日でもう少し踏み込んでいるが、彼女が分かっているのはその程度。だからこそ余計に、だ。

 ともあれ。マリィはあははと頬を掻きながらそういうのではないですよと言い切った。


「まあ丁度いい囮くらいな感覚じゃないですかね」

「そう、なの?」


 違うよ! 俺はマリィを愛しているからね! 謎の幻影が全力で否定していたが、悲しいかな、所詮妄想の産物に近いそれでは当の本人には伝わらない。


「まあ、そんなわけなので。お名前、教えてくれますか?」

「……ケイス。レオニー・ケイスですわ」

「ケイスさんですね。あ、さまの方がいいですか?」

「好きに呼べばよろしいでしょう……」


 はぁ、と溜息を吐くケイス伯爵令嬢レオニー。考えなしで礼儀も知らないという最初の印象は微塵も変わっていないが、何かもうどうでも良くなってきた感もし始めていた。

 そうこうしているうちに屋上である。空はまだ夕暮れには早く、そこに立っていた存在をはっきりと視認することが出来た。どこかで見たような少女達が三人。面倒くさそうな表情でこちらを、マリィだけでなくレオニーも見詰めていた。


「あ、貴女達っ!? 何故、こんなところに!?」


 レオニーの言葉に、令嬢達は小さく笑う。くすくすと笑いながら、何故ですって、と楽しそうにお互い顔を見合わせた。


「何故って、お分かりになりませんか?」

「あ、この間の単純そうな取り巻きの人」

「ちょっと今真面目な話なので下がっていてくださる?」


 ぐい、とレオニーがマリィを押し戻す。そうしながら、分かりませんわと言い切った。多分分かってる。分かっていて、敢えてそう述べた。

 令嬢達はそうですか、と頷く。分からないのならば、分かるようにして差し上げなくては。そう続けながら、彼女達の後ろに控えていた何かを前に出した。


「ひっ!」

「ゾンビですねぇ。えーっと、わ、結構います」

「何故そんな冷静なの!? 大丈夫ですわよね!?」

「やばいですね」

「言っている場合!?」


 小動物のように素早くマリィの後ろに隠れたレオニーは、ガタガタと震えながら目の前の動く死体共から視線を外す。あんなおぞましいものを視界に入れたくない。心情としてはそんなところであろうか。

 一方のマリィは、別段恐怖は感じていなかったが困ってはいた。正直言って単純な戦闘能力という部分では二流もいいところだ。ゾンビの群れを前にして平然と鼻歌交じりで殲滅出来るとか、そういうのは騎士や戦闘魔導師とか上級の冒険者の役目だ。令嬢に求めてはいけない。そこまでマリィはイカれていない。

 とはいえ、泣きべそかいて逃げ惑うのも悔しい。そんなことを思いながら、彼女も自前の触媒である腕輪を左手に装着した。


「あら、平民上がりの偽貴族がどうにか出来るとでも?」

「思いませんよ。――でも、ある程度はなんとかしないと」


 怒られますから。そう言ってマリィは呪文を放つ。単純な動作で放てる初級魔法、それを手近なゾンビにぶつけると、距離を取るべくレオニーの手を取って駆けた。幸いこの屋上はそれが出来るだけのスペースが有る。近付かれないように気を付けながら、ちょっとずつダメージを与えるくらいは、そんな姑息なことは可能なはずだ。


「も、もうちょっと派手に倒すことは出来ませんこと!?」

「ただの女生徒に何を期待してるんですか」

「貴女確か、特異な能力持ちでしたわよね?」

「そうらしいですねぇ。正直あんまり恩恵受けたことないんですけど」


 やれるとしたら、これくらい。そう言いながら地面に手を添えると、そこを中心に何やら光る魔法陣が展開された。見たこともないそれに思わずレオニーが目を見開くが、しかしそれ以上何も起きないことで怪訝な表情を浮かべる。


「……これは?」

「光ります」

「それから?」

「終わりですけど」

「ランプでも設置しなさい!」


 使えねぇ。全力でそんな思いを込めた叫びをしつつ、レオニーは近付いてくるゾンビを見て悲鳴を上げながら逃げた。だから言ったじゃないですか、とマリィもその後を追う。魔法陣は光りっぱなしだ。

 令嬢達も最初こそ驚愕の表情を浮かべていたが、ただ光るだけのものだと分かるとすぐに笑みに戻す。ゾンビを自分達の前に立たせながら、じりじりと二人へ距離を詰め。


「え?」


 ゾンビの一体が魔法陣を踏んだ途端、猛烈な勢いで浄化されたのを見て動きを止めた。何が起きたか分からず、ゾンビも、そしてマリィとレオニーも同じように足を止めた。


「は、破魔呪文!? そんな、そんなもの、聖女の御業でしょう!?」

「……アップルトンさん、貴女」

「ほぇー、これゾンビ浄化出来たんですねぇ……」

「本気で知らなかったのですのね……」


 溜息を吐く。そうしながら、よくよく考えればそうか、とレオニーは思い直した。たかが光る魔法陣を描くだけの能力で、学院の噂になるはずもない。ましてや、あの三人が彼女に近付くはずもない。

 そこまで考えて、レオニーはマリィを見た。いや、あの三人がその事に気付いてないはずないだろう、と。


「確かに何か言われたことは言われましたよ? でも、普通の生活にアンデッドとか悪魔系統って出てこないじゃないですか」

「……それは、そうですわね」

「そんな状態で魔を滅するとかそんな壮大なこと言われても流すじゃないですか」

「そこは覚えておきなさい!」


 大げさに何か言っているくらいの感覚だったので、マリィとしても実際に機能したのは予想外だったのだろう。レオニーもそこは同意する部分もあるので、そうは言いつつこれ以上は追求しなかった。


「と、とにかく。アップルトンさん、それを使えばあれらをどうにか出来るのではなくて?」

「そうですね。やってみましょう」


 ていてい、と屋上を走り回りながら適当に魔法陣をばらまく。地雷原のようになった屋上は、ゾンビにとっては詰みでしかなく。避ける知能を持ち合わせているタイプでもなければ、浄化に耐えきれるほど強力な存在でもない。そんな動く死体が出来ることといえば、ただただ歩き回りながら魔法陣を踏んで浄化されていくだけである。

 なんだこれ、とその光景を見ていたレオニーは途中から思った。確かに自分が提案したが、いざ実際にそれを目の当たりにすると、どうにもモヤモヤとしてしまう。良く言えば戦い方に華がない。物語ではもう少し派手さやかっこよさがあったはずだ。


「え? でもほら、浄化される時いい感じに光ってますよ?」

「違う! そうじゃありませんわ!」


 キョトンとするマリィに、レオニーは全力でツッコミを入れた。これまで生きてきて、こんなことは今日が彼女の中で初である。そして恐らく一生体験したくなかったであろう。


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