クレイジードミノ

 話が逸れたが、当初の目的は禁呪の調査だ。エドワードもそれには了承しているため、では早速とエリーゼは彼の対面に座った。さらりとハニーブロンドが揺れ、彼女の魅力が溢れんばかりになる。


「そういえば」


 そんな状態であるにも拘らず、エドワードは別段気にすることなく言葉を紡いでいた。マリィが好き、ということも勿論あるだろうが、エリザベスにそういう感情を持たなかったということもあるのかもしれない。あるいは、持たないように努力したか、だ。


「どうかしたかしら?」

「髪型は、やはりそのままなんだね」

「ええ。こればかりは、変えられないわ」


 それもそうか、と彼が苦笑する。そこにはどこか懐かしさと親しみを感じさせるもので、処刑台へと送り込んだ相手にはとても思えなかった。もっとも、当の本人であるエリーゼがそこまで気にしていないのでそれもしょうがないであろうが。

 そこでベスは口を挟んだ。そういえば、と彼女も気になっていたことを問い掛けた。


「髪型を変えなかったってのは、何か理由あんの?」

「おや、知らないのかい?」

「うん。エリーゼからは聞いてない」

「言わなかったかしら」


 こてん、と首を傾げる。別にそこまで重要なことでもない、というのが彼女の認識なので、言った言わないはそこまで記憶にないのかもしれない。

 ベスも、エリーゼのその反応でそこまで大したことではないのかと何となく理解した。昔からの癖で、くらいなのかな、と予想した。


「昔、言われたのよ。わたくしのこの長い髪が素敵だ、と」

「割と重要なやつじゃないの!? え? 誰? 初恋? 恋バナ?」

「俺は人伝に聞いただけだけれど。その時の会話は確か、『俺はリザのその長い髪は素敵だと思う。きれいで、好きだ』だったかな」

「エロ王子じゃねーか!」


 マジかよぉ、とベスが頭を抱える。人の体で奇妙な動きをするな、と咎められ、彼女は渋々奥に引っ込んだ。

 しかし、しょうがないだろうと彼女は思う。エリーゼがその思い出を大事にして髪型を変えていないのならば、つまりはそういうことだからだ。あれだけ言っておいて、結局最初からラブラブなんじゃねーのかよ。そう思ったからだ。


「何を勘違いしているか知らないけれど。ベス、わたくしはその当時フィリップを異性として認識などしていませんでしたわ。正直今も怪しいけれど」

「じゃあ何でそこ拘ってんだよ」

「……わたくしの淑女としての嗜みは、与えられた課題を乗り越えて出来たもの。そこにはわたくし以外の要素が詰まっているわ。でも、あの時の、髪型だけは」

「あーはいはい自分で決めたそれを認められたのが嬉しかったんですね」

「食い気味に聞いた割には投げやりだねベス嬢」

「いざ聞いてみるとむず痒かった」

「うん、同感だよ。だから正直、殆ど関わってなかった俺の方に婚約話が来た時思ったんだ。この二人正気か、って」


 少なくともエリザベスの方は正気だったのだからたちが悪い。やれやれと肩を竦めたエドワードは、それで何か分かったのかなと彼女に問うた。

 話を急に元に戻された、少なくともベスはそう思ったが、エリーゼはそのやり取りの中でもきちんとやることはやっていたらしい。ふむ、と顎に手を当てていた。


「残滓は見当たるけれど、薄いわ。時間もそれなりに経っているものね」

「確かに、そうだね。……ベス嬢、貴女ならどうかな?」

「はえ? あたし?」

「現状、貴女は禁呪そのものといっても過言ではない状態だ。禁呪同士ならば、あるいは」

「そうね。ベス、ちょっと見てみて頂戴」


 そんな事言われても、とベスは眉を顰める。そうしながら、じゃあちょっと主導権もらうねと完全に表に出た。左目の黒い瞳がその濃さを増し、じぃっとエドワードを見詰め続ける。


「エリーゼの言ってた残滓って……この、何かその辺漂ってる文字みたいなやつのこと?」

「わたくしにそこまでの視認は出来ないわ。お手柄ね、ベス」

「いや待って。文字みたいなのがあるのは分かるけど、それが何かは分かんないんだけど!」

「書き写せばいいでしょう?」

「簡単に言いやがって……!」


 ちくしょー、と少し涙目になりながら必死でメモを取っていく。何だか分からない謎の文字を、意味も分からず間違えないように書き写すのは中々にしんどい。漂っているのだからどこからどこまでか分かり辛いというおまけ付きだ。たっぷり時間を掛けながら、途中途中でエリーゼの文句も聞きつつ、ベスは頑張った。頑張って頑張って、それを写し終わる頃には色々と限界が来ていた。

 昼食の時間は、とうに過ぎていた。







「それで、これがその『文字』か」

「そうらしいわね……」

「成程……文字、か」

「んだよ、しゃーねーじゃん! あたし転生者だぞ! この世界の特殊文字とか分かるわけねーよ!」

「確かにそうだね。ベス嬢はよくやってくれたと思うよ」

「おい」


 第一王子の執務室。エドワードに残っていた禁呪の残滓をメモしたそれを持ち込んで調べている最中である。普通に考えて知りもしない謎文字が人の周囲をグルグル回っている状態をメモったところでまともなものになるはずがない。そういう意味では、エドワードの言う通りベスは頑張った方だろう。

 それはそれとして。フィリップが全力で睨み付けている上に待ったをかけた。何だ何だ、と皆が彼に視線を向ける中、むしろお前ら何で平然としていると睨み返す。


「明らかにいては駄目なやつがいるだろう」

「誰のことだい? 兄上」

「お前だ!」


 ズビシィ、とエドワードを指差す。指差された方は平然と、事情を知らない者でないのだから問題ないだろうと返した。グレアムは傍観者を貫く方向らしい。


「大体、お前は今謹慎中で」

「別に王宮を出てはいないよ。その程度の自由は許されているはずだけど」

「だとしてもだ。この件に関しては、お前はこちら側に来る資格はない」

「かも、しれないね。でも、ならば何故俺にわざわざ事情を説明したのかな? 禁呪の残滓を調べるだけなら、秘密裏にやればよかったはずだ」


 エドワードのそれに、フィリップは口を噤む。それはそうだ、間違いない。そもそも彼は最初からそのつもりであった。だから応答に反論出来ない。

 そう考えていたのにも拘らず真正面から堂々と調査する許可を出したのも、他でもないフィリップだからだ。そして、その理由は。


「リザが、不満そうだったから……」

「兄上、馬鹿なんだね」

「ほんと何でヒロインが逆ハー作るやつみたいな知能の低下してんのエロ王子……」

「待て、誤解がある! というかベス嬢は分かってるだろう」

「まあね」

「勿論俺も分かっているよ」

「こいつら……っ」


 暴れるエリーゼを止める手段がないので、ある程度自由を許した。それだけである。被害を出来るだけ少なくした結果である。責められる謂れはない、とフィリップは声を大にして言いたいであろう。

 勿論、惚れた女には弱い、という部分もあるので、本来ならば強くは言えない。グレアムは勿論、その場にいなかったエドワードもそれは承知である。だから発言通り、分かっていてやっているのだ。

 タチ悪い。


「まあ、俺としては。こっちはマリィに会えないのに兄上がエリザベスといちゃつくのは腹が立つ、というのもあるけれど」

「永遠に会えなくさせかけた奴が言うことか?」

「再活動しているから言っているのさ」


 お互いに睨み合う。そうしながら、どちらからともなく顔を背けた。その光景を見ていると、仲が良いとはお世辞にも言えない。

 そうは思ったが、実際どうなのだろう。ベスはその辺りが気になったので聞いてみることにした。喧嘩するほど、という感じなのか、ガチで仲悪いのか。


「エドワードは、元々あまりこちらと関わってなかったからな」

「兄弟なのに?」

「兄弟だから、とも言える。王族というのは、そういうしがらみがある」

「ふーん」


 グレアムのそれに納得出来るような、そうでもないようなという反応をする。そうしながら、結局どうなのと遠慮なく問うた。察しろ、という彼の気遣いは無駄になった。


「わたくしの感想は、似た者同士、ですわね」

「……そういや、そうかも」

『どこが!?』

「そういうとこやぞ」


 思わずツッコミを入れてしまった。ちなみにベスの納得の大部分は性癖である。

 ともあれ。それで、結局その『文字』はどうなんだ。話が脱線していたのを戻すように、ベスは視線を机の上のメモに戻した。当然エリーゼも視線がそのメモに向かう。


「正直見るに堪えない汚さだけれども、一応認識は出来ますわね」

「そこ蒸し返すの!?」

「事実は事実。もっとも、視認出来なかったわたくしが言う資格があるとは思えないけれど」

「じゃ言うなよ」


 ベスのツッコミをスルーしつつ、エリーゼはの文字を手でなぞる。禁呪の管理を行っていた家系だからといって、その全てを識っているかといえば当然答えは否。だが、全く知らないということも勿論あるはずがない。それを使わずとも身を立てると決意したのならば、余計に。


「お祖父様はそれも気に入らなかったのでしょうね。きちんと身に付けた上で、頼らないことを選んだのだもの」

「まあ、前当主としては面白くないだろうな」

「喧嘩売ってるよね」

「でも、だからこそマクスウェル公爵はそれを行った。これまでの過去を乗り越えるために」

「それを見たマクスウェル翁の選択が、リザを死体に変えることか……。度し難いな」


 まあお前はそうだろうな、とグレアムもエドワードもベスも思う。跡取りを死体にして操るのに理解が出来るというわけでもないので、結局感想としては同じであるが。


「それで、どうなんだ? リザ、君の禁呪の知識の中にあるのか?」

「……恐らくだけれど、これは人の心を操る類のものね」


 予想は付いていたでしょうけれど、とエリーゼは肩を竦める。予想が確信に近付いただけでも進歩としては及第点。彼女としてはそういう考えは好きではなかった。だから、ミミズがのたくったようなそれらをじっと見詰めながら、そこにある内容を探り続ける。せめてもう少し、その指向性くらいは。


「……ベス、ちょっといいかしら」

「なんじゃい」

「ここの部分なのだけれど。これは繋がっているの?」

「いや分かんないし。……んー、っと。えっと……多分、繋がってたはず」

「そう。なら、この『文字』の意味がもう少し細かく分かるわ」


 すぅ、っと該当部分をなぞる。あまりにも強く操ってしまうと、後々に影響が出る。そして、足がつく可能性が高くなる。だから、実際の禁呪としては軽過ぎるほど弱めてある。精神操作や洗脳というより、むしろ思考誘導に近い。

 ふう、とエリーゼは息を吐いた。考えたな、と机を指でコツコツと叩いた。


「これそのものは、とても微弱なものよ。それでも、わたくしを断罪する舞台を整えたのね、あの糞爺は」

「どういうことだ?」

「わたくしの性格、学院という場所、雌豚の成長、そしてエドワードの恋心。その他にも、小さな原因を積み重ね、それらをほんの少しだけ押す。そうして出来上がったのが」

「ドミノかっつーの……」


 小さな一つ一つがパタパタと倒れていくうちに、いつのまにか大きな結果を引き起こしている。これはそのための起爆ですら無い。途中の、駒の一つだ。


「ということは、だ。それだけではマクスウェル翁を攻めるには」

「無理ですわね。せめて後二つは禁呪の文字を回収したいわ」

「そうは言っても、他に該当してそうなのは――」


 は、とフィリップは動きを止める。視線をエリーゼに向けると、笑みを浮かべながらコクリと頷いた。成程、それは丁度いい。そんなことを考え、彼も同じように笑みを浮かべた。


「よし、じゃあ俺が行くよ」

「おい愚弟。お前は謹慎だろうが」

「何を言っているんだい愚兄。マリィの危機なんだ、行くのは俺に決まっているだろう?」

「行くのはリザだ。俺が同行者に決まっている」

「寝言は寝てから言いなよ兄上」

「その言葉、そっくりそのままお前に返してやる」


 あぁ? とお互い睨み合う王子兄弟を眺めながら、エリーゼはゆっくりと席を立った。グレアムがひらひらと手を振る中、彼女はそれに小さく手を振り返す。

 スタスタと窓に向かうと、ゆっくりとそこを開け、窓枠に足をかけた。


「んで? 学院行くの?」

「ええ。ひょっとしたら、あの禁呪で少し面倒なことになっているかもしれないもの」


 窓から飛び出した空中で、エリーゼとベスはそんなことを述べる。そうしながら、まあ、とエリーゼが楽しそうに口角を上げた。


「今の雌豚ならば、わたくしが行く前に片付けてしまうかもしれないけれど」


 へー、とベスが間抜けな声を上げるのと、その体が地面に着地するのが同時であった。


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