第72話 何者

「カミラ……」


 誘拐犯達の結界牢屋が、上手く出来上がった。ルーカス王子は、呆然と石壁の牢屋を見ている。


「1ヶ月間、ちゃんと栄養を考えて食事を与えれば、死なないですよ。ヒントは、質素な料理で品数多く……」


 これは、ヒントじゃなくて答えね……


「王宮に入ってこんなことが出来るなんて……お前達は何者だ?」


 王子は、振り返って私達を見た。


「僕は、ランクBの冒険者。そして、可愛いミーチェの番だよ」


 ジーク、そこで可愛いは、いらないでしょう……


「私は、ランクD。ジークのパーティーメンバーよ」


 ぐっ、恥ずかしくて番なんて言えない。パーティーメンバーって言うのも、恋人よ! って、言っているわけだし……


「私は、ミーチェの契約者だ。最近、保護者もやっているが、楽しいぞ。フフフ。ああ、王女に掛けた魔法は解いているぞ」


 ルシーは、古の魔人ではなくて、私の保護者なの?


『ニャニャ~ン!(僕はね、ノアールだよ。ミーチェに名前を付けてもらったよ~!)』


 ノアール……何度も言うけど聞こえていないよ。可愛い……クスッ。


 王子は良く分からないと頭を傾げる。


「冒険者と保護者だと言うのか? あの魔法の威力で……ありえんな」

「これに懲りて、番を攫うなどと愚かな行為はするな。ミーチェは許したが、次は無いと思え」


 ルシーが、王子を睨んで言う。これは、脅しているのね……


「あぁ、分かった……」


 ジークは傍に来て、優しく微笑んで言う。


「ミーチェ、これでケジメはついたね。王宮から出ようか」

「うん。このまま、すんなりと出られるかな~? ルーカス王子、王宮から去りますが、誰かに邪魔されたら排除しますね」


 ルーカス王子を見ると、何故か目をキラキラとさせて、熱く見つめてくる……うん?


「ミーチェ嬢、邪魔はさせぬ! 後日、ミーチェ嬢の下に獣王国の改善内容を報告に行っても良いだろうか……?」


 いやさっき、王子の言うことを聞かない近衛兵が、いっぱいいましたよ?


「ダメだ。質問は僕に聞くように言っただろう? 何故、そんな報告をミーチェにする必要があるんだい? 僕のミーチェに近寄ったら、王子だろうと斬るよ」


 ジークは剣を抜いて、王子を睨む。


「うっ……」


 ルーカス王子は、たじろいでいる。ジーク、剣を抜くほどのことじゃないと思うけど……


「ジークよ、獣人は本能で強い者を好む。ミーチェを気に入るのも仕方のないことだ。あれだけの魔法を見せられたのだからな。ミーチェにはその気がないのだから、気にすることは無い」

「フン! そんな本能なければいいのに……言っておくけど、ミーチェは僕の番だからね」


 ジークは剣を収めた。


 獣人には、そんな本能があるのね……




 地下牢から階段を登り、大廊下に出ると、大勢の騎士が待機していた。


「私は、獣王国騎士団隊長のハリソンである。王宮に侵入するとは、愚かなことをする。おとなしく投降しろ」

「はぁ……」


 ため息が出る……今度は、近衛兵じゃなくて騎士団のお出ましなのね。


 ルーカス王子が、前に出て騎士団を抑えようとしてくれた。


「ハリソン! 止めろ! お前達では敵わない。負傷者をこれ以上出すことは許さぬ! この責任は、私とカミラ王女にある。下がれ!」

「ハッ! ルーカス王子! ご無事でしたか! 今、助けますぞ!」


 ああ……ライオンのような黄色い鬣の騎士団長さん、獣顔(脳筋)です。きっと、王子の声は届かないでしょう。


「無事だ。お前では近寄ることも出来ない……私の命令だ。下がれ!」

「なんと! ルーカス王子は、何もせずに通せとおっしゃるのか!」


 今にも、突撃してくる勢いです……やっぱり、王子の言うことは聞かないのね。


「お前達! 命令だと言っているだろう!」

「フハハハ! ここは私に任せるといいぞ! ミーチェ、お前はもう魔力を沢山使っただろう? それ以上使うと、又、小さくなるぞ」

『ニャ~ン(僕にも任せて~)』


 うぐぐ……それは困る。ところでルシー、その容姿で『フハハハ!』は、似合わないですよ……悪役みたいです。


「ジークよ。お前はさっき独り占めしたから、今度は私とノアールだ。ミーチェの傍にいろ」


 えっ! ルシー、さっきジークが相手にした数と全然違うけど……


「子どものミーチェも可愛いけど。育てるのに時間が掛かるからね。ミーチェは、おとなしく僕の傍にいてね、守るから」


 ジークは優しく微笑んで言う。みんな、気遣ってくれて嬉しいです。


「ありがとう。頼りにしています」


 わあー! っと、騎士団が武器を掲げて動くと、ルシーが、


「今度は私が、ミーチェを真似てみよう。フフフ」


 そう言って、私の雷撃魔法よりも、遥かに威力のありそうな雷撃魔法を大廊下いっぱいに放った。同時にノアールは、最前列の騎士達をピクリとも動かないように意識を刈り取って行く……そして、邪魔な騎士を投げ飛ばして、道を作ってくれた。


「ミーチェ、僕の出番がないよ……」

「そうね……ジーク、2人が仲間で良かったと思うわ……」


 そして、程なくして静かになった。ルーカス王子は、呆然としている。


『ニャ~ン!(終わったよ~!)』


 戻って来たノアールを撫でる。


「ノアール、ありがとう。魔人さんも、ありがとうございます」

「つまらん。王子よ、もう少し骨のある者を育てるがいい。弱い者ばかりだと、国が潰れてしまうぞ!」


 ルーカス王子は、ルシーにお説教されています。


「ううっ、考慮しよう……」


 私達は、ノアールが作った騎士団の花道を進んで王宮を出た。




 王宮から出ると、シーダンが駆けて来た。


「ブルルルッ、ヒヒーーン!」

「シーダンも、来てくれていたのか」


 ジークは、嬉しそうにシーダンを撫でている。


 王宮の門の詰所まで行き、まだ付いてきているルーカス王子に言う。


「ルーカス王子、お騒がせしました。ジークも助け出したし、私達はこれで獣王都から出て行きます。追いかけないでくれると有難いです」


 無理だろうな~。


「これから、事の次第を獣王はじめ重鎮達に伝える。そして、ミーチェ嬢達を追わないように申し入れをしよう。追いかけぬと、約束は出来ないが……」


 ルーカス王子は、キラキラした目で彼が出来ることを伝えて来た。そして、私を見て優しく微笑んだ。


「はい、分かりました」


 期待はしないでおこう。


 ジークが、ルーカス王子をジッと睨んで言う。


「追いかけてきたら、手加減しない」

「私は、強い奴ならいつでも相手をしてやるぞ」

『ニャ~ン(僕は、楽しいのがいい~)』


 王宮の門で王子と別れて、早々に<獣王都>を出ることにした。




 南門が近くなると、ルシーとノアールは、影に隠れてもらう。検問所には、入る時にいた熊の警備兵さんがいた。


「おっ? 知り合いが見つかったのか? 良かったな~、もう<獣王都>を出るのか?」

「はい。ありがとうございます」


 ニッカと笑う熊の警備兵さんに、ペコリと頭を下げた。そして、ジークとシーダンを連れて門を出た。





 ◇    ◇    ◇




「獣王! 今日の王宮襲撃の件で報告があります!」


 王の間には、獣王と宰相が顔をしかめて会談していた。


「ルーカス、無事だったか!」

「はい。ですがカミラが、護衛2人と地下牢に入っております」

「なんだと! 何故だ?」

「獣王! その件も含めて報告します。カミラが、<東の王国>の者を攫って来たのが発端です……」


 ルーカス王子は、ミーチェ達と出会ってからのことを詳しく話した。獣王と傍に控えていた宰相が、唸っている。


「その者達は、王宮までカミラに攫われた仲間を取り返しに来たのか……気概のある者達だな……」


 宰相が、2人の会話に口を挟む。


「恐れ入ります、獣王。先日<東の王国>より、その件と思われる陳情書が届いております」

「宰相、なんだと……何故、報告しない?」

「カミラ王女への陳情書は、初めてではなく……それに、貴族宛の陳情書も含めますと、毎月のように来ております」

「むむー」


 ルーカス王子は、話を続ける。


「獣王よ、聞いて下さい。古の魔人の如く強い者が、『これに懲りて、番を攫うなどと愚かな行為はするな。次は無いと思え』と言い残して去りました」

「なんだと! その者は、古の魔人ほどに強いのか!」


 獣王の問に、ルーカス王子は深く頷く。


「はい。その者達が、我が国を潰す気であったら……もう<獣王国>は無くなっております……」

「何! ルーカスよ、それほどまでか……うーむ」


 獣王は、目を閉じて考え込む……


「はい。そして、その魔人を従える麗しい少女が、追いかけて来たら魔人を止めぬと申しておりました」

「うん? 麗しい少女だと?」

「はい。漆黒の髪で輝く黒い瞳、魔人にも劣らぬ魔力……はぁ~、麗しい少女でした……」


 ルーカス王子の話をじっと聞いていていた宰相が、口を挟む。


「黒髪で黒い瞳……まさか! ルーカス王子、その少女は『迷い人』ではないのですか?」

「なんだと! ルーカス、そうなのか?」


 獣王は、慌ててルーカス王子に問いただす。


「えっ? 麗しいミーチェ嬢は、『迷い人』とは言っておりませんでしたが……」


 ルーカス王子は、キョトンとして答える。


「ルーカス王子……普通『自分は迷い人です。』とは名乗りませんぞ」


 宰相は、王子に諭すように言った。


「ルーカス、お前は……」


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