第27話 記憶

 馬車に乗っていた乗客は、手当てを受けていた。アイアンゴーレムの戦闘も終わり、護衛達も降りてきて、馬車の片付けを始めている。


 私達も、少し離れた場所に座る。


 ジークに話しかけた。


「ジーク、頭を打ったのね……混乱してる? 私が誰か分からない?」

「分からない……」


 びっくりした……これは、一時的な混乱? それとも記憶喪失? どうしよう……取り敢えず、今のジークの状況を確認をしておこう。


「う~ん、自分の名前は分かる?」

「ああ。ジーク、ランクCの冒険者」

「そう。ジーク、どこからの記憶がないのかな? 最後に覚えてることは?」


 ジークは、頭が痛いのか、こめかみを押さえている。


「……パーティーを抜けて、始まりの森で狩りを始めた所まで覚えてる」

「えっ……?」


 ショックで、言葉が出てこない……。


「すまない……なぜ、ここに居るのかも分からない……」


 あぁ、ジークも戸惑ってるのね、不安だよね……。


「そうね、そこからだと分からないよね……私のことも覚えてないのね」


 はぁ~、困ったなぁ。取り敢えず、最低限の必要なことだけ伝えておこうかな……。


「ねぇ、ジーク。まず、最低限のことだけ、簡単に伝えるね。一度にあれこれ言われても困るだろうしね」

「ああ……」


 私のギルドカードを見せる。


「まず、私はミーチェ。ランクEの冒険者。これ私のギルドカードです。 今、ジークとパーティー組んでるの。半年ぐらい前からね」

「えっ!」


 ジークだよ? パーティー組んだのは……


「そして、迷宮都市を出て、森のブラージに向かってる途中なの。それで、馬車が谷に落ちて、ジークの記憶が無くなっているのが、今です」


 ジークは、自分のギルドカードを見て、戸惑いながら言う。


「ああ、分かった。その、パーティーを組んでるのは……」

「うん。最初は違ったけど、今は恋人……だった。その辺、細かいことが色々あるので、記憶が戻るまで気にしないで。ただのパーティーメンバーだと思って。その方が、良いでしょ?」


 記憶ないのに、困るよね……私もどう接すればいいのか、分からないよ……


「分かった、助かるよ……」


 そして、大事なことを、ニッコリ笑顔で言う!


「それと、1つ重要なことがあります。旅での食事は、全て私が担当してるから、食べてね」


 ジークが、ポカンとした顔をする。


「えっ? あぁ、分かったよ……」

「もし、聞きたいことがあったら、後で聞いてね。あ、人前ではダメ。秘密にしてることがあるから、食事の時とか2人だけの時に聞いてね」

「秘密があるんだね。分かった……」

「じゃぁ、馬車に戻ろう~。私達は、お金を払ってる乗客ですからね」

「分かった……」


 馬車が壊れて修理が出来ず、馬だけ回復して連れて行く。乗客の冒険者は歩いて、他の乗客は、商人の馬車に乗ることになった。


 山を下った所で、野営になり、テントを張り食事の準備をする。ウサギ肉の串焼きとオークベーコンのシチューとパン。干し肉があれば、ジークに初めて作った料理が出来たのに……


「っ! 美味しい!」


 味も忘れているのね……目は、いつもと同じでキラキラだけど。


「そう? ありがとう、ジーク」


 テントは久しぶりに別々です。ジークの温もりがないのは、寂しい……明日の朝、ジークの記憶が戻っていればいいのに……




 翌朝、1人で目が覚めた。テントから出て、朝食の準備をする。


「ジーク、おはよう」

「おはよう、ミーチェ」


 ジークも起きて来て、手伝いたいと言ってきた。シチューをお皿に入れてもらった。残りのシチューと、たまごサンド。たまごサンドは、ジークの好物ですよ。


 食事中、ジークが聞いてきた。


「なぜ、僕達は迷宮都市を出たのかな?」

「それはね、迷宮都市のギルド長が、ジークにランクBになれって、何度も呼び出すから、煩わしくなって街を出たの」

「なるほど、前と同じ理由か……」


 ジークは、元気がない。不安なのかな……


 馬車が動き始めると、アイーダさんが声をかけてきた。


「ジーク、おはよう。なんか、元気ないね? 喧嘩でもした?」

「かまわないでくれ……」


 ジーク、アイーダさんのことも忘れているのね……


「喧嘩したんなら、私と街で遊ばない?」


 えー! なんと、直球の肉食女子……これ、怒っていい? 我慢できずに、アイーダさんに言う。


「ちょと、……」

「話しかけないでくれるかな」


 ジークが、私の言葉を遮ってきた……怖いぐらいです。


「ちぇ、ジーク! 少しぐらい相手にしてくれてもいいじゃない!」


 アイーダさん、まだ食いつくのね。凄い……


「……いい加減にしてくれ」


 ジークは、突き放すように言う。


「分かったよ! ジークのバカヤロー!」


 えっ、ジークが悪いの? アイーダさん?


 アイーダさんは、馬車の先頭に走って行った。近くを歩いていた『赤い牙』のメンバーが、苦笑いしていた。


「ミーチェ。ごめん……」


 ん? ジーク、なぜ謝るの?


「えっ? ジークは、悪くないでしょ」

「君に嫌な思いをさせているから……」


 あぁ、ジークは、やっぱりいい人だ。気にしないでと言っておく。


 最後の岩山の中腹で休憩です。簡単にハンバーガーと果汁水を出す。ジークは、美味しいと言って、食べてくれる。良かった。


「ねぇ、ミーチェ。僕達は、何処で知り合ったのかな?」

「あぁ、それは秘密事項になるから、詳しい話は出来ないかな。始まりの街でパーティーを組んだのよ」


 もしかしたら、ジークは私のことを、思い出さないかも知れないから……迷い人のことは忘れたままの方がいい……迷惑になるし……


「秘密事項……それは……思い出さない方がいいのかな?」

「違う! ジーク、思い出して欲しい……でも、私からは言わない方が良いと思ってる事柄なの。私とジークでは立場? が、違うから……」


 思い出して欲しいよ、今すぐにでも。 


 ジークは、よく分からないって顔をしている。そうね、言わないと分からないよね……


 休憩が終わり、出発する。途中で襲って来る魔物を倒しながら進む。最後の野営で、食事をしながらジークが聞く。


「森のブラージに来たのは、何故かな?」

「それはね、ジークが決めたのよ。だから、私には分からないの。あぁ、もしかしたら、ダンジョンがあるからかもね」


 にっこり微笑んだ。そう、ジークが決めたのよ。


「そうか……」

「ねぇ、ジーク。思い出したことがあったら、教えてね。お願いね……」


 その日も、別々のテントで寝た。このままなのかな……とても歯痒い……


 なかなか、寝られないから、テントとバッグを抱えて拡張した……この旅の間で、テント30畳、バッグは馬車10台分になりました。




 翌朝、ジークが少しイライラしている。どうしたのかと尋ねたら、


「君に……迷惑をかけてすまない……」

「ジーク、大丈夫よ。そのうち、思い出すかも知れないからね」


 早く思い出して欲しい……


「思い出さなかったら?」


 そうね……ジークが、かまうなと言うまで傍にいるよ。


「ふふ。私が、覚えてるから大丈夫! のんびり行こう」


 昼過ぎに、<森のブラージ>に到着した。


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