第9話 迷宮都市 お風呂付宿屋

 <始まりの街>を出て10日、予定通り<迷宮都市>に到着した。


 巨大な石壁に囲まれた<迷宮都市>は、四方に物見櫓のような塔があり、まるで要塞のような出で立ちです。<始まりの街>の2倍以上ありそうな大きな街。


 私達の乗る馬車は、<王都>に向いている南門ではなく、西門で検問を受ける。手際よく手続きが終わった。ちなみに私達は、冒険者なので入門税は無料でした。


 街の中は、<始まりの街>と同じく門前の広場から大通りが伸びている。中央に公園があり、そこから十字に南北東西に大通りが伸び、その先にそれぞれ門がある。


 街中は、大通りで区切られていて分かりやすくなっている。北東エリアは貴族街と高級店街。東南エリアは居住エリア。南西エリアは商業エリアと歓楽街。そして、街の北西エリアの奥にダンジョンがある。


 そのダンジョンエリアの、中央広場に面した一角に冒険者ギルドがある。その建物は、<始まりの街>のギルドの倍ほどの大きさがあり、3階建でひときわ目立つ。


 中に入ると、1階にはランクC~Fの受付と酒場。2階はランクS・A・B専用の受付・買取りカウンターがあるそうです。もちろん1階にも買取カウンターがあるけど、混んでたら2階へどうぞ~、って感じかな、VIP扱いなのね。


 1番びっくりしたのは、酒場の広さ! 敷地の半分ほどあるよ……そして、お昼過ぎなのに、かなりの冒険者で賑わっている。稼いだお金はここで落としてくださいね、って言ってるみたい。


 酒場からの視線が、居心地が悪い。そっちを見ないようにして、ジークと受付に並び、異動届を出す。買取りカウンターで移動中のアイテムを換金した。金貨3枚ほどでした。


 ギルドを出て、楽しみにしていたお風呂付宿屋に向かいます♪ 明日までゆっくりして、ダンジョンは明後日から入る予定。


 喜んでついて行った先は、大通りから一本内に入った、居住エリアにある宿屋でした。宿屋の名前は『木漏れ日』


 1泊朝食付きで、1人金貨1枚。夕食は予約制。高っか! 庶民の泊まる宿屋じゃないね~。しかも、2人部屋からしかないんだって。えぇ……?


 ジークは、2泊分前払いしました。2人で金貨4枚です……


 部屋に行くと、広々とした空間でお風呂場も広かったです。


「ミーチェ、疲れたよね。お風呂入ってきたら? その後、出かけよう」

「いいの? ありがとう。じゃぁ、先にお風呂頂くね」


 早速、お風呂に向かいました。久しぶりのお風呂、何か月振りかなぁ~。とっても気持ち良くて癒される~。


 すっかり長湯になってしまった。お風呂から出たら、ジークはうたた寝してた。ジークも疲れてるみたいだから、お風呂を勧めたけど、夜に入るからと言って街を案内してくれた。



 大通りに面している宿屋は、風呂なしで銀貨5枚~。『木漏れ日』と同じ部屋風呂付きで金貨1枚と銀貨数枚~するそうです。高いけど、馬車を止められたり、馬預けたり出来るんだって。


 夕食をどこで食べようかと探してたけど、決まらない。中央広場にある屋台を順番に制覇することにしました。楽しい~。今日は3つの屋台、こういうの好きです。


 そろそろ落ち着いてきたので、ジークに言わないと……


「ねぇ、ジーク。相談があるんだけど」

「えっ、何かな?」


 ジークは少し驚いて、私の顔を見た。


「あのね、ジークに出会った時にも言ったけど、私ダンジョンに落ちて、こっちの世界に来たの」

「うん、そう言ってたね」

「それでね、ここのダンジョンに入ったら、どうなるのかな? って、思って……何もないか、もしかしたら又、転移して日本に戻るのかなって考えて……ジークに相談しなきゃいけないって思ったの……」


 ジークは、息を吞んだ。 


「ミーチェ……」


 ジークは私をやさしく抱きしめた。びっくりした……


「あ、あの、私の考えすぎで、何もないかも知れないんだけどね。もしもってことがあるかも知れないから……話さないと、って思って」


 話してると、泣きそうになる……顔が見えなくてよかった。帰りたい気持ちはある。でも、ジークと離れるのは寂しい……


「ミーチェ。話してくれて、ありがとう」

「うん。もしダンジョンに入って、急に消えてしまったらごめんね。こっちに来るとき、落ちるの一瞬だったから……」

「ミーチェ。この話は宿に戻ってから話そう? 誰かに聞かれると困るから」


 ジークはそう言って、優しく額にキスした。


 びっくりしたけど、イヤじゃない。それが困る……ちょっと、後ろめたい気持ちになるよ……



 部屋に戻り、ジークはお風呂へ。私は椅子に座り、色々と考える。


 ダンジョンに入る前に、お金をジークに渡しておかないとね。向こうでは使えないし、お世話になったお礼もちゃんと言わないとね。などと、転移する前提で考えてる。


 だって、いろんなことを考えておかないとね。転移してしまったら、もうジークと会えないし……


 ジークがお風呂から戻ってきて、椅子に座った。


「ねぇミーチェ、あっちで黒い穴に落ちた時のことを思い出して。ミーチェが、ダンジョン落ちる時、たしか意識があったよね?」


 ジークに言われて、あの時のことを思い出す。


「う~ん。そう言えば、あったよ。何かを掴まないと! ってジタバタしてたかな」

「それで、確か、何かにぶつかったって言ってたよね」

「うん、何かにぶつかってからの記憶は無いの」


 ジークは、考えながら、ゆっくり話す。


「ってことはね。ミーチェ、ダンジョンに入った時点では、まだ転移してなかったってことだと思うよ。意識があったしね」


 目を見開いてしまった。その通りかも!


「ッ! ジーク賢い! ということは……ダンジョンじゃなくて、そのぶつかった何かが、転移した原因なのね?」


 ジークはにっこりと微笑んで、


「多分ね」

「じゃぁ、ダンジョンに入っても何もないのね。その何かにぶつからなければ?その何かって何だろう……ダンジョンの中にある物だよね~? 魔物とか宝箱とか?」

「ミーチェ、魔物も宝箱もダンジョンが作り出すんだよ」


 ジークが言うには、<魔の森>の奥にはダンジョンがあって、そのダンジョンから溢れた魔物が、<魔の森>に住み着いてるそうです。つまり、ダンジョンの魔物も<魔の森>の魔物も同じなんだって。


「ミーチェが、魔の森で魔物狩りした時、何もなかった。だから、ダンジョンに入っても、魔物を倒しても、大丈夫だと思うよ」

「なるほど~、何も起こらないのね」

「うん。ミーチェが転移したのは、ダンジョンに入ったからじゃなくて、魔物でも宝箱でもない何か。その何かが、原因で転移した可能性が高いんだと思う」


 となると、ダンジョンにあって、<魔の森>に無い物。あれだ~、俗に言う、ダンジョンコアだ。あり得る……あちこちの話で出てきたよ~。ダンジョンコア。


「そっか~、納得した。ジークに話してよかった。本当にありがとう」


 悩んでたことが、解決しました。ダンジョンコアかぁ……長いからコアと言います。


 コアと出会わない限りこのまま。コアと出会ったら、転移するかもしれない。コアがあるダンジョンの最下層には、行けそうにないし、当分の間はこのままね。


 ……コアって最下層にあるんだよね? そうだよね?


「ミーチェの悩みが、解決して良かったよ~」


 ジークは、優しく見つめた。そして、立ち上がると私を優しく抱きしめる。


「おやすみ、可愛いミーチェ」


 ちょっとドキドキしたけど、それ以上は何もなかったよ。ジークは紳士でした。



 翌日、宿で朝食を食べる。スープとサラダとパン。パンは焼き立てのようで、ちょっと堅いけど美味しかったです。


 今日は、旅の疲れを癒す為にお休みです。のんびり街を見て回る予定。ダンジョンは明日からです。


 ジークがいた頃とは街の様子が変わっているらしく、街中を探索しました。お昼と夕食は、昨日の続きで屋台巡りです。とっても楽しかった~。これは、あれですね。デートです……


 明日のダンジョンは、日帰りの予定なので特に買い出しはしない。バッグの中に、食料が残っているからね。屋台で少し足せば十分です。


 宿に戻ってお風呂に入る。イイ湯だな~、って感じです。その後、ジークと明日のダンジョンの話をする。するとジークが、


「ミーチェ。明日もゆっくりしよう?」


 と言う……ん? ジーク……私がダンジョンで転移するかもって、やっぱり思ってるんじゃない?


 そう聞くと、顔を背けた。ジークが、可愛い……


「ジーク、大丈夫よ。私、消えたりしないから」


 と、笑顔で言ったら、


「ミーチェ、約束だよ。勝手に居なくなったらダメだからね」


 ジークが潤んだ瞳で見つめて、額にキスをする。


「おやすみ、ミーチェ」


 顔が真っ赤になり、胸がぁ……苦しい。うぅ……




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