第73話 騎士道精神に反します

「お兄様、城門から騎士団が出てきました。国内では戦うつもりがないようですよ」




 あくまで国土を守ると。俺から言わせれば悪あがきだな。


 今頃だだっ広い草原に布陣を敷くって、間に合わないだろう。いや、待ってやるか。


 あいつら、何かまだ言いたいことがありそうだ。マルセル弟に進軍を一時的に止めさせる。


 草原の夜露がきらきらと月明かりを反射する。




「お兄様、また歌いましょう! サクサク、処刑サクリファイス!」


「好きにしろよ」


「全軍! 士気を高めよ! サクサク、処刑サクリファイス!」




 サクサク、処刑サクリファイス! サクサク、処刑サクリファイス


サクサク、処刑サクリファイス! サクサク、処刑サクリファイス


 サクサク、処刑サクリファイス! サクサク、処刑サクリファイス




 リフニア国王国騎士団の三千名のお出まし。回復魔法師もちょっといるか。


 お、たじろいでる。たじろいでる。


「な、何だ! この奇妙な掛け声は! ま、まるで、地の底から蘇ってきた魔王軍! おぞましい……」


 向こうの騎士団長も新米だな。これ、マルセル弟を戦わせてもいいかもしれないな。




「まあいい、元勇者よ。考え直す時間をやろう。これは慈悲だ」

 

「うわ、また面倒な演説だな。どうしてお前らは上から目線なんだよ」


「エリク王子様も、貴様がここでもし逃げ出すのならば、お許しになるだろう。あの拷問好きの王子様がだ」


「だから、そういうのやめろって。にしても、部下にまで拷問好きってばれてたら、もう変態まっしぐらだな」


「では、開戦ということだな?」




 俺は中指を突き上げる。あ、通じないか。首を掻き切る素振りをする。




「お、お兄様それはさすがに、騎士道精神がなさすぎでは……?」




「ほぉ、生意気な小僧が」


 騎士団長様は、全軍を鼓舞する。


「元勇者に恥を思い知らせろ! 奴の首をエリク王子様に捧げるのだ! リフニア国に輝ける栄光を!」


 騎士団が復唱する。

「輝ける栄光を!!!」


 俺の軍も負けずに叫ぶ!

「サクサク、処刑サクリファイス!!!」





 開戦。馬に乗って向かって来る騎士団。実に楽しくなってきたな。


 ま、俺の出番はなさそうだな。




「弟、ぼさっとするな。向こうの騎士団長は、騎士団長のお前が倒すべきだろう」


「お、俺ですか?」


 マルセル弟は、騎士団の突撃を命じた。魔弾の弓兵はまだ、取っておいてもいい。なかなかいい判断。


 ノスリンジア国は騎士団より魔弾の弓兵の方が強いからな。


 ただ、騎士団同士の数じゃ負けるから見守っとくか。




 騎士団同士の激突。斬り合い。転倒する馬、剣で串刺しになる馬。


 リフニア国は槍も使うから、槍のリーチの差で少し押され気味か。


 向こうの騎士団長が、マルセル弟を無視して俺のドラゴンを狙ってきた。高度を上げてかわす。


「遊んでやるとでも思ってるのか?」


「貴様、私と戦え!」


「嫌だね」




 俺はマルセル弟に命令する。


「先に馬を倒せ」


「はい、お兄様!」


 騎士団長様の馬に向かってマルセル弟は、剣で切り裂く。


「ぬわああ」


 落馬して転倒する騎士団長様。


「ほら、ぼーっとしない! そいつが起き上がる前に馬で踏め」


「お兄様それは騎士道精神に反します!」


「ほら、早くやらないから起き上がったぞ」


 騎士団長様は、落馬してからも何事もなかったかのように剣で俺を煽った。




「ドラゴンから降りてこい元勇者」


「俺が注意を引いといてやるから、そいつの腹を後ろから刺せ」


「お、お兄様それは、本当に騎士道精神に――」


「つべこべ言わないでやれ!」


「っひい! はいい!」




 騎士団長様の後ろから、マルセル弟は馬上から、俺の言う通りに剣を突き刺そうとする。


 だが、振り向いた騎士団長はそれを剣で弾いた。それだけでなく、マルセル弟の馬の足を斬りつけた。


「う、うわ、あわわわ」


 お前まで落馬してどうする。よくそれで、騎士団長のマルセルお兄様の後を継げたな。


「ほら、頑張れ。おっさんが来るぞぉ」


 マルセル弟は、立ち上がろうとする。遅いって。


 向こうの騎士団長様は、もう剣を振り降ろすぞ。


 あれ? 騎士団長様は、俺を見上げて確認してくる。


「元勇者、こいつはお前の手下に成り下がっているようだが、殺してもいいのか?」


「あ、いいよ」


「お、お兄様! それはないでしょう!」


「ふん、では遠慮なくこいつの命を頂こう。お前も騎士団長ならば、脅しに屈するな。己を恥じて死ね」


「ひいぃお兄様あああ」




 俺はドラゴンの上から眺めていると、騎士団長はマルセル弟を斬り下ろす。


 あー、もう駄目かマルセル弟。


 が、その剣の軌道を変えてホームランというように、俺に剣をすくい投げてきた。




「おっと。不意打ちはよくないな。騎士団長様」




 飛んできた剣を指二本で挟んで止める。騎士道精神を折るのは簡単だな。


「弟、サクっとやれ」


「で、でも後ろからは。しかも相手は丸腰……」



 マルセル弟に、騎士団長様が向きなおる。



「嫌ならやめておけ。元勇者はお前の命をさっき、見殺しにしたんだぞ」


 説教ですか。騎士団長様。


 場合によっちゃマルセル弟、こいつに寝返るかもな? はははは! 




 どいつもこいつも裏切者! マルセルの血筋だ! 裏切るに決まってる! 俺は誰からも裏切られてきたんだ。


 そのときがきたら……俺の手で処刑サクるか。



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